災禍の魔女を超えるまで

kainushi

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第一章 勇神祭

第二話 魔女の正体

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「ちょっと待っててー、今お茶できるから」
「あ、はい……」

リヒトは、なぜか謎の少女にもてなされていた。くたくたになった靴を脱がされ、されるがまま部屋に引き入れられる。
案内された場所には四角い形の青いクッションのようなものがいくつか床に置いてあり、その近くには一般家庭では見られないような、脚が短い丸形の木製テーブルがあった。これまたリヒトが初めて目にする形の品であった。

「おまたせ。お茶持ってきたよ」

部屋の隅の方でコトコト音を鳴らしていた少女が、こちらに戻ってくる。

「あ、どうも……」
「……いや、いつまで立ってんのさ。いいから座って座って」
「えっ」

どこに、と問う前に少女はクッションの上に膝をつき、テーブルの上に陶器のカップを2つ置いた。どうやら同じように座れと言っているらしい。

「し、失礼します……」

腰掛けると、自然と目線の高さが少女と合った。また胸が騒がしくなる。

「それ、飲んでみて。落ち着くと思うよ」
「あ、はい、どうも……」

テーブルの上のカップに目をやる。このあたりでは珍しいグリーンティーが入っているようだ。
見ず知らずの人が出した飲み物に少し抵抗を感じたが、妙に興味を惹かれた。おもむろに口に運んでみる。

(……!おいしいな……これ)

茶など飲むのは久々だ。苦いものばかりだとたかをくくっていたが、これは口に含んだ瞬間、香ばしく豊かな風味が広がっていく。とても新鮮な味わいだった。

「気に入ってくれたみたいで良かった」
「え、えっと、はい」

身体の内から温まり、緊張も徐々にほぐれていく。リヒトが落ち着いたのを見ると、少女も朗らかな表情を浮かべた。

「玄米茶っていうの。こっちの方ではあんまり飲める機会はないかもしれないけど。お客さんなんて来たの初めてだし、せっかくだから淹れちゃった。結構イケるでしょ」
「そうですね……おいしいです」

ゲンマイ茶というのも、リヒトには聞き馴染みがない。ここは本当に珍しいもので溢れている。どこからこれだけの物品を持ち込んだのだろう。わざわざこんな場所に――

――そうだ。ここは魔女が封印されている遺跡なのだ。本来であれば、人が中で暮らせるような環境ではない。危険すぎる。
それなのに、どうして目の前の女の子は、ここが我が家とばかりにくつろいでいるのだろうか。

「んで、君はこんなとこに何しに来たのかな? なんかワケありな感じだけど」
「うっ……えっと……そうですね……」

少女は何かを察しているような様子だ。
一体何者なのだろう。見た目だけでいえば同年代だが、思わず畏まったように接してしまう妙な雰囲気がある。

「あの……実は、閉じ込められてしまって……」
「へぇ、閉じ込められた?」
「はい……それで、外に出たいんですけど、あっちの扉はどうやっても開かなくて……」
「ふぅーん……」

そう聞いた少女は、視線を右上の方に向けながら何か考え込んでいる様子だ。

「あっあの、ここには災禍の魔女が封印されていると聞きました。でも、それらしい場所がどこにも見当たらないんですけど……何か知りませんか?」

リヒトは、今一番気になっていることを思い切って訊ねてみた。奥地にたどり着くまでの洞窟はずっと一本道で、この部屋以外には特に何も見つからなかった。ここからさらに奥に進めそうな道も特に見当たらない。つまり、この部屋が遺跡の最奥部ということだ。だが、件の魔女はどこにもいない。

「あーうん、知ってるかも」

少女は少しバツが悪そうな顔をしながら話を続けたが、その内容はリヒトにとってあまりにも予想外であった。

「その魔女って私のことだし」
「えっ?」
「だからー、その魔女って、私のこと」
「いやいや……」

なにかの間違いだろうとリヒトは思った。突拍子もない話である。しかし、少女を見る限り冗談を言っているような様子でもない。

「……本当にそうなんですか?」
「ここ、私以外誰もいないしね。でもあれだな~、やっぱりまだ魔女とか言われてるんだな~」

彼女はなんてことはないという顔をしているが、リヒトの心中は穏やかではなかった。ただ者ではない雰囲気があるとは思っていたものの、言い伝えにある魔女と、目の前にいる可憐な少女では、イメージがかけ離れ過ぎていた。

「魔女って呼ばれるの好きじゃないんだよね。私はミヤコ。ただのミヤコだよ」

ミヤコと名乗った少女がリヒトに手を差し伸べる。すらりと伸びた白い指が目に映る。

「えっと……リヒトです」
「リヒト君、いい名前だね。よろしく!」
「は、はい、どうも……」

リヒトは決死の思いで遺跡の奥部に踏み入った。敵わないとは思いつつも、いざという時には魔女に抵抗してみせようという心づもりもしていた。
だが、実際に出会った魔女――ミヤコは、いたって友好的だ。あの自分の覚悟は一体なんだったのだろうか。リヒトは握手に応じながらも、気のない返事をすることしかできなかった。



◆◆◆



リヒトは、これまでのいきさつをミヤコに説明していた。ミヤコが彼の身を案じ、何があったのかをしつこく訊ねたためだ。
帝都で行われる勇神祭のこと、両親が他界していること、家の中で自分があまり良くない境遇に立たされていること。そして、どういう経緯で魔女の遺跡に閉じ込められるに至ったのかまで。しどろもどろになりながらもリヒトは言葉を紡いでいった。

「なにその意地汚いオヤジ! サイテー!」

ダインの所業を聞いたミヤコは、ぷりぷりと怒りを表した。

「本当にひどすぎる……なんか頭痛くなってきた……」
「す、すみません。こんな話、聞きたくないですよね……」
「あぁいや、君は気にしなくて大丈夫だから! 私の方こそごめんね、話しづらいこともあっただろうに……」

俯く二人。しばし重い沈黙が降りる。
リヒトの内にはミヤコに対する申し訳ない気持ちもあったが、それ以上に、今まで溜まりに溜まった毒素が身体から抜けていくような解放感があった。

「あ、あの……ありがとうございます」
「え?」
「あ、いえ、その……今まで誰にも、こういう話を聞いてもらえなくて……だから、その……」
「…………」
「す、すみません……」

言っているうちに後ろめたくなってきて、ミヤコを全然直視できなくなってしまった。
やはり、いきなりこのような身の上話をするべきではなかったか。きっと彼女にはとても迷惑な思いをさせてしまっているだろう。

「君は本当に何も気にしなくていい。謝らなくていいから」

負の思考を遮るように、ミヤコの声が耳に入ってきた。優しい口調だった。

「というか、君の方こそ、こんな話して大丈夫だったの? 自分で言うのもなんだけど、私すごく怪しくない?」
「いや、そんなことは……」
「だって『魔女』だよ? 色々嫌な噂とかも広まってるでしょ」

たしかに、彼女が本当に件の魔女であるならば、いつ命を奪われてもおかしくない状況にあるといっても過言ではない。しかし、ミヤコと直に接しているうちに、相手が帝都を窮地に追いやった張本人であるなどということは、とうに意識の外であった。

「その、悪い人だと思えなかったので……」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけどね」

リヒトは、横目でちらりとミヤコの方を窺った。朗らかな笑顔をたたえている。どうみても悪人の面ではない。

「ちなみに、今の私って帝都だとどんな風に言われてるの? 世紀の大悪党!みたいな感じ?」
「えっと……人の肉を食べるとか、化け物みたいな見た目をしてるとか……」
「うわぁ、尾ひれつきすぎでしょ。人肉なんて食べたこともないし、食べたくもないよ……」

初めてミヤコを目にした時、彼女のことを魔女だとは認識できなかった。それは、噂に聞く『災禍の魔女』と彼女の姿があまりにもかけ離れていたためだ。噂話はあまり信用ならないなとリヒトは思った。

「……まぁ、化け物っていうのは否定できないけど」

彼女の口から漏れた微かな呟きは、リヒトには聞き取ることができなかった。

「んで、リヒト君はこれからどうしたいの?」
「これから、ですか……」

リヒトは自身の厳しい境遇を思い出し、天井を仰いだ。
彼には『勇者』の称号を得るという目的がある。そのためには勇神祭で優勝するのが必須条件だ。
しかし、今のままでは勇神祭に出場することすら叶わない。

「君が望むなら、このまま帝都に返してあげることもできるけど」
「……えっ!?」

ミヤコがあっさり言うものだから少し反応が遅れてしまったが、リヒトは驚いた。

「ここから出られるんですか!」
「うん。封印ももう残ってないし」
「ええっ!?」
「そんなに驚くことはないよ。ほら、今の私、ぴんぴんしてるでしょ?」

てっきり、部屋から出られなくなるような仕掛けがあるのだと思っていたが、そうでもないらしい。
言われてみれば、閉じ込められている身にしてはミヤコは生き生きとしすぎている。部屋の中にある珍しい調度品の数々も、後から持ち込んだ物と考えれば道理である。

「最初の方はひどかったよ~。あっちの壁の方に磔にされちゃってさ、ずっと動けなくって。あれ解くのに一年くらいかかったかなぁ」
「封印って自分で解けちゃうものなんですか……」
「その気になればね。めっちゃきついけど!」

あっけらかんとした顔でとんでもないことを言うミヤコ。彼女の言葉が真実なのであれば、約50年前からずっと封印が解かれたまま遺跡が放置されていたということになる。

「まぁでも、この変な術だけは解けなかったな~」
「術……?」
「あぁ、私ね、結構長いこと生きてるはずなんだけど、ずーっと見た目が変わらなくて。封印される時に変な術をかけられたから、多分それが原因なんだとは思うけど」

たしかに、50年前にいた人物が一切年老いないまま生き続けているというのもおかしな話だ。リヒトは首を傾げた。

「不老の術、とでもいえばいいのかな、これは」

ミヤコは自身の手を天井の明かりに掲げながら、物憂げな表情を浮かべた。その姿は美しい少女そのものだが……
この世には、リヒトの理解が及ばない摩訶不思議な術が多数存在する。彼女の姿が当時のままだというのも、その恩恵によるものだろうか。

「あっ、ごめん、話がそれちゃったね。で、ここ出た後はどうするの? 帝都に戻るの?」
「そうしたいです、けど……」

勇神祭に出場できたとしても、リヒトの道は険しい。頂点に輝くためには、当然他の対戦相手すべてを打倒しなければならない。
いずれは優勝候補のケインとも戦うことになるだろう。ケインとの模擬戦では一度も優位に立てなかったが、今度こそは違う結果を勝ち取らなければならないのだ。

「正直、戻るのはおすすめできない。味方が誰もいないのは辛いでしょう」
「…………」
「周辺で野宿なりして、祭の日を待った方がまだいいんじゃない」

ダインは何としてでもリヒトの邪魔をしたいようだ。帝都に戻れば、再び奴は牙を剥く。リヒトもそれは重々承知している。

「……父の教えがあるんです」
「教え?」
「はい。どんなに卑怯なことをされても、お前は正々堂々立ち向かえって」
「へぇ~、真面目な人だったんだ」
「そう、ですね。だから、父の教えの通り、今のこの状況にもしっかり立ち向かっていきたいんです。」

幼い日に見た父の姿を思い出しながら、目を細めた。

「まぁ無理には止めないけど、また意地汚いオヤジに何かされるかもよ。今度は取り返しがつかなくなるかもしれない」
「かもしれません。でも、今度こそはしっかり立ち向かってみせます」
「そんなにお父さんの教えが大事なの?」
「はい」
「……何が君をそこまで衝き動かすんだろうね」

ミヤコの顔に影が差した。

「誰も味方がいないところで、そんなに頑張らなくたっていいのに」

どこか含みのある、そんなつぶやきを漏らした。彼女にどのような真意があるのか、リヒトにうかがい知ることはできない。



結局、玄米茶をもう一杯振る舞ってもらってから、リヒトはその場を後にした。不思議な邂逅だった。
魔女ミヤコは、リヒトが部屋を出る時も温かな表情で手を振ってくれた。そのおかげか、洞窟内の肌寒さもあまり感じなくなっていた。

遺跡からの脱出も難なく済んだ。帰る時に鍵の形をした木製の首飾りを手渡されたが、それを掲げると、またひとりでに鉄の大扉が動き出したのだ。
遺跡内での出来事はまるで現実味を帯びておらず、まだ夢の中にでもいるのではないかという錯覚すら覚える。

ともあれ、これでまた勇神祭への出場権を得ることができる。リヒトは魔女に心からの感謝を捧げ、改めて優勝する決意を固めた。
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