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第二部
2ー78 諦めないで
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まおダラ the 2nd
第78話 諦めないで
「おう、どうしたァ? ちゃんと防がねえと首がポロっと落ちちまうぞ!」
「クッ。このゲスめ!」
揺るがす者がフランに襲いかかっている。
じゃれる子犬のように乱雑な動きで。
それでも繰り出される拳は、どれも強烈なものなんだろう。
余裕の無いフランの顔から想像ができた。
「フランも危ない。早く治さなきゃ……」
「ぬぅ。魔力が足りぬ。守りを固めねばならぬのに!」
私の回復はまだ終わらない。
月明さんは魔力の集約に苦慮している。
リタ姉さんはテレジアの救護。
アシュリー姉さん、リタ姉さん、パパコロちゃんは起き上がる事も出来ないほどに負傷している。
まともに戦える人が、もうほとんど居ない。
ーー全滅、皆殺し。
不吉な言葉が頭をよぎる。
沸き起こるのは恐怖、強烈な不安、そして……。
怒りだ。
あの凶悪な顔を喜ばせるかと思うと、無性に腹が立って仕方ない。
治療もそこそこに、私は勢い良く立ち上がった。
「アンタなんかに、負けたりはしないんだからッ!」
まだ脇が痛む。
でも構っている余裕はない。
今もフランは懸命に戦ってるのだ。
「待っててね。今、援護に向かうから!」
「命令を実行中。完了。加護の還元を実行しました」
「えっ?」
小さくも明瞭な声が聞こえた。
誰なんだろう……知らない人だと思う。
周りを見渡しても、それらしき人は見えない。
そして、不思議な出来事はそこでは終わらない。
「力が、力が溢れてくる!」
「おっ、おっ? 傷がすっかり治りましたけども?!」
「私もだ。胸が元通りになったぞ!」
「何かしら、この魔力は。これならテレジアも助けられるわ!」
それまでの絶望間を吹き飛ばすような声が、方々で沸き上がる。
それは私も同じだ。
まるで誰かと体が入れ替わったように、力が溢れかえっている。
余りの急展開に、みんなで顔を見合せ、しばらく黙りこんだ。
「ちょっと皆さん! 動けるなら助けてくださいません?!」
「いけない! フランの援護を!」
「よし、やろう!」
「私はワンちゃんの手当てをするわね」
月明さんとパパコロちゃんだけは、この現象は起きてないらしく、依然辛そうにしている。
でも検証は後回し。
まずは敵をやっつけないとね!
「てやぁッ!」
「さっきはよくも!」
「クケー! 今にぶってえモンをブチこんでやるだよ」
「なんだテメェら! どこにそんな力が?!」
エレナ姉さんは正面から、私は背後から斬りかかる。
私の剣先が触れ、揺るがす者の皮膚を浅く切り裂いた。
白い素肌に赤い筋が浮かぶ。
「やった、傷がついたよ!」
「それは吉報。一刀のもとに両断してやる!」
「くそッ。半死人だったお前らに何が起きやがった!?」
揺るがす者が明らかに表情を変えた。
さっきまでの驕りとか、嗤うような気配は見られない。
そして戦闘スタイルにも変化が現れている。
エレナ姉さんの攻撃を全て避けるようになったのだ。
「どうした? さっきのように素手で止めてみせないのか?」
「うっせぇ。事情が変わったんだよ!」
「どんな事情か知らんが、お前の墓場に飾ってやろう。食らえ!」
「ニンゲンごときが調子にのんなァァッ!」
闘気による爆風が吹き荒れる。
カウンターでまともに受けてしまい、私たちは2人揃って後方へと飛ばされてしまった。
そこに追撃の魔力砲が放たれる。
避ける時間が無い……!
「霊木よ、ゲス野郎をブッ殺してやるだよぉ!」
地中から現れた巨大な木の根が、魔力砲に立ち向かった。
正面衝突し、互いを激しく削り合う。
それは勝敗を決することなく、どちらからでもなく消えた。
「はぁ、はぁ。神様っつっても、割と大したことないですね……」
「だったら、もう1ラウンドやるかァ?!」
「ゲェッ! もう2発目とか! やっぱマジもんの化け物じゃないですか!」
「まずはテメェから死ねやぁぁーッ」
標的になったのは、体勢を建て直した私たちじゃあない。
挑発したアシュリー姉さんでも、フランでもない。
リタ姉さんだ。
今はパパコロちゃんの治療中で、身動きが取れない。
「食らえェーーッ!」
「リタ姉さん!」
「リタ殿ッ!」
私たちは助けようとした。
だけど、それよりも早く動けた人がいた。
月明さんだ。
両手にオウギを持ち、姉さんと揺るがす者の間に割って入ったのだ。
そして、力強く気を吐いた。
「鎧よ、命を貸せ! ここが死に場所じゃ!」
「なんとも野暮なお言葉! 儂はいつでも死に体(たい)にございますぞ!」
「そうであったな。無粋を詫びる。では、参るぞ!」
月明さんは小さく笑ったあと、そのオウギを艶やかに振りかざし、叫んだ。
ーー神魔壁!
魔力砲とオウギ状の壁が衝突した。
それだけで周りには暴風が吹き荒れる。
さっきの霊木とのぶつかりあいの比じゃない魔力が、互いを圧倒しようとする。
余波が地面を削り、地割れを引き起こし、遠くの木々まで薙ぎ倒していく。
私は堪らず声をあげた。
「月明さん、大丈夫なの?!」
「妾のことは捨て置け! それよりも、今が好機。再び封印をするのじゃ!」
「でも、それは失敗しちゃって」
「今や身代わりとなる代物はない。だから成功するはずじゃ。妾が持ちこたえている間に……!」
「わかった、やってみる! リタ姉さんは動ける?!」
「お待たせしたわね、ワンちゃんはなんとかなったわ。もうやれる!」
リタ姉さんとアシュリー姉さんが駆け去っていく。
月明さんは必死の防戦を繰り広げている。
エレナ姉さんはテレジアやフランを避難させようとしている。
私だけ、何も出来ていない。
「私はいつもこうだ。肝心な時に役立たずだなんて……!」
歯がゆく、そして情けない。
こんな大事な場面で棒立ちする、我が身を呪う。
なんて非力なんだろうと思う。
自分の右手を忌々しく睨んだ。
愛剣、細い腕、そしてブレスレットが目に映る。
それからガラス玉に視線を巡らすと、再び無機質な声が聞こえてきた。
「巫女の祈り。定めるものの娘に還元。想いを具現化します」
「想いを、具現化?」
そして、懐かしい記憶が脳裏に甦る。
いつぞやのロラン戦で見た、お父さんの闘いぶりを。
あの時は剣が折れて、それから不思議な武器が現れて、また戦う事ができたんだよね。
あれはエンチャントの一種だったのかな?
それだったらきっと、私にも出来るんじゃないか。
「強い剣、とにかく強い剣!」
ダメもとで剣に魔力を送った。
漠然としながらも、イメージを膨らませつつ、丁寧に。
するとガラス玉がまばゆく光り、それが剣へと伝わっていく。
そして、武器全体が繭のようなものに包まれた。
それは初めは棒状だったけど、形が徐々に整いだし、最後は剣の形となった。
普段使っているものの、何倍もの長さだ。
「驚いてる場合じゃ、ないよね。制御も難しいし……」
今は少しも気が抜けない。
ほんの些細な油断で、剣に宿った力が暴発してしまいそうだ。
それに魔力の消費がとてつもない。
きっとこれは一撃限り。
連撃の許されない攻撃になりそうだ。
揺るがす者へと駆け寄る。
狙うは脇腹。
月明さんに気持ちが集中している今がチャンスだ。
素早く間合いを詰めて、至近距離まで近づき、そして斬り上げた。
「てやぁッ!」
「グァ?! て、てめえ……」
脇腹から肩に向かって摺り上げに切った。
何の抵抗もなく、肩から剣が外に飛び出す。
鮮血が散る。
膝を着く揺るがす者。
魔力砲もそれによって途絶えた。
違う。
標的が変わったんだ。
揺るがす者の片手が私に向けられる。
肩から大量の血を流しながら。
「そんなに死にたきゃ殺してやらぁーーァッ」
さっきの攻撃の反動が大きすぎる。
私の体は宙を泳ぐばかりで、回避なんか間に合わない。
収束される魔力。
そして私に向かって、強烈な魔力砲が放たれる。
いや、来ない。
撃とうとしたその腕が地面に落ちたから。
地面がまた赤く染まる。
私を助けてくれたのは、もちろん……。
「エレナ姉さん!」
「前にも言ったが、最後まで油断はするな。まぁ、今回は仕方がないが」
「アァァアッ! 腕が! オレの腕がァッ!」
「腕だけで済むと思うか?」
「……ガハッ!」
その剣捌きは見えなかった。
私が見てとれたのは、既に斬ったあと。
揺るがす者は×の形に体に傷をつけ、そして2つに分かれた。
上半分と下半分が逆向きに倒れる。
ーードサッ。
倒した……?
窺うようにそちらを見た。
淡い期待を抱く前に、その希望は叫び声にかき消された。
「いてぇ! いてぇぇえ! よくもやりやがったぁぁーー!!」
「何て生命力だ。ここまでやっても死なんとは」
「やっぱり封印しかないです、シルヴィたちは離れてください!」
「2人で封印とか。これは骨が折れるわね」
「愚痴は厳禁。人が足りなきゃやるしかないです!」
二本の光柱が伸び、さっきのように空で交わる。
そして同じように、その交点から光の筋が降りてくる。
揺るがす者に向かって。
「くぅ、抵抗はやめやがれですよ! 大人しく封印されなさい!」
「やっぱり、2人だと、厳しいわね」
「この程度の力に負けるかよ、絶対に凌ぎきってやる!」
抵抗が激しいらしい。
揺るがす者の体も光によって守られている。
少し濁った、灰色に近い色の膜だ。
あんな状態になっても、十分な力を残しているんだ。
正真正銘の化け物だと痛感させられる。
「やっぱりもう一人必要だよ、ここは私が!」
「シルヴィアやめておけ。魔力の弱い我々では足手まといになる」
「それは、そうかもしれないけど……」
光の押し合いは一進一退。
どちらが打ち負けるか予想ができない。
押し負けたそのときは接近戦を仕掛けよう。
剣で殺せるかどうかは、わからないけれど。
「だらしない! モタモタしてないで片付けますわよ!」
「フラン、てめぇ生きてやがったんですか?」
「休んでただけ! いいから、とっとといきますわ!」
フランが魔法陣に加わった。
その両手に魔水晶を握りしめながら。
底を尽きかけた魔力を補っているのだろう。
姉さんたちと見劣りしない柱が昇り、交わり、そして。
「ァァァアアアーーッ!」
とうとう揺るがす者の守りを打ち破った。
純白の光が辺りを覆い、これまでにない断末魔が響き渡る。
そして光がおさまると、敵の姿は消えた。
灰色の石だけを残して。
「やった。今度こそやりました!」
「はぁ、本当に疲れたわ。3度目は流石に止めて欲しいわね」
「げふん」
膝をつく姉さんたち。
倒れこむフラン。
魔方陣の周りに居るのはそれだけだ。
「また逃げられたってことは、無いよね?」
「周りに不審な様子は見えないが……」
「あー、大丈夫ですよ。今度は厳密に索敵したんで。もうあの野郎は居ませんからー!」
アシュリー姉さんが寝そべりながら叫んだ。
ということは、終わったんだ。
私たちは無事に勝つことができたんだ!
「やったね、エレナ姉さん!」
「まさか生き残る事ができるとはな。予想外だぞ」
「やったね、月……明さん?」
彼女が居た場所を見た。
そこに仲間の顔はなかった。
脱ぎ捨てられたような着物と鎧。
ただそれだけが置かれていた。
第78話 諦めないで
「おう、どうしたァ? ちゃんと防がねえと首がポロっと落ちちまうぞ!」
「クッ。このゲスめ!」
揺るがす者がフランに襲いかかっている。
じゃれる子犬のように乱雑な動きで。
それでも繰り出される拳は、どれも強烈なものなんだろう。
余裕の無いフランの顔から想像ができた。
「フランも危ない。早く治さなきゃ……」
「ぬぅ。魔力が足りぬ。守りを固めねばならぬのに!」
私の回復はまだ終わらない。
月明さんは魔力の集約に苦慮している。
リタ姉さんはテレジアの救護。
アシュリー姉さん、リタ姉さん、パパコロちゃんは起き上がる事も出来ないほどに負傷している。
まともに戦える人が、もうほとんど居ない。
ーー全滅、皆殺し。
不吉な言葉が頭をよぎる。
沸き起こるのは恐怖、強烈な不安、そして……。
怒りだ。
あの凶悪な顔を喜ばせるかと思うと、無性に腹が立って仕方ない。
治療もそこそこに、私は勢い良く立ち上がった。
「アンタなんかに、負けたりはしないんだからッ!」
まだ脇が痛む。
でも構っている余裕はない。
今もフランは懸命に戦ってるのだ。
「待っててね。今、援護に向かうから!」
「命令を実行中。完了。加護の還元を実行しました」
「えっ?」
小さくも明瞭な声が聞こえた。
誰なんだろう……知らない人だと思う。
周りを見渡しても、それらしき人は見えない。
そして、不思議な出来事はそこでは終わらない。
「力が、力が溢れてくる!」
「おっ、おっ? 傷がすっかり治りましたけども?!」
「私もだ。胸が元通りになったぞ!」
「何かしら、この魔力は。これならテレジアも助けられるわ!」
それまでの絶望間を吹き飛ばすような声が、方々で沸き上がる。
それは私も同じだ。
まるで誰かと体が入れ替わったように、力が溢れかえっている。
余りの急展開に、みんなで顔を見合せ、しばらく黙りこんだ。
「ちょっと皆さん! 動けるなら助けてくださいません?!」
「いけない! フランの援護を!」
「よし、やろう!」
「私はワンちゃんの手当てをするわね」
月明さんとパパコロちゃんだけは、この現象は起きてないらしく、依然辛そうにしている。
でも検証は後回し。
まずは敵をやっつけないとね!
「てやぁッ!」
「さっきはよくも!」
「クケー! 今にぶってえモンをブチこんでやるだよ」
「なんだテメェら! どこにそんな力が?!」
エレナ姉さんは正面から、私は背後から斬りかかる。
私の剣先が触れ、揺るがす者の皮膚を浅く切り裂いた。
白い素肌に赤い筋が浮かぶ。
「やった、傷がついたよ!」
「それは吉報。一刀のもとに両断してやる!」
「くそッ。半死人だったお前らに何が起きやがった!?」
揺るがす者が明らかに表情を変えた。
さっきまでの驕りとか、嗤うような気配は見られない。
そして戦闘スタイルにも変化が現れている。
エレナ姉さんの攻撃を全て避けるようになったのだ。
「どうした? さっきのように素手で止めてみせないのか?」
「うっせぇ。事情が変わったんだよ!」
「どんな事情か知らんが、お前の墓場に飾ってやろう。食らえ!」
「ニンゲンごときが調子にのんなァァッ!」
闘気による爆風が吹き荒れる。
カウンターでまともに受けてしまい、私たちは2人揃って後方へと飛ばされてしまった。
そこに追撃の魔力砲が放たれる。
避ける時間が無い……!
「霊木よ、ゲス野郎をブッ殺してやるだよぉ!」
地中から現れた巨大な木の根が、魔力砲に立ち向かった。
正面衝突し、互いを激しく削り合う。
それは勝敗を決することなく、どちらからでもなく消えた。
「はぁ、はぁ。神様っつっても、割と大したことないですね……」
「だったら、もう1ラウンドやるかァ?!」
「ゲェッ! もう2発目とか! やっぱマジもんの化け物じゃないですか!」
「まずはテメェから死ねやぁぁーッ」
標的になったのは、体勢を建て直した私たちじゃあない。
挑発したアシュリー姉さんでも、フランでもない。
リタ姉さんだ。
今はパパコロちゃんの治療中で、身動きが取れない。
「食らえェーーッ!」
「リタ姉さん!」
「リタ殿ッ!」
私たちは助けようとした。
だけど、それよりも早く動けた人がいた。
月明さんだ。
両手にオウギを持ち、姉さんと揺るがす者の間に割って入ったのだ。
そして、力強く気を吐いた。
「鎧よ、命を貸せ! ここが死に場所じゃ!」
「なんとも野暮なお言葉! 儂はいつでも死に体(たい)にございますぞ!」
「そうであったな。無粋を詫びる。では、参るぞ!」
月明さんは小さく笑ったあと、そのオウギを艶やかに振りかざし、叫んだ。
ーー神魔壁!
魔力砲とオウギ状の壁が衝突した。
それだけで周りには暴風が吹き荒れる。
さっきの霊木とのぶつかりあいの比じゃない魔力が、互いを圧倒しようとする。
余波が地面を削り、地割れを引き起こし、遠くの木々まで薙ぎ倒していく。
私は堪らず声をあげた。
「月明さん、大丈夫なの?!」
「妾のことは捨て置け! それよりも、今が好機。再び封印をするのじゃ!」
「でも、それは失敗しちゃって」
「今や身代わりとなる代物はない。だから成功するはずじゃ。妾が持ちこたえている間に……!」
「わかった、やってみる! リタ姉さんは動ける?!」
「お待たせしたわね、ワンちゃんはなんとかなったわ。もうやれる!」
リタ姉さんとアシュリー姉さんが駆け去っていく。
月明さんは必死の防戦を繰り広げている。
エレナ姉さんはテレジアやフランを避難させようとしている。
私だけ、何も出来ていない。
「私はいつもこうだ。肝心な時に役立たずだなんて……!」
歯がゆく、そして情けない。
こんな大事な場面で棒立ちする、我が身を呪う。
なんて非力なんだろうと思う。
自分の右手を忌々しく睨んだ。
愛剣、細い腕、そしてブレスレットが目に映る。
それからガラス玉に視線を巡らすと、再び無機質な声が聞こえてきた。
「巫女の祈り。定めるものの娘に還元。想いを具現化します」
「想いを、具現化?」
そして、懐かしい記憶が脳裏に甦る。
いつぞやのロラン戦で見た、お父さんの闘いぶりを。
あの時は剣が折れて、それから不思議な武器が現れて、また戦う事ができたんだよね。
あれはエンチャントの一種だったのかな?
それだったらきっと、私にも出来るんじゃないか。
「強い剣、とにかく強い剣!」
ダメもとで剣に魔力を送った。
漠然としながらも、イメージを膨らませつつ、丁寧に。
するとガラス玉がまばゆく光り、それが剣へと伝わっていく。
そして、武器全体が繭のようなものに包まれた。
それは初めは棒状だったけど、形が徐々に整いだし、最後は剣の形となった。
普段使っているものの、何倍もの長さだ。
「驚いてる場合じゃ、ないよね。制御も難しいし……」
今は少しも気が抜けない。
ほんの些細な油断で、剣に宿った力が暴発してしまいそうだ。
それに魔力の消費がとてつもない。
きっとこれは一撃限り。
連撃の許されない攻撃になりそうだ。
揺るがす者へと駆け寄る。
狙うは脇腹。
月明さんに気持ちが集中している今がチャンスだ。
素早く間合いを詰めて、至近距離まで近づき、そして斬り上げた。
「てやぁッ!」
「グァ?! て、てめえ……」
脇腹から肩に向かって摺り上げに切った。
何の抵抗もなく、肩から剣が外に飛び出す。
鮮血が散る。
膝を着く揺るがす者。
魔力砲もそれによって途絶えた。
違う。
標的が変わったんだ。
揺るがす者の片手が私に向けられる。
肩から大量の血を流しながら。
「そんなに死にたきゃ殺してやらぁーーァッ」
さっきの攻撃の反動が大きすぎる。
私の体は宙を泳ぐばかりで、回避なんか間に合わない。
収束される魔力。
そして私に向かって、強烈な魔力砲が放たれる。
いや、来ない。
撃とうとしたその腕が地面に落ちたから。
地面がまた赤く染まる。
私を助けてくれたのは、もちろん……。
「エレナ姉さん!」
「前にも言ったが、最後まで油断はするな。まぁ、今回は仕方がないが」
「アァァアッ! 腕が! オレの腕がァッ!」
「腕だけで済むと思うか?」
「……ガハッ!」
その剣捌きは見えなかった。
私が見てとれたのは、既に斬ったあと。
揺るがす者は×の形に体に傷をつけ、そして2つに分かれた。
上半分と下半分が逆向きに倒れる。
ーードサッ。
倒した……?
窺うようにそちらを見た。
淡い期待を抱く前に、その希望は叫び声にかき消された。
「いてぇ! いてぇぇえ! よくもやりやがったぁぁーー!!」
「何て生命力だ。ここまでやっても死なんとは」
「やっぱり封印しかないです、シルヴィたちは離れてください!」
「2人で封印とか。これは骨が折れるわね」
「愚痴は厳禁。人が足りなきゃやるしかないです!」
二本の光柱が伸び、さっきのように空で交わる。
そして同じように、その交点から光の筋が降りてくる。
揺るがす者に向かって。
「くぅ、抵抗はやめやがれですよ! 大人しく封印されなさい!」
「やっぱり、2人だと、厳しいわね」
「この程度の力に負けるかよ、絶対に凌ぎきってやる!」
抵抗が激しいらしい。
揺るがす者の体も光によって守られている。
少し濁った、灰色に近い色の膜だ。
あんな状態になっても、十分な力を残しているんだ。
正真正銘の化け物だと痛感させられる。
「やっぱりもう一人必要だよ、ここは私が!」
「シルヴィアやめておけ。魔力の弱い我々では足手まといになる」
「それは、そうかもしれないけど……」
光の押し合いは一進一退。
どちらが打ち負けるか予想ができない。
押し負けたそのときは接近戦を仕掛けよう。
剣で殺せるかどうかは、わからないけれど。
「だらしない! モタモタしてないで片付けますわよ!」
「フラン、てめぇ生きてやがったんですか?」
「休んでただけ! いいから、とっとといきますわ!」
フランが魔法陣に加わった。
その両手に魔水晶を握りしめながら。
底を尽きかけた魔力を補っているのだろう。
姉さんたちと見劣りしない柱が昇り、交わり、そして。
「ァァァアアアーーッ!」
とうとう揺るがす者の守りを打ち破った。
純白の光が辺りを覆い、これまでにない断末魔が響き渡る。
そして光がおさまると、敵の姿は消えた。
灰色の石だけを残して。
「やった。今度こそやりました!」
「はぁ、本当に疲れたわ。3度目は流石に止めて欲しいわね」
「げふん」
膝をつく姉さんたち。
倒れこむフラン。
魔方陣の周りに居るのはそれだけだ。
「また逃げられたってことは、無いよね?」
「周りに不審な様子は見えないが……」
「あー、大丈夫ですよ。今度は厳密に索敵したんで。もうあの野郎は居ませんからー!」
アシュリー姉さんが寝そべりながら叫んだ。
ということは、終わったんだ。
私たちは無事に勝つことができたんだ!
「やったね、エレナ姉さん!」
「まさか生き残る事ができるとはな。予想外だぞ」
「やったね、月……明さん?」
彼女が居た場所を見た。
そこに仲間の顔はなかった。
脱ぎ捨てられたような着物と鎧。
ただそれだけが置かれていた。
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