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第二部

2ー88  家族の反応

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まおダラ the   2nd
第88話 家族の反応



コトリ。
食卓の上に、並々と水を注いだコップを置いた。
すると即座に相手の手が伸ばされ、素早く口元へと運ばれる。

ーーゴクリ、ゴクリ。

息継ぎすら忘れ、水をドンドン飲み込んでいく。
そして彼は、満足げな息を吐きつつ言った。


「プハァーッ。ありがとうございます、ほんの少しばかり逝きかけましたよ!」


目の前に居るのはフィローさん。
グランニアの王子さまであり、執政官という重役であり、一応は私の婚約者(仮)である人。

その大人物が豊穣の森で行き倒れになっていたのだ。
先程アシュリー姉さんが半笑いで連れてきて、回復魔法を施して今に至る。


「無事で良かったよ。護衛も付けずに一人で来たの? だとしたら無謀だよ」
「そうよ。こんな明るい時間に夜這いだなんて、良識を疑うわ」
「リタ姉さん、ちょっと静かにしてて」


それから背中の狐さんを引っ込めてね。
フィローさんは気づいてないけど、私が落ち着かないから。


「いやいやお恥ずかしい。来たというよりも、本件は訓練の一貫でして」
「訓練って……あぁ。鍛えるとか言ってたよね」
「はい。グランニアからコロナまで駆け通して、そのまま本国に帰るつもりでした。ですが、豊穣の森が近くにある事を思い出しまして」
「近くはないと思うよ。馬を使いたくなる距離だもん」


フィローさんの話によると、単純な往復で済むところを、大きく進路変更してしまったようだ。
移動距離も当初の4倍くらいに延びてると思う。


「あなた、早く戻った方が良いんじゃないかしら? お付きのグラッドさんも心配してるでしょうに」
「リタ殿、お気遣い無く。あの者には既に通知済みです」
「お仕事だって忙しくて大変でしょう?」
「本日は休暇なので、明日の朝までに帰国できれば問題ありません」
「そう……残念だわ」


そう言い残して、リタ姉さんは部屋へと戻っていった。
最後の言葉は聞こえなかったらしく、フィローさんはニコニコ笑顔のままだ。
私はバッチリ聞こえたので、うすら寒い思いをする事になったけど。

それでもようやく2人きりになれたから、ゆっくりと話すことが出来そうだ。
……なんて思ってたのも束の間、新手が2階から降りてきた。
子供特有の軽い足取りで。


「母さーん、この本なんだけどさぁ……」
「なぁに? 今来客中だから、後にして欲しいな」
「来客って、あぁ! お前はもしかして!?」
「ケビン君かな? 私はフィロー。キミの事はシルヴィア様から聞いているよ」
「やっぱりか! 何しに来たんだ帰れよ!」


犬歯むき出しで息子が吠えた。
成り行きとはいえ、フィローさんを自宅にあげたのは失敗だったかもしれない。
2人には相応の場を設けるつもりだったのに、こうなってはもう手遅れだ。
事故のような不運を噛み締めつつも、私はケビンの非礼を叱ることにした。


「ケビン、そんな事言ったらだめじゃない。悪い子よ」
「そんな事よりコレ! このナゾナゾの本だけど、解んないやつがあるの。その答えを教えて欲しくってさ」
「まずはゴメンナサイでしょ?」
「私は気にしてませんよ。それにしてもナゾナゾとは懐かしい。私も昔は親しんだものです」
「うるさいな! お前には関係ないだろ!」
「まぁまぁ、そう怒らないで。貸してごらん」
「あっ。なにすんだよ!」


フィローさんはヒョイと本を取り上げてしまう。
ケビンは不服そうにしつつも、されるがままだ。


「ったく。汚すなよ?」
「アハハ、気を付けるよ。知りたいのはここのページでいいのかな?」
「そうだよ。まぁ、お前なんかに解るはずはないけどな!」
「恥をかかずに済むよう頑張るよ。どれどれ……」



ある村に、若い男の人が住んでいました。
彼には一緒に暮らすお父さんやお母さんは居ませんでした。
でもさびしくはありません。
彼はひとりが好きなのです。

ある日の事。
ペットを飼おうと思い、村の人たちにお願いをしました。
「お礼はするので、何か動物をゆずってくれないか?」

すると、次の日にはいろんな動物が届きました。
ニワトリの赤ちゃん、大ワシの卵、まだ小さい子馬。
それらのおくり物のうち、ひとつだけ受け取って、ほかは返しました。
さて、受け取ったのはどれでしょう?


フィローさんは童話でも読み聞かせるように、ゆっくりと抑揚をつけて朗読した。
その姿をケビンはじっと観察、或いは監視するように、口許を凝視している。


「馬かー、馬もいいよねぇ。欲しいかも」
「母さん。諦めるにしても一度は考えててみてよ」
「だって判んないんだもん」
「この問題か、知らないやつだな。ええと……」
「ふんだ! お前みたいなニンゲンに解けるもんか!」
「答えはニワトリの赤ちゃん、だね」
「ええ?! どうして?」


私とケビンによる二重奏。
全く同時に食いついてしまったからだ。
なんとも恥ずかしくなって、私は咳払い。
一方ケビンは、ズイと前のめりになった。


「理由言ってみろよ。まさか出任せじゃないだろうな?」
「いいかい、この男はひとりが好きなんだよ。『ひ』と『り』がね」
「あっ……」
「鶏の赤ちゃんは、ひよこだから、『ひ』が入ってるよね。それが理由だよ」
「はぁー、すっごい! よく判ったね?」
「こう見えても、ナゾナゾは小さい頃好きだったんですよ」
「ほらケビン。教えてくれたお礼を言いなさい」
「……ありがとよ」


声小さいなぁ。
目線も合わせようとせずに、テーブルの脚とか見てるし。
これは仲良くなるのは難しいかなぁ。

……と思っていたところ、フィローさんが椅子から立ち上がった。
そしてケビン前で膝をおり、目線を合わせようとする。


「どういたしまして。ナゾナゾが好きなんだ。私にも分かるよ、ワクワクするよね」
「うるさいな。もう僕に用事は無いよ」
「うーん。今グランニアの子供たちで流行ってるナゾナゾがあるんだけど、知りたくはないかい?」
「……てよ」
「うん? なんだい?」
「教えてよ、それ」


それから徐々に2人は仲良くなっていった。
始めのうちは無愛想だったケビンも、時間を追うごとに表情が豊かになっていく。
子供の順応ってのは早さには驚かされるよ。

フィローさんが帰る頃になると、またまたケビンには驚かされた。
だって『次はいつ来るの?』なんて聞くんだもん。
それに対して『今度の休みに、また遊ぼうか』なんて返してた。

次が……あるんだよね。
その事が、私もなんとなく嬉しいというか、暖かい気分になる。
次の休みがいつなのか聞き忘れたのも、そのせいだろう。

でも執政官という立場は忙しいんだろう、なかなか『次の休み』は訪れなかった。
私は最近窓の外を眺める癖がついた。
ボンヤリと眺め続けては、ハッと気づいて恥ずかしくなる。
あまり人に見られたくない姿だ。

そういえば、この二人も大きく変化した。
ケビンが本を抱えながら言う。


「あの兄ちゃん、今日はくるかな?」
「来ないと思うよ。何の連絡もないし」
「そっかぁ。残念だなー」


リタ姉さんがオタマを片手に言う。


「ねぇシルヴィ。彼は今日来るかしら?」
「たぶん来ないと思うよ」
「そう、残念だわ」


オタマから滴るのは濃緑色の液体。
それが何なのか、何が残念なのかを問いただす勇気は、今のところない。
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