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第四章
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しおりを挟む金澤さんが警察に連れて行かれてから、非通知からの着信はパタリと止み、俺のスマホの充電が減らなくなった。
今年のクリスマスは土日なので、クリスマスイブは昼から閉店までカルラに出勤する。
イブのカルラは比較的おだやかだった。十二月に入ってすぐ、店内にクリスマス用の装飾を施したので、それらしい雰囲気はあるが、ここに来る客は金持ちが多いのでクリスマスになるとみんなどこかへ出かけるらしい。
もちろんまったく客が入らないわけではないので、常連客が来るとそのたびに挨拶をし、ときにはクリスマスプレゼントのお菓子や海外のお土産をもらった。中には自分の娘も大学生なのでぜひ一度会って欲しいという客もいたが、丁重にお断りした。
翌日は、夕方から佐久間家で開かれるクリスマスパーティーに参加した。リビングは一般家庭とは思えないほど、しっかりとクリスマス装飾が施されている。これは深月の趣味だな。
「こんばんは、理人くん」
「お邪魔します。こんばんは、京斗さん。あ、こたつ買ったんですね」
「そうそう。深月が欲しいって言うからさ」
佐久間家に着くと、京斗さんが紺色の半纏を着てこたつに入り、テレビを見ていた。深月は調味料の買い忘れがあるとかで、近所のスーパーに行ったらしい。
今日の夜ご飯は深月と呉内さんの手料理で、そのあとは京斗さんが厳選したチョコレートケーキが待っている。
洗面所で手を洗いこたつに入ると、あまりの暖かさに抜け出せなくなるのがわかった。実家にも今の家にもないので、少し羨ましく思う。
「こたつ、いいですね」
「でしょ。日本って感じがするから好きなんだよね」
「アメリカにはないですもんね」
「そうそう。あと日本の冬を堪能しようと思って、深月とお揃いで半纏まで買っちゃった」
嬉しそうに笑う京斗さんを見ているとこっちまで嬉しくなる。そういえば深月は京斗さんとお揃いのものを持つのが好きだった。
少しの間、京斗さんと話していると、玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー」
「お邪魔します」
調味料を買いにスーパーに行った深月の隣には、ビニール袋を持った呉内さんが立っていた。
「あ、理人来てたんだ」
「さっき来たところ」
「朱鳥、何持ってんの?」
「ああ、深月くんがスーパー行くときに道で会ってね。そのまま二人で買い物したんだ」
「朱鳥さんと話してたら、ほかにも作りたい料理ができちゃって、追加で色々買ったんだ」
料理好き同士、話が合うのだろう。俺と京斗さんはまったく役に立たないので、二人が料理を作っている間は大人しくテレビを見ながら待った。
テーブルに並んだ料理の名前は聞き慣れないものも多かったが、どれも美味しくて四人であっという間に完食した。
俺はいつもお世話になっているという名目で、呉内さんと京斗さんに今年からはじまったカルラのクリスマス限定の焼き菓子をプレゼントした。
ケーキを食べ終え食器を片付けたあとは、二時間ほどテレビを見ながら寛いでいた。いつの間にか深月とお酒を飲んでいた京斗さんは座布団を枕代わりにして眠り、呉内さんはテーブルにうつ伏せになって眠っている。
リビングの窓に目を向けると雪が降っていた。何となく眠る気になれなくて、一人でベランダに出てた。ちらちらと降る白い雪がベランダの柵に薄く積もっている。
静かだ。街中にはイルミネーションを施した家やベランダに大きなサンタの人形を設置した家がある。降りしきる雪のせいで、空や建物がぼやけて見える。下を見ると街頭が薄暗く道路を照らしており、車が通ったあとは雪が溶けてなくなっている。そのままぼうっと外の景色を眺めていた。
「理人」
背後の窓が静かに開き振り返ると、寝ていたはずの深月が立っていた。京斗さんとお揃いの半纏を羽織っている。
「どうしたの?」
「ん、いや……雪降ってんなと思って」
「そうだね。ホワイトクリスマスってやつだ」
「きれいだな」
遠くのほうで若い夫婦が手を繋いで歩いている。その前に小学生くらいの子供が二人、雪の玉を投げ合いながら、走ったり転んだりしている。
「……クリスマスプレゼント、渡さないの?」
「……渡さない」
「何で?」
本当は渡すつもりだった。今もダウンジャケットのポケットには入っている。でもやっぱり渡すのはやめておこうと思った。昨日、呉内さんと由莉奈さんが二人でいるところを見てしまったから。
昼からカルラに行くために部屋を出てエントランスに到着したとき、マンションの前に黒いタクシーが止まっているのが見え、その近くには呉内さんと由莉奈さんがいた。呉内さんはスーツを着ていたが、仕事でないことはすぐにわかった。きちんとヘアセットをしていて、左手には高級ブランドの紙袋を持っていたからだ。
隣にいる由莉奈さんも私服のワンピースというよりはドレスに近いデザインの服を着ており、上からロングコートを羽織っていた。スカートから伸びる長い足はピンヒールのパンプスを履いていて、ヘアセットも以前に会ったときよりも気合いが入っていた。
由莉奈さんが呉内さんの耳元で何かを囁くと、呉内さんが楽しそうに笑う。二人を見ていると、あの日、呉内さんにつけてもらった香水の匂いがよみがえった。甘すぎないけどいい匂い。
きっとこれから二人でイルミネーションを見に行ったり、高級ホテルのレストランで食事をしたりして、クリスマスを過ごすのだろう。もしかしたらプロポーズするのかもしれない。年齢やクリスマスという時期を考えれば可能性は十分ある。
大人の男女はあんな風にデートをするんだ。学生の俺なんかとは到底釣り合わない。あの二人なら結婚して幸せな家庭を築く未来が容易に想像できる。
そんなことを考えていると、世話になってるからなんて理由をつけてボールペンを渡そうとした自分が馬鹿馬鹿しく思えた。
俺は呉内さんが由莉奈さんをエスコートし、タクシーに乗り込むまでその場から動けなかった。エントランスの自動ドアを挟んで、世界が外と内で切り離されているような気がした。
「やっぱ、俺が渡すのは変だろ。呉内さんには大切な人がいるんだ。だからさ、もういいかなって」
さっきよりも雪の降る量が増えている。このまま降りつづければ、明日にも残るだろう。きっといろんな場所で雪だるまを見ることになりそうだ。
「理人」
「……ん?」
隣にいる深月をに目を向けると、急に頭の上に何かを被せられた。
「うわっ」
寒いはずの外で、それはすごく暖かかった。京斗さんとお揃いの半纏。きっと深月がとても大切にしているものだ。
「これなら、誰にも見られないでしょ」
ニット一枚になった深月は寒そうな素振りも見せず、俺の頬に両手を添え、内緒話でもするみたいに小さな声で言った。
「……泣いてねえって」
「……うん。でも今の顔、誰にも見られたくないと思う」
「……そんな顔してるか」
「してる。少なくとも、俺は理人のそんな顔、はじめて見た」
「そうか……まあ、お前になら見られてもいいな」
「うん。誰にも言わないよ」
俺は今どんな顔をしているんだろう。涙なんか出ない。泣きたいとも思わない。はじめから男である自分にチャンスはないのだから。
でも、少しだけ、ほんの少しだけ寂しいと思う。
「深月……」
「何?」
「ありがと、な」
お前が友達でよかったと本当に思う。人間関係で悩んだことなんて一度もなかったのに、呉内さんのことになると些細なことでも気になってしまう。だからたぶん、今一人だったらもっと辛い気持ちになっていただろう。
「深月、寒いだろ。そろそろ中に入ろうぜ」
「ねえ、理人」
「何?」
「俺は理人の幸せを願ってる」
俺の頭にかけられていた半纏を深月に羽織らせる。呉内さんと京斗さん起こさないように、そっと窓を開けて室内に入った。
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