ウチの夫が尊い。

世咲

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第五話

むしろソファになったほうがいい

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 夕方四時ちょうど。掃除、洗濯、アイロンかけに食器洗いものに買い物。 今日やるべきことがほとんど終わったので、一旦リビングのソファに横になってテレビをつける。

   このあとに夕食の準備をしなければならないが、ここは一旦休憩しよう。ぼうっとテレビを見ながら今日の夕飯のメニューを考える。テレビはちょうどグルメ番組の再放送をやっており、美味しそうな料理がいくつも紹介されている。

  今日の夜ご飯は何にしようか。パスタもいいけど、煮物もいいな。でもチキンカレーも美味しそう。けど、こんなに暑い日にカレーは嫌かな。でも部屋はエアコン効いてるから関係ないか。

 ぼうっとテレビを見ていると、ピロリンとスマホからLINEの通知音が来た。テーブルに置いていたスマホを手に取って画面を見ると、樹くんからメッセージが届いていた。

『ごめん。急に残業になったから、夜ご飯先に食べてて』

   残業か……この言葉を聞くと一瞬でありとあらゆるやる気が消えてしまう。仕事だから仕方ないんだけど、やっぱり樹くんの帰りが遅くなるのは寂しい。

『わかった。帰りは気をつけてね!』

   最後の力を振り絞ってメッセージを送信し、全身の力を抜いてソファに倒れこむ。

 残業って何時くらいになるんだろうか。定時は六時半なので、いつもは七時から七時半の間には帰ってくる。前に残業だったときは九時だったな。今日もそれくらいかな。九時までにはまだあと五時間もあるよ。五時間もこんなところに倒れてたら、ソファと一体化しちゃうよ。私がこの家のソファになったところで、座るのは樹くんだから全然いいんだけどね。

 でも樹くんは朝からずっと頑張ってるんだよね。絶対帰ってきたら疲れているだろうし、私に何かできることはないだろうか。スマホで疲労回復や健康に良い料理など調べながら家の冷蔵庫を漁る。

「あ、これだ。これにしよ」

   野菜たっぷりキーマカレー。これなら食べやすいし、野菜もたくさん入ってるから体にもいいし。そうと決まればすぐにとりかからなくちゃ。



「って、もう九時過ぎたよ……」
    
   予想に反して九時になっても樹くんは帰って来なかった。となると、十時を過ぎるのだろうか。夕食も九時までは待っていたが、さすがにお腹が空いて我慢できなくなり、作っていたキーマカレーを温めて一人虚しく食べた。

「……まだかな」

   夜の十時を過ぎても樹くんは帰って来ない。仕方なく一人虚しくお風呂に入り、虚しさを拭いきれないまま寝る準備を整える。今この瞬間も樹くんが頑張っているのだと思うと胸が痛くなる。

   十時を過ぎた時点でかなり眠たくなってきた。普段は十一時から十二時の間に寝ているので、この時間くらいからちょうど眠くなってくる。でも旦那さんがこんなに遅くまで頑張っているのに、私だけ寝るわけにはいかない。

 疲れている樹くんを少しでも癒してあげたい。そしてあわよくば私も癒されたい。樹くんが帰ってきた瞬間、優しく抱きしめたい。あ、でも疲れてるときに抱きつかれると邪魔かな。それか帰ってきたらすぐに……

   ソファの上で眠気と戦いながら妄想を膨らませていると、車のエンジン音が聞こえてきた。時計をみると夜の十一時半を過ぎていた。車のエンジン音が止まると、足音とともに玄関のドアが開く音がした。すばやく自分の頬を思い切り叩いてから立ち上がり、リビングを出て玄関に向かう。

「おかえりなさい」

   樹くんは私を見るなり、珍しく少しだけ目を見開いた。

「ただいま……起きてたの?」

「うん。お仕事お疲れ様」

   私はすぐさま樹くんの手からビジネスバッグを取ってリビングに戻る。樹くんはリビングに着くなりシャツを脱ぎ始めた。

   まずい!   反射的に目をそらす。いつもはちゃんと脱衣所で脱ぐのに、よほど疲れているのだろう。胸の高鳴りを抑えつつ、チラチラと盗み見る。見すぎるとこちらの心臓に大きな影響が出るので、一旦深呼吸して樹くんが浴室に向かうのを待つ。

 シャワーを浴びている間に、作っておいたキーマカレーを温めて、サラダとともにダイニングテーブルに並べる。シャワーを終えた樹くんにご飯の準備ができていることを伝えると、すぐに髪の毛を乾かしてキッチンに来てくれた。私は向かいの席に座り、温かいお茶を飲む。

「悠ちゃん、眠くないの?」
「大丈夫だよ。それより疲れたでしょ」

   どうして残業になったのか話を聞いてみると、どうやら部下に任せた仕事に大きなミスがあり、その対処に時間がかかっていたらしい。部下のミスに対応する樹くんかっこいい!    なんて思っていたが、本人は疲れ切っている様子だったので黙っておいた。 

「そういえば今日さ、夢に悠ちゃんが出てきたんだよね」

   思い出したかのように樹くんがこちらを見てそう言った。私のことを夢に見るなんて、照れるじゃない。

「どんな夢だったの?」

「うーんとね、朝起きたら悠ちゃんが俺のことじっと見てるっていう夢。それだけなんだけど、なんかすごくリアルな感じだったんだよね」
「ヘ、ヘェ……ソレハマタ随分トシンプルナ夢ダネ……」
「うん。そのあとどうなったのかも覚えてないんだけどね」

   すまない樹くん。それは夢じゃなくてリアルだ。紛うことなき現実だ。そんなこと寝顔を見られるのが苦手だと言う本人に言えるはずないし、新婚の嫁がそんな奇行に走っているなんて口が裂けても言えない。

「でも悠ちゃん、寝起きもすごく可愛いかったよ」

   突然の爆弾発言に飲んでいたお茶を吹き出すところだった。危ない、危ない。

 樹くんはときどきナチュラルに、ごく自然に爆弾発言を投下するので本当に心臓に悪い。本人は思ったことを言っただけなのだろうが、言われるこっちの身にもなってほしい。

「あ……ありがとう」
  
    いつの間にかカレーとサラダを完食した樹くんは、それだけ言うとささっと寝る準備を始めた。


    私は顔の火照りをごまかすために、洗面所に顔を洗いに行った。



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