上 下
155 / 266
第二部

2ー41  謎の老人

しおりを挟む
まおダラ the  2nd
第41話 謎の老人


孤人の兄妹と、獣人のおじいさん。
それがオーク迎撃軍の全てだった。
だけど、その見かけの頼りなさを大きく裏切って、被害のひとつ出さずに防衛してしまった。


「ほう、これはまた大きな力を秘めたお嬢ちゃんだのう。悪ぅない、悪ぅないぞ」


穏和な声で私に話しかけてきたのは、そのおじいさんだ。
真っ白で長い髪にヒゲ、そして純白のローブを着込んでいる。
遠くから見ると白い塊にしか見えなかった。


「じゃが、お前さんには印が出ておらん。選ばれはせんかったか」


私の右手は、何故か剣へと伸びた。
尻尾は自由を奪われたように震え、耳は力なく倒れてしまう。
歯がカチカチと鳴るのを止めるのが精一杯。

ーーこの人は危険だ!

言葉にしようのない恐怖が私を包み込んでいた。
頭の中どころか、体の毛先ですら警告を発しているのだ。
そんな私に対して、おじいちゃんの声は一層丸みを帯びるようになる。


「そんなに怯えんでもよい。ワシはなぁんにもせんよ?」
「あなたは……何者なの?!」
「ただのお節介焼きじゃ。下らん策謀で数多の命が散ろうとしたから、横やりを入れただけじゃ」
「そう、ですか。コロナを救ってくださってありがとうございます」
「オークの頭としても礼を申す。ご助力に心より感謝致す」


相手から目線を外さないようにしつつ頭を下げた。
3人とも特に気にするでもなく、怪しい素振りは見せなかった。
特に狐人の2人はこっちを見ようとすらしていない。


「オークの頭とやら。この者たちが目を覚ました後の方が大変じゃろうが、キチンと説得する事じゃな」
「必ずや。全員を再度気絶させてでも連れ帰る所存。ご老人よ、同胞は襲撃者を追いかけていたはずだが、見かけはしなかったであろうか?」
「ワシらがここに着いたときには居らなんだ。恐らく幻術をかけられていたのであろう。幻影の敵を追い続けたという訳じゃな」
「そうであったか……。おのれ! 近くにおれば八つ裂きにしてやるものを!」


おじいさんは静かに顔を綻ばせた。
それがどういう気持ちから生まれたものかは、私にはわからない。
感情を読もうと思考を巡らせていると、おじいさんの顔がゆっくりと私に向けられた。


「ときにお嬢さん、名をなんと言うかね?」
「私は、シルヴィアと、言います……」
「ほぉ。そなたがあの獣人かね。さもありなん、さもありなん。筋は良いが、そなたでは無さそうじゃな」
「それはどういう意味です?」
「うんにゃ。年寄りの独り言じゃ、気にせんでくれ」
「はぁ、そうですか……」


おじいさんは顎ヒゲを撫で付けつつ、どこか寂しそうに言った。
発せられていた気のようなものも、少しばかり萎んだような気がする。


「お前さんよりも、向こうの少年の方が可能性がありそうじゃ。あの犬ッコロの背に乗っておる子じゃな」
「ケビンですか? あの子がどうかしましたか?!」
「気を付けなされ。お前さんたちは今後、大きな流れに呑まれていくであろう。欲に塗れた汚泥のごとき濁流に」
「欲? 濁流? 一体何の話ですか!」


風が吹き出した。
いや、このおじいさんに向かって、風が集まり始めたのだ。
木の葉を連れた渦のようなものが、おじいさんと2人の付き人の側で回りだす。


「良いか、心するのじゃ。本当の悪とは、容易に尻尾を見せん。恐ろしく狡猾であり、表に出ようとはせんのじゃ」


風は徐々に強くなり、いつの間にか突風のようになった。
私たちは引き込まれないように姿勢を保つだけで精一杯となる。


「小悪に惑わされず、巨悪を叩け。さすれば未来は変えられるであろう」
「待ってください! 順を追って説明を……!」
「しばし、別れじゃ。次に会える日を楽しみにしておるよ」


風の渦は竜巻のようになっていた。
細く、高く、鋭く快晴の空へと伸びて……。

そして消えた。
私たちと、まだ目覚めないオークの集団を残して。


「シルヴィアお嬢様ー! 今の竜巻はなんスかぁー?」
「ママァ! へいき?!」


テレジアたちも遅れてやってきた。
あの竜巻はなんだったのかなんて、こっちが聞きたいくらいだ。
要領の得ない言葉を何度も繰り返し、ようやく話を伝えることが出来た。


「なんか、超絶怪しいジジイ。大丈夫ッスか? エロい事されてません?」
「大丈夫だから。優しそうな人だったよ」
「でも、怖かったんスよね? 指が強張ってるッスよ」
「ママへいき? いたいとこ、ない?」
「ありがとう、ケビン。全然平気よ!」


ケビンが両手で私の手を包み込んだ。
私の手よりも遥かに小さなそれは、懸命に指を開いて。
子供というのは敏感な生き物だ。
私の感情の変化を直ぐに察したらしい。
そう、私はもう守る側の立場なんだ。
少なくとも、この子の前で情けない姿は見せられない。


「シルヴィア殿。歓談中すまんが、敵襲のようだ。構えられよ」
「えっと、あの人たちは……!」


コロナの方から100人程の軍勢が押し寄せてきた。
先頭で率いている人には見覚えがある。


「セロさん!」
「シルヴィア殿?! オークの軍勢が攻めてきたと言うからやって来たが、何か大事であったか?!」
「ええと、順を追って説明するね?」


人族と亜人の混成軍だ。
みんな血が騒いでいるのか士気が高かった。
こっちはこっちで静めなきゃいけないのか、大変な事になったなぁ。


「……ふむ。謎の襲撃者に、謎の老人に狐人か。何が何やらサッパリわからんな」
「だよね。私たちもそうなの。それはさておき、戦闘にならなくて良かった」
「ジアス殿……と言ったな? このオークの集団にはお引き取りいただけるのかな?」
「領主殿よ、多大なご迷惑をおかけした。全員を殴り付けてでも連れ戻そうと思う」
「そ、そうか。なんとも激しいものだ」
「ジアスさん、これからどうするの? 魔法で起こす?」
「いや、自然に起きるのを待とう。さすれば幻術とやらも解けるであろうからな」


気絶しているオークの顔は、様々な表情だった。
苦痛に歪んでいるもの、悲しそうに弛緩させているもの、ちょっと楽しそうな夢見心地のもの。
確かに今の時点で、幻術が解けてそうな子も居そうだった。


「さて……すまんが、外してもらえるか? 他種族が居るとなると、こやつらがまた興奮するやもしれん」
「そうなの? 説得を手伝おうと思ったけど」
「遠慮させていただこう。そもそも言葉でケリを付けぬ」


ーーバシンッ!
ジアスさんの拳が彼の掌を鳴らした。
穏便な解決方法じゃないらしい。
森に潜んで研究をしているタイプ……には見えないんだけど。


「短い間であったが、ここで別れるとしよう。世話になった」
「そんな! 私たち何もしてないよ?」
「それは結果論だ。実際心強くはあったのだ」
「というか、出会い頭に攻撃しちゃったッスよね……」
「そうだったわね。ごめんなさい……」
「フハハッ! 怪我は無かったのだし、良いではないか! 律儀な事だな」


ジアスさんの笑い声おっきいな。
体がビリビリ震えたよ。
その厳つい顔はというと、笑顔になっても怖いままだ。


「さらば、律儀な者たちよ。落ち着いた頃に里へ参られよ。そなたらであれば歓迎しよう」
「そうね。そのうち遊びに行くわ、元気でね」
「こわいおじちゃん、またね?」
「うむ、また会おう!」


別れを告げた私たちは、セロさんの元へ歩いていった。
コロナの皆さんはというと、毒気を抜かれたような面持ちだ。


「……シルヴィア殿、良いのか? あの者に任せてしまっても」
「大丈夫だと思うよ? 物凄く強いし」
「ふむ。貴方がそこまで言うのであれば、相当な手練れであろう。実直なようであるし、ひとまずは信頼しよう」
「……そうね。信頼、しようね」


信頼。
ジアスさんは会って間もないセロさんから、早くも一定の信用を得たみたいだ。
こういう形で人から信頼される形もあるんだなぁ。

お父さんは、多くの人から信用されろと言っていた。
それが私たち親子を守ってくれるとも。
だから私は、ジアスさんからも学ぶべきだろう。

ひとまず、もっと大きく、そして太ればいいのかな?
太るのはデメリットが多いけど、その代わり胸元にも肉が集まるよね。
これまで散々に貧相だ、寒そう、焼け野原、地平線から日の出だなんてバカにされ続けたこの上半身にも脚光を浴びる日が来るわけで巨大な双房で相手の暴言を封殺どころか圧殺する力が備わる……。


「そうだ、シルヴィア殿。……シルヴィア殿?」
「え? ごめんなさい。なぁにセロさん?」


いけない、つい心の闇が。
漆黒の熱意が私をコンガリ焼いていた。
これ……私まで幻術にかかってるって事は無いよね?


「先日通達があったのだが、兄上……もといグラン王と会えそうだ。よかったら貴方も一緒にどうかね?」
「付き添ってもいいの?」
「問題ない。何せ魔王殿の娘御をお連れするのだ。褒められこそすれ、叱責を浴びることは決してあるまい」
「そうなんだ、じゃあよろしくね!」


私の声は想定以上に明るかった。
でも本音というと、声色から程遠い。
ふと何故か、嫌な予感がしたからだ。
胸の奥を大きな手で握られたかのような、不思議な違和感。

これが気のせいであって欲しいと、心の中で願うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鬼神転生記~勇者として異世界転移したのに、呆気なく死にました。~

月見酒
ファンタジー
高校に入ってから距離を置いていた幼馴染4人と3年ぶりに下校することになった主人公、朝霧和也たち5人は、突然異世界へと転移してしまった。 目が覚め、目の前に立つ王女が泣きながら頼み込んできた。 「どうか、この世界を救ってください、勇者様!」 突然のことに混乱するなか、正義感の強い和也の幼馴染4人は勇者として魔王を倒すことに。 和也も言い返せないまま、勇者として頑張ることに。 訓練でゴブリン討伐していた勇者たちだったがアクシデントが起き幼馴染をかばった和也は命を落としてしまう。 「俺の人生も……これで終わり……か。せめて……エルフとダークエルフに会ってみたかったな……」 だが気がつけば、和也は転生していた。元いた世界で大人気だったゲームのアバターの姿で!? ================================================ 一巻発売中です。

グリモワールな異世界転移

クー
ファンタジー
 VRMMORPG、『Lost Only Skill(ロスト・オンリー・スキル)』を自称ゲーマーの神楽坂 憂(かぐらざか ゆう)はプレイしようとしていた。それだけなのに何故かユウが少し寝ている間にゲームの世界にそっくりな異世界に転移していた!!  …………しかし異世界に転移したことに全く気づかないユウ。そして、時間が経つに連れユウの周りで色々な事件が起こっていく。だが、それをゲームのイベントと思ったユウはそれを次々と解決していく。  事件を何個も解決し気がついた時には、ユウは──俺Tueee&ハーレム状態になっていた!! 「ステータスもここまで来るとチートだとか言う気も失せるかもな。」←お前が言うな! 王道転移ファンタジーここに誕生!!! 注意:他の小説投稿サイトにも同一の作品が存在しますが、作者は同じです。こちらは移植版ですので予めご了承ください。

好感度が100%超えた魔物を人間化&武器化する加護がチートすぎるので、魔物娘を集めてハーレムパーティーを作ろうと思う

花京院 光
ファンタジー
勇者パーティーでサポーターとして働いていた俺は、ダンジョン内でパーティーから追放された。一人では生還出来る筈もない高難易度のダンジョンを彷徨っていたところ、一匹のスライムと出会った。スライムはダンジョンの宝物庫の在処を知っており、俺達は千年間も開かずの間になっていたソロモン王の宝物庫に到達した。冒険者歴五年、十七歳無職童貞の俺はソロモン王の加護を授かり、魔物を人間化&武器化する力を得た。 パーティーから追放された底辺の冒険者が魔物を人間化してハーレムパーティーを作り、最高の冒険者を目指す旅に出た……。 ※主人公パーティー最強、魔物娘のハーレム要素を含みます。ストレス展開少な目、剣と魔法のファンタジー世界でほのぼのと暮らしていく主人公達の物語です。 ※小説家になろうでも掲載しています。

科学チートで江戸大改革! 俺は田沼意次のブレーンで現代と江戸を行ったり来たり

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第3回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 天明六年(1786年)五月一五日―― 失脚の瀬戸際にあった田沼意次が祈祷を行った。 その願いが「大元帥明王」に届く。 結果、21世紀の現代に住む俺は江戸時代に召喚された。 俺は、江戸時代と現代を自由に行き来できるスキルをもらった。 その力で田沼意次の政治を助けるのが俺の役目となった。 しかも、それで得た報酬は俺のモノだ。 21世紀の科学で俺は江戸時代を変える。 いや近代の歴史を変えるのである。 2017/9/19 プロ編集者の評価を自分なりに消化して、主人公の説得力強化を狙いました。 時代選定が「地味」は、これからの展開でカバーするとしてですね。 冒頭で主人公が選ばれるのが唐突なので、その辺りつながるような話を0話プロローグで追加しました。 失敗の場合、消して元に戻します。

最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ?

あてきち
ファンタジー
★2019年3月22日★第6巻発売予定!! 小説1~5巻、マンガ1~2巻★絶賛発売中です♪  気が付いたら異世界にいた男子高校生「真名部響生(まなべひびき)」。草原にいた彼は自身に『鑑定』というスキルがあることに気が付く。 そして職業は『鑑定士(仮)』だった。(仮)って……。 エルフのエマリアの案内で冒険者となった響生は、元最強勇者の獣人クロード、未来の最強賢者少女リリアン、白ネコ聖獣のヴェネを仲間にして少しずつ強くなりながら元の世界に帰る方法を探す。……が、巻き込まれ系主人公は自分の意思とは関係ないところで面倒ごとに関わっていろいろ大変です。 4人の勇者、7人の賢者、8人の魔王、そして11人の神様がいる異世界から、彼は無事に元の世界に帰還できるのか? あと、タイトル通り最強になる日は来るのか!? 【注意】 この作品はBLではありませんが、一部BL風味な表現があります。一時的に主人公が女体化する予定があります。 これらの表現を絶対に読みたくない! という方はご注意ください。

悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九
恋愛
乙女ゲームの主人公に転生した少女は驚いた。彼女の恋を阻む悪役令嬢は、一人のはずがなんと四人? 何の因果か四人こぞって同じ舞台へ転生した姉妹が、隠しキャラの存在に怯えつつ、乙女ゲームの世界で「死なないように」生きていくお話です。1話2000~4000字程度で短いです。 四人姉妹は比較的普通ですが、攻略対象者達は全体的に溺愛、変態度高めで普通じゃないです。基本的に変な人しかいません。 マンガのように場面転換が多いです。後から書いた閑話を時系列の正しい場所に入れていきます。章の切れ目の関係上多少前後することがあります。 2018.5.19 12章から書き直しております。 元の文章は「小説家になろう」のサイトでしばらく残します。 2018.11.1 更新時間は23時を目標にしておりますが、作者が病気療養中のため、体調が安定しておらず、 投稿できないこともあります。

公爵家に生まれて初日に跡継ぎ失格の烙印を押されましたが今日も元気に生きてます!

小択出新都
ファンタジー
 異世界に転生して公爵家の娘に生まれてきたエトワだが、魔力をほとんどもたずに生まれてきたため、生後0ヶ月で跡継ぎ失格の烙印を押されてしまう。  跡継ぎ失格といっても、すぐに家を追い出されたりはしないし、学校にも通わせてもらえるし、15歳までに家を出ればいいから、まあ恵まれてるよね、とのんきに暮らしていたエトワ。  だけど跡継ぎ問題を解決するために、分家から同い年の少年少女たちからその候補が選ばれることになり。  彼らには試練として、エトワ(ともたされた家宝、むしろこっちがメイン)が15歳になるまでの護衛役が命ぜられることになった。  仮の主人というか、実質、案山子みたいなものとして、彼らに護衛されることになったエトワだが、一癖ある男の子たちから、素直な女の子までいろんな子がいて、困惑しつつも彼らの成長を見守ることにするのだった。

異世界転生? いいえ、チートスキルだけ貰ってVRMMOをやります!

リュース
ファンタジー
主人公の青年、藤堂飛鳥(とうどう・あすか)。 彼は、新発売のVRMMOを購入して帰る途中、事故に合ってしまう。 だがそれは神様のミスで、本来アスカは事故に遭うはずでは無かった。 神様は謝罪に、チートスキルを持っての異世界転生を進めて来たのだが・・・。 アスカはそんなことお構いなしに、VRMMO! これは、神様に貰ったチートスキルを活用して、VRMMO世界を楽しむ物語。 異世界云々が出てくるのは、殆ど最初だけです。 そちらがお望みの方には、満足していただけないかもしれません。

処理中です...