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最終話 大賢者の居ない国
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「はぁい、皆さーん。こちらに並んでくださーい!」
20人ほどの集団が1人の女性に連れられている。
彼らは地方から王都にやってきた旅行者で、ガイドの案内にて名所を巡っている所だ。
ここは王立美術館。
巨大な絵画を前にして、一同は感嘆の声を漏らしている。
館内に展示されている数々の名品や名画はどれも素晴らしいが、目の前のものは群を抜く。
言葉を奪うほどに美しく、雄大であった。
「この絵はですね、三英雄と魔王が死闘を繰り広げているシーンです。戦いは時を隔て、二度に亘って繰り広げられました。激闘の末、彼らの尊い命と引き換えに、見事魔王を討ち果たしたのです!」
激しいタッチと臨場感溢れる構図は、強烈なメッセージを持っていた。
見物者たちは雑談すら忘れ、ひとときの間魅入るのだった。
「さてさて、隣が最後の絵。これは先代の王さまで、まだ存命中にも関わらず愚王の呼び名が高い方です。在位が10年というのも納得の短さですね」
最後の絵は写実的なものではなく、抽象的表現で描かれていた。
焼き尽くされた家を背景に、国王が首に縄を繋がれて、騎士の男に引き回されている。
これはあくまで風刺である。
当時の王が退位を迫られた事、その政変に騎士団が関わっていた事を表したものだ。
「先代様は大変ヤバイ方だったそうです。気分次第で処罰し、場合によっては死刑にしたとか。おっかねぇ。更には救世主たるクラスト様やフロウ様のお屋敷を、無意味に焼き払ってしまいました。極めて貴重な資料や名品が全て焼失する事となりました」
「ええ……何でそんな事をしたんですか。偉大な方々のお屋敷でしょう?」
「不仲説や陰謀説など色々と囁かれますが、私は嫉妬だと思いますね。大賢者様の方が圧倒的に優れていたので、それが気にくわなかったんでしょう」
「だからって、あんまりな仕打ちじゃないですか? 命懸けで戦って、世界を救ってくれた人に対して……」
「だから愚王だし、騎士団に嫌われたんですよ。じゃあ次、チャッチャと行きましょうー」
一団が次に向かったのは劇場である。
今日の催し物は詩で、幾人もの詩人が詠(うた)う。
観光客が着いた頃には開演しており、既に何人も発表を終えた後であった。
だが、案内人に文句を言うものは一人も居ない。
お目当てである詩人は後に控えていたからだ。
数人の詩が終わり、最後に女性がステージに現れた。
美しい銀の竪琴と、それに負けず劣らず輝く滑らかな銀髪。
豊満な体にスラリと長い手足が、シルクのドレスを期待以上に着こなしている。
盲目なのか、目は閉じられたままで、それが一層艶っぽく感じられた。
会場からはどよめきが起こり、割れんばかりの拍手が鳴り響く。
次第にそれが小さくなり、途切れ途切れになると、彼女は手元の竪琴をかき鳴らした。
その指から奏でられる低音は大地の実りのように豊かで、高音は天の祝福のように繊細で耳に心地良い。
そして、透明かつ芯の通った声。
誰もが彼女に引き込まれた。
「遠く離れた 世界で眠る
貴方に声が 届くでしょうか
分かたれた体は 引き裂かれた魂は
寄り添う事すら 許されず
異国で独り 日々囁く
生まれ育ちが 背負ったものが
もし違えていたならば
貴方は生きてくれたでしょうか
月を眺めて 思い出す
面影重ねて 問いかける
吹き荒れる風に 邪魔されて
いまだに声は 届かない」
彼女の声が止むと、観客は割れんばかりの拍手でこたえた。
「すげぇ! これが吟遊詩人フアルナの詩か、一度聞いて見たかったんだよ!」
「フアルナさーん、こっち向いてぇぇ!」
例の観光客たちは一様に熱狂した。
それは引率のガイドも含む。
喉と両手が痛むまで、フアルナへの称賛を送ったのであった。
その熱気が冷めるには、多少の時を要する事となる。
「ケホッ。みなさーん。ここが大市場ですよ。お土産買うならどうぞ」
「広いなぁ、人もたくさんだ、ケホッ」
「呪い用のナイフとかあるかな、ゲホゲホ」
やってきた市場には、大小様々な店が並ぶ。
観光客たちは余りの規模に面食らうが、そんな彼らを狙い済ましたような声がかけられた。
「推理の輪を試してみないかい? 王都に来といて試さないなんて、良い笑いもんだよ!」
露店からである。
まだ二十歳にも満たない若い女性が、景気の良い声で叫んだ。
その手には珍しい、鉄製の細工物があった。
「へぇ、これが噂の推理の輪ね。不思議な形してるなぁ」
「時間内に解けたら金貨3枚を進呈するよ、やってみないかい?」
「金貨3枚!?」
一行は目を見開いて驚いた。
提示された額は想定外に高く、彼らの年収を上回るものであったからだ。
途端に鼻息が荒くなる。
「金貨の話は、偽り無いだろうね?」
「もちろんだよ。挑戦するなら銅貨2枚ね」
「わかった。ではやるぞ」
「おうやったれ! 村一番の学者先生!」
砂時計がセットされる。
学者と呼ばれた男は不遜な目で受けとるが……。
やがて目の色が変わり、脂汗を流し始める。
延々と格闘するが、解ける気配は無い。
「ムム、ムムム!」
「おいマジかよ、学者先生!」
「はい終了! これ以上続けるなら追加の銅貨ちょうだい」
「い、いや。止めておこう」
その男は大汗を拭いつつ、少女に品を返した。
「さて、もうお終いかい? 金貨はいらないの?」
「オレがやる、貸せ」
「はい毎度ありぃ!」
「おうやったれ、村一番の力持ち!」
体躯に優れた男が口許を歪ませた。
何か良からぬ事を企んでいるのは明白である。
しかし、店主の少女は顔色ひとつ変えなかった。
「ウググッ、あれ?」
「ちなみにね、魔法で強化されてるからね。宮廷魔術師のお墨付きだよ」
「クッソ硬い、メチャクチャ硬い!」
「はい時間ぎれー」
先ほどと同じくらい汗をかいた男が、品を戻した。
だが学者の男は引っ込みがつかないらしく、厳しい声で店主に問い質した。
「それは本当に解けるのか。イカサマでは無いのか」
「人聞き悪いなぁ。まったくもう」
解法を知られないよう、少女は後ろ手に持ち、カチャカチャと操作した。
呼吸にしてふたつ。
彼女が要した時間はそれだけだった。
「はい解けた。これでどう?」
「ムムム、インチキだ! 絶対に何か裏があるぞ!」
「そこまで言うなら隅々まで調べてみる? もちろん銅貨はもらうけど」
「クゥ……。もういい!」
「アッハッハ。また気が向いたらよろしくねー!」
そそくさと立ち去る挑戦者2人。
残りの観光客らも、ああだこうだ言った後、試すこともなく市場の奥へと流れていった。
少女の手には小さな鉄球と、そこから外れた大小の鉄の輪がある。
「おじいちゃんのウソツキ。早く帰ってこないと、これで荒稼ぎしちゃうからね」
囁くが答えはない。
推理の輪は、あくまでも鉄製の玩具でしかない。
再び苦もなく輪を戻し、張りのある声で叫んだ。
「さぁさぁ、王都に来たなら推理の輪! 高名なる大賢者クラストが遺した推理の輪の最新版! 我こそはと思ったら、ぜひとも一度お試しあれ!」
ー完ー
20人ほどの集団が1人の女性に連れられている。
彼らは地方から王都にやってきた旅行者で、ガイドの案内にて名所を巡っている所だ。
ここは王立美術館。
巨大な絵画を前にして、一同は感嘆の声を漏らしている。
館内に展示されている数々の名品や名画はどれも素晴らしいが、目の前のものは群を抜く。
言葉を奪うほどに美しく、雄大であった。
「この絵はですね、三英雄と魔王が死闘を繰り広げているシーンです。戦いは時を隔て、二度に亘って繰り広げられました。激闘の末、彼らの尊い命と引き換えに、見事魔王を討ち果たしたのです!」
激しいタッチと臨場感溢れる構図は、強烈なメッセージを持っていた。
見物者たちは雑談すら忘れ、ひとときの間魅入るのだった。
「さてさて、隣が最後の絵。これは先代の王さまで、まだ存命中にも関わらず愚王の呼び名が高い方です。在位が10年というのも納得の短さですね」
最後の絵は写実的なものではなく、抽象的表現で描かれていた。
焼き尽くされた家を背景に、国王が首に縄を繋がれて、騎士の男に引き回されている。
これはあくまで風刺である。
当時の王が退位を迫られた事、その政変に騎士団が関わっていた事を表したものだ。
「先代様は大変ヤバイ方だったそうです。気分次第で処罰し、場合によっては死刑にしたとか。おっかねぇ。更には救世主たるクラスト様やフロウ様のお屋敷を、無意味に焼き払ってしまいました。極めて貴重な資料や名品が全て焼失する事となりました」
「ええ……何でそんな事をしたんですか。偉大な方々のお屋敷でしょう?」
「不仲説や陰謀説など色々と囁かれますが、私は嫉妬だと思いますね。大賢者様の方が圧倒的に優れていたので、それが気にくわなかったんでしょう」
「だからって、あんまりな仕打ちじゃないですか? 命懸けで戦って、世界を救ってくれた人に対して……」
「だから愚王だし、騎士団に嫌われたんですよ。じゃあ次、チャッチャと行きましょうー」
一団が次に向かったのは劇場である。
今日の催し物は詩で、幾人もの詩人が詠(うた)う。
観光客が着いた頃には開演しており、既に何人も発表を終えた後であった。
だが、案内人に文句を言うものは一人も居ない。
お目当てである詩人は後に控えていたからだ。
数人の詩が終わり、最後に女性がステージに現れた。
美しい銀の竪琴と、それに負けず劣らず輝く滑らかな銀髪。
豊満な体にスラリと長い手足が、シルクのドレスを期待以上に着こなしている。
盲目なのか、目は閉じられたままで、それが一層艶っぽく感じられた。
会場からはどよめきが起こり、割れんばかりの拍手が鳴り響く。
次第にそれが小さくなり、途切れ途切れになると、彼女は手元の竪琴をかき鳴らした。
その指から奏でられる低音は大地の実りのように豊かで、高音は天の祝福のように繊細で耳に心地良い。
そして、透明かつ芯の通った声。
誰もが彼女に引き込まれた。
「遠く離れた 世界で眠る
貴方に声が 届くでしょうか
分かたれた体は 引き裂かれた魂は
寄り添う事すら 許されず
異国で独り 日々囁く
生まれ育ちが 背負ったものが
もし違えていたならば
貴方は生きてくれたでしょうか
月を眺めて 思い出す
面影重ねて 問いかける
吹き荒れる風に 邪魔されて
いまだに声は 届かない」
彼女の声が止むと、観客は割れんばかりの拍手でこたえた。
「すげぇ! これが吟遊詩人フアルナの詩か、一度聞いて見たかったんだよ!」
「フアルナさーん、こっち向いてぇぇ!」
例の観光客たちは一様に熱狂した。
それは引率のガイドも含む。
喉と両手が痛むまで、フアルナへの称賛を送ったのであった。
その熱気が冷めるには、多少の時を要する事となる。
「ケホッ。みなさーん。ここが大市場ですよ。お土産買うならどうぞ」
「広いなぁ、人もたくさんだ、ケホッ」
「呪い用のナイフとかあるかな、ゲホゲホ」
やってきた市場には、大小様々な店が並ぶ。
観光客たちは余りの規模に面食らうが、そんな彼らを狙い済ましたような声がかけられた。
「推理の輪を試してみないかい? 王都に来といて試さないなんて、良い笑いもんだよ!」
露店からである。
まだ二十歳にも満たない若い女性が、景気の良い声で叫んだ。
その手には珍しい、鉄製の細工物があった。
「へぇ、これが噂の推理の輪ね。不思議な形してるなぁ」
「時間内に解けたら金貨3枚を進呈するよ、やってみないかい?」
「金貨3枚!?」
一行は目を見開いて驚いた。
提示された額は想定外に高く、彼らの年収を上回るものであったからだ。
途端に鼻息が荒くなる。
「金貨の話は、偽り無いだろうね?」
「もちろんだよ。挑戦するなら銅貨2枚ね」
「わかった。ではやるぞ」
「おうやったれ! 村一番の学者先生!」
砂時計がセットされる。
学者と呼ばれた男は不遜な目で受けとるが……。
やがて目の色が変わり、脂汗を流し始める。
延々と格闘するが、解ける気配は無い。
「ムム、ムムム!」
「おいマジかよ、学者先生!」
「はい終了! これ以上続けるなら追加の銅貨ちょうだい」
「い、いや。止めておこう」
その男は大汗を拭いつつ、少女に品を返した。
「さて、もうお終いかい? 金貨はいらないの?」
「オレがやる、貸せ」
「はい毎度ありぃ!」
「おうやったれ、村一番の力持ち!」
体躯に優れた男が口許を歪ませた。
何か良からぬ事を企んでいるのは明白である。
しかし、店主の少女は顔色ひとつ変えなかった。
「ウググッ、あれ?」
「ちなみにね、魔法で強化されてるからね。宮廷魔術師のお墨付きだよ」
「クッソ硬い、メチャクチャ硬い!」
「はい時間ぎれー」
先ほどと同じくらい汗をかいた男が、品を戻した。
だが学者の男は引っ込みがつかないらしく、厳しい声で店主に問い質した。
「それは本当に解けるのか。イカサマでは無いのか」
「人聞き悪いなぁ。まったくもう」
解法を知られないよう、少女は後ろ手に持ち、カチャカチャと操作した。
呼吸にしてふたつ。
彼女が要した時間はそれだけだった。
「はい解けた。これでどう?」
「ムムム、インチキだ! 絶対に何か裏があるぞ!」
「そこまで言うなら隅々まで調べてみる? もちろん銅貨はもらうけど」
「クゥ……。もういい!」
「アッハッハ。また気が向いたらよろしくねー!」
そそくさと立ち去る挑戦者2人。
残りの観光客らも、ああだこうだ言った後、試すこともなく市場の奥へと流れていった。
少女の手には小さな鉄球と、そこから外れた大小の鉄の輪がある。
「おじいちゃんのウソツキ。早く帰ってこないと、これで荒稼ぎしちゃうからね」
囁くが答えはない。
推理の輪は、あくまでも鉄製の玩具でしかない。
再び苦もなく輪を戻し、張りのある声で叫んだ。
「さぁさぁ、王都に来たなら推理の輪! 高名なる大賢者クラストが遺した推理の輪の最新版! 我こそはと思ったら、ぜひとも一度お試しあれ!」
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