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第16話  オレの気持ち

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オレはベッドに寝かされていた。
自宅のものでも、下宿先のものでもない。
清潔さと無機質さが同居したような造り。

そして、周りはカーテンで仕切られていて、その内側には小型の医療機器らしきものが並んでいる。
ここはどうやら病院のようだ。
今まで意識不明だった訳だし、自宅で寝てるってことはないか。


「よっこいしょっと」


ベッドの上で上半身を起こしてみた。
すると身体中がビキビキッと悲鳴をあげた。
筋肉痛とはベクトルの違う痛みが襲う。
寝たきりのままだったなら、これも仕方がない事か。


ーーバサバサッ


何か紙状の物の落下音が聞こえた。
顔を向けると、看護師さんがオレを凝視している。
両目をこれでもかと見開きながら。

「どうもお世話様です」

軽く挨拶をしてみたが、それに対して返答はない。
ワナワナと震えるばかりだ。
そして足をもつれさせながら、彼女は病室から飛び出していった。


「先生ーッ! ダイチくんが、ダイチくんがーッ!」


廊下にヒステリックな声が響き渡る。
大声出すのは良いけど言葉は選んでくれよ。
オレが何かをやらかしたみたいじゃん。
ただでさえ名前連呼されて恥ずかしいのに。

それからしばらくすると、狭い病室は賑やかになった。
担当医や看護師はもちろん、両親も駆けつけたからだ。
母さんは泣きじゃくって顔がクシャクシャだ。
当たり前だが、よっぽど心配をかけたらしい。
そして、生まれて初めて親父の涙を見た。
拳を握りしめ、顔を俯(うつむ)かせながら声を殺して泣いている。

「親って、泣くんだなぁ」

オレは心の中でポツリと呟いた。
そしてここが東京であることを、静かに受け入れた。


意識が無かっただけで、体に異常の無いオレはすぐに退院となった。
3人を乗せて、親父の運転で実家へと向かう。
車内では母さんがはしゃいでいた。
親父も口数が普段よりずっと多い。


「ダイちゃんが起きてくれてほんと良かったぁ。もう気が気じゃ無かったよ」
「お前が寝てる間、こっちも大変だったんだぞ。今後は無茶をするんじゃない」
「悪かったって。我ながら馬鹿だったと思うよ」
「眠ってる間はどうだったの? 天国のおじいちゃんおばあちゃんに会ってたりした?」
「うーん、農作業とかしてた」
「あら、そんな夢見てたの。土いじりなんてする子じゃなかったのにねぇ」


ちなみにオレが眠っていた期間は一ヶ月弱。
それはイバラキで暮らした日数と符合する。
あの世界で体験したことは、夢だったんだろうか?
それにしては妙に現実感があったのだが。

クタクタになるまで振るった鍬、価値観が変わるくらいに旨かった飯、体の中まで洗浄してくれそうな澄んだ空気。
そして……手が強張るほど握りしめた、アヤメの手。


全てを昨日の出来事のように、ハッキリと思い出せる。
だが、それらが事実であることを証明するものが何一つ無い。
あるのは、自分の記憶だけ。
イバラキからは何も持ち帰れなかったし、手のひらに出来ていた農具のタコすらない。


「ツルリとした手だよなぁ。気味が悪いくらいに」


誰に話しても信じてもらえないだろう。
親はもちろん、友達や大学の連中だってきっとそうだ。
何せ物証が一つもないのだから。
臨死体験時の不思議な出来事、として片付けられるのがオチだ。


「夢だった……のかなぁ」


長年親しんだ実家に到着した。
玄関のドアを開ける音に、同じ場所で軋む床が懐かしく感じられる。
そして、十数年間お世話になった自分の部屋。
くたびれた勉強机に腰を落ち着けると、幼い頃の記憶が蘇る。
すると、ジワジワと意識が切り変わっていく。
ここまで培ってきた常識と経験。
それらがイバラキでの記憶を否定し続ける。


「異世界なんかあるわけない……よな」


自然と答えが導き出された。
冷静に考えたら、イバラキだけ違う世界だなんてあり得ないと思う。
だが結論とは裏腹に、思い起こすのはアヤメの事ばかり。

読みかけだったマンガを開いてもダメ、追っかけていた動画を見てもダメだ。
何一つ頭に入ってこない。
あの笑顔が、声が、頭の中を埋め尽くしていたからだ。


『私も当初はお家に帰りたいーって、よく泣いてたわ』

ズキリと胸が痛む。
アヤメは今ごろ孤独に苛まれているかもしれない。
オレという仲間を失ったことによって。

『ごめんね、起こしちゃったかな』

アイツは泣いていた。
仕事もキチンとこなし、友人隣人にも恵まれ、普段からよく笑うのに。
誰にも知られないようにして、影で泣いていたんだ。

『あんな風に連れ出してくれる人が現れないかなぁ』

そうだよ。
オレがその人になればいいんだよ!
前回は大して役に立てなかったが、今度こそお前を助けてみせる!

空振りに終わってもいい。
周りの連中に笑われてもいい。
本当にイバラキは概念化した世界なのか。
まずはそれを確かめに行くぞ。


「春バイトの残り持った、スマホの充電もオッケー!」


オレは最低限の荷物だけ持って、家を飛び出した。
母さん、親父、すまねぇ。
息子はちょっくら女の子を助けに行ってくるわ。

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