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第二部

2ー59  これ以上ないタイミング

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まおダラ the   2nd
第59話 これ以上無いタイミング



私たちが勝利と生還の喜びを分かち合っていた頃、その人物は空からやってきた。
大きく美しい羽をもち、彫刻のように整った容姿。
地面に降り立つと羽で優しく体を包み、顔には微笑を浮かべている。

彼女は魔人のフランだ。
そういえば村での一件以来別れてたっけ。
すっかり忘れてた……なんてことは無いからね。


「フフフ。不相応な野望を追い求める、憐れなニンゲンよ。魔人衆三傑がひとり、美食のフランが退治してあげましょう!」


ものすごーく通る声だった。
宝珠らしきものを片手に持ち、高々と掲げながらの絶叫は本当に良く響いた。
『では私がお相手しよう』なんて返答は、もちろん無い。
ザワザワとどよめきが起きるだけ。

この大惨事を治められるのは、私かテレジアくらいだろう。
傷口が広がる前に助けてあげなきゃ。


「おやおや、恐れをなして隠れましたか? 私の力が怖いのですか?」
「ねぇ、フラン。ちょっと聞いてくれる?」
「シルヴィア様ですか。私が来たからには安心ですよ。何せ龍王様から宝珠を賜りましたので」
「うん、あのね。そうじゃなくって……」
「うわ! 誰かと思えば、腹ペコのフランじゃないですか!」
「げぇっ。あなたは、色情魔のアシュリー!?」


アシュリー姉さんとフランが顔を見合わせて、それから固まった。
魔人どうしだから知り合いなのかもしれない。
そしてきっと仲は良くない。
お互いのトゲまみれのような表情が全てを物語っている。


「今さらノコノコやってきて、テメェは何がしたいんですか。もうボスも手下も片付けちゃいましたよ」
「まさか、真水晶の怪物を? たった数日で?」


目を見開いて辺りを見渡すフラン。
それに対して、みんなは頷く事で答えた。
いくらかの同情を含ませながら。


「そんな! ようやく龍王さまの試練を乗り越えて来たというのに、あんまりですわ!」
「ぶひゃひゃっ! いったい誰を倒す気なんですぅ? まさか私たちをヤるつもりですかぁ?」
「うぬぬ。なぜあなたが偉そうに言うのですか! どうせ口先だけで、ろくすっぽ働かなかったのでしょう?」
「ブッブー! 私は大活躍したんですぅー。配下の兵を蹴散らしたし、ボス撃破にも貢献しましたーあ!」
「汚れ仕事を嫌うあなたが? 嘘おっしゃい。シルヴィア様、そうでしょう?」


フランの顔がグリンとこちらを向いた。
体は真逆の方を向いてるから、首だけで真後ろを向いている。
目も血走っていて、凶相が浮かんでるし。
こわい。


「えっとね、今のは嘘じゃないよ。アシュリー姉さんには凄く助けられたの」
「ほれ見ろぉぉおおーー! バーカバーカ! 恥の余り吐血して死ねですよ!」
「これ以上、龍王様を侮辱することは許せません! アシュリー、覚悟!」
「ちょい待ち! どうしてジジイの名が出るんですか?!」
「私への侮辱は龍王様への侮辱と同義! 理解したなら殺されなさい!」
「都合の良いことをうるっせーですよ、返り討ちじゃボケカスーです!」


……なんだか頭痛がしてきた。
成人女性による、大人げない大喧嘩。
これは仲裁しなくていいやつだよね。
全力で魔法を撃ち合ってるけど、止めてあげないからね。

そんな二人に近づこうとする人がいた。
馬に乗りながらパッカパッカと。
道の散策でもするかのように、死地の方へと向かっている。


「シルヴィア様。あの元気な方は、お味方でよろしいな?」
「うん、一応。さっきから命のやり取りが起きてるけども」
「そうですか。ありがとうございます」
「クライスおじさん、近寄ったら危ないよ?」


何せ今現在、霊樹の枝やら雷やらが大暴れしているから。
すでに喧嘩なんてジャンルからスポーンと飛び抜けて、凄惨な殺意が交錯している。
生身のニンゲンが傍にいたら危険なんだけど……。


「うわ、おじさん凄い。霊樹の枝をクッキーの盾で防いだ!」
「お嬢様、雷も平気見たいッスよ! クリームを塗りたくってるからダメージがないんですね!」
「……どうして無事なの?」
「さぁ、アタシも理屈はさっぱり」


そういえばお父さんが言ってたな。
クライスおじさんと組み合ったとき、力が互角だったって。
特にお菓子が絡む話題であれば、めちゃくちゃ強くなるんだって。
それなのに、非戦闘員としての立場を貫いてるんだよね。
よくわからない人だと思う。

そのまま進み続けたおじさんは、とうとう暴力の中心にたどり着いた。
当然のように怪我ひとつせずに。


「お二方、少しよろしいかな?」
「何ですか、今は取り込み中です!」
「お菓子オッサンは引っ込んでてください! この腹ペコ女を八つ裂きに……」
「糖分不足で苛立ってますな。良くわかりますとも。なので、こちらをどうぞ」
「ヘグッ!」
「ヘムッ?!」


激しく争う二人の口の中へ、黒いペースト状のものが投げ入れられた。
あれは確かアンコだかアンコーだか、そんな名前のやつ。
それにしても寸分違わず左右同時に投げるなんて。
本当に何者なんだろう、クライスおじさん。


「ぁあ甘いッ! 甘さで頭痛がぁあ!」
「おや……貢ぎ物ですか。ニンゲンにしては殊勝な心掛け。話を聞かないでもありませんよ」
「感謝致します。経緯から言って、アシュリー殿は彼女を遠ざけたい。貴女は武功が必要である。いかがです?」
「そうですね。万年発情女の下風に立つなど誇りか許しません」
「まぁそうですかね。この鼻くそ女が消えてくれたら文句ないです」


子供かっ!
隙あらば口喧嘩までして。
大人なのにどうして自制心がないかなぁ。


「私から良案があります。貴女は、ええと」
「我が名は絶食のフラン。良く覚えておきなさい」
「ハンッ。底無し胃袋が!」
「お黙り。ノーパン女」
「フラン殿。プリニシアとグランニアにて、いまだ敵勢が残っております。そちらに赴いていただけますか?」
「そこで戦果を立てれば、戦功第一にしてくださる?」
「かの地の重要度は決して低くありません。すなわち、大きく報いられるでしょう」
「そこまで言うのなら、引き受けましょう。先程の貢ぎ物を更に貰えたなら……ですが」
「お気に召したのであれば、後日お届けしましょう」
「フフ。物分かりの良いニンゲンですね。よろしい、たちどころに殲滅してみせましょう」


ファサァッとフランが羽ばたきだす。
もうすっごい上機嫌で。
さっきまで目を光らせて争ってた人とは思えない。
食い意地を張りすぎだと思うの。


「先発として、グレートウルフの一隊を派遣しています。彼らを目印にしてください」
「そう、わかりました。それでは追加の貢ぎ物をお忘れなく」


フランが天高く飛んで行く。
戦勝ムードが安堵の息に差し変わった瞬間だった。
そして、一気に押し寄せてきた疲労感。
ともかく帰ろう。
ケビンにも早く会いたいしね。

手に握りしめたままのガラス玉を皮袋にしまいつつ、幼い息子の事を思い出していた。
戦争が終わってすぐに浮かぶのが、休息でも戦後処理でもなくて、子供の事だなんて。
我ながら自分の思考に驚いた。


「お父さんも、こんな感じだったのかな?」


ふとガラス玉を見る。
それは特に変化は起きず、変わらない色味を宿すばかりだった。


それから何日かして。


戦いの後にケビンとコロちゃんとも合流し、またしばらく森の家で過ごした。
不思議と寂しさはない。
あの戦争での出来事が、私を変えたのかもしれない。

それは姉さんたちも同じようで、喪失感やら悲壮感やら何やらが消えていた。
理由はわかる気がする。
お父さんに、今も守られている実感があるから。
そして、これ以上心配をかけたくないとも考えているはずだ。
少なくとも私はそうだ。


「だから、もう悲しむのは止めるね。薄情な娘だなんて、思わないよね?」


ガラス玉にそう問いかけてみる。
もちろん返事なんかはないし、それを期待した訳じゃない。
それでも天国のお父さんに届くような気がしてる。
だからこうして、語りかける習慣を直そうとは思わなかった。
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