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第二話
井戸端会議をすり抜ける方法
しおりを挟むスーパーの開店時間である午前九時ちょうど。ケチャップを求めて家を出て、歩いて近所のスーパーに向かう。
元気にはしゃぐ子供達のいる公園の前を通り過ぎ、タバコを吸うサラリーマンたちが集まるコンビニの前を通り過ぎる。
自転車を使ってもいいのだが、家から一番近いスーパーは徒歩十分。運動不足解消のために普段から出来るかぎりは歩くようにしている。
まだ午前中だというのにすでに外の気温は二十五度を超えており、とんでもなく暑い。風が吹いているだけマシだが、玄関から外に出て五分ですでに汗をかいてきたし、素足にサンダルなのにもう脱ぎたくて仕方ない。
アナウンサーの綺麗なお姉さんが、朝の天気予報で今日の最高気温は三十四度だと言っていた。どこかの国では最高気温が三十九度まであがるとも言っていたが、三十九度って人間でいうと熱だよ。もはや風邪だよ。もしくはインフルエンザ。
こんな暑い日は早く用事を済ませて早く帰宅するに限る。いくら日傘を持っているとはいえ、日焼けするし何より汗をかく。
とっととケチャップを買って帰ろう。
「あら、桧原さん?」
あまりの暑さに早くスーパーに行こうと足早に歩いていたが、道中自転車をとめてわざわざ立ち話をしている二人組の主婦さんに遭遇した。
「あ、おはようございます」
同じ町内の宮下さん一号と二号だ。この二人は家族でもなければ親戚でもないが、たまたま苗字が同じでそのうえ見た目が似ているので、心の中で勝手にそう呼んでいる。
二人とも中肉中背、ゆるふわパーマにベージュの服を着ている。これまた偶然らしいが同じ黒い自転車を愛用している。
嫌いではないが、今捕まるのは少々やっかいだ。宮下さん一号、二号は二人揃って噂好きで話が長い。普段はあまり気にならないが、この暑さ中で長話する気力はない。
というかどうしてこの暑い中、わざわざ外で話しているのだろう。主婦とはそういうものなのだろうか。どれだけ暑くても寒くてもわざわざ外で話さないと気が済まない。私も主婦だけど。
「これからスーパーに行くの?」
「はい、調味料を買いに」
「ああ、そういえば今日は調味料全品5%オフらしいわよ」
「あそこのスーパー本当に安いわよねえ」
という話から始まり、当たり障りのない返事をしているうちに、最終的に全く関係のない話に移り変わっていた。
「ところでウチの旦那なんだけどね。昨日、日曜だからって昼の二時まで寝てたのよ! 信じられる?」
この二人は話を脱線させるのがうまい。スーパーのセールの話から最近引っ越してきた若い夫婦の話になったかと思うと、いつの間にか宮下さん一号の旦那さんの話になっていた。
そしておそらくあと二十分したら、またスーパーのセールの話に戻るだろう。しかも話が全く途切れない。一分でもいいから沈黙があれば抜け出せるのに。
「何のかしらね、あれ。こっちは毎朝六時には起きてるのに」
この会話無限ループからいかにして抜け出すか……適当に相槌を打ちながらこのループから抜け出す機会を伺っていた。
「あら、ウチも似たようなもんよ。先週なんか、十時に起きたと思ったら三時に昼寝して、起きたのは夕方の六時よ!もうなまけものよりなまけものだわ」
二人はギャハギャハと大声をあげて笑う。暑さなんかものともしないような笑い声だが、二人の額にはじんわりと汗が滲んでいる。
「桧原さんのご主人さんはお昼寝とかされなさそうよね」
「いえ、うちも休みの日は昼まで寝てるときもありますよ」
自分の夫が昼まで寝ていることに関して不満を持ったことは一度もない。むしろ樹くんの寝顔は神様からの贈り物だと思っているから、何時間寝てもらっても構わない。そのおかけでスマホのデータフォルダが潤うのだから。
「そうなの? 意外ねえ。でも嫌じゃない? いつまでもベッドの上でだらだらだらだら。もう、日曜でも会社に行ってほしいものだわ」
「まあ、桧原さんのところは新婚だから、そういうのはないわよね」
「あら、そうだったわね。ご主人が会社に行かれるのも寂しいんじゃない?」
樹くんが仕事に行くのが寂しいかって?
「そうですね。ドローン飛ばして追いかけたいくらいで」
「え……ドローン?」
「ド……ドローン?」
よし、話が途切れた。今のうちよ。
「それでは私、調味料買いにスーパーに行きますので。ごきげんよう」
「ご……ごきげんよう……」
「ごきげんよう……」
こうして何とか会話無限ループから抜け出すことに成功した。後ろからヒソヒソと話す宮下さんたちの声がする。
もしかしたらこれから数日は、町内の主婦さんの間で「ドローンさん」とか「ドローンの奥さん」とか陰で言われるかもしれないけど、まあいいだろう。事実だし。
まったくよくこんな暑い中、話し続けられるよ。立ってるだけでも汗をかくのに、あれだけくちゃくちゃと喋ってたら唾飛ばしすぎて脱水症状になるわ。
宮下さん二人と別れ、五分ほど歩いたところでようやくスーパーにたどり着いた。
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