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第二部

2ー18  ご褒美のお菓子

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まおダラ the  2nd
第18話 ご褒美のお菓子



「敗走する妖狐を見かけたかと思えば、やはり森の皆様のお手柄でしたか。領主様不在での健闘……これはレジスタリアも安泰ですな」


クライスはさも当然のように我が家に現れ、断りもなく中へ侵入した。
『専用席だ』と言わんばかりに、定位置に腰かける。
それから食卓でもある長机に両ひじを置き、両手を組んで口許を隠して言った。

ーー冒頭の台詞を。

随分と仰々しい態度だが、甘ったるい匂いが台無しにしている。
こいつほどシリアスさが似合わないヤツも居ないだろう。
こちらはというと、全員が勢揃いしていた。
今日ばかりは子供たちも集められている。


「今日は料理のお披露目を兼ねてやって参りました。たくさんお持ちしましたので、皆様方も是非」


そう言いながら、胸元から巨大なボウルを取り出した。
それは明らかに不釣り合いなサイズ感だ。
驚きのあまり、オレたちは全員がボウルに釘付けとなった。


「フフフ。興味津々、と言ったところでしょうか。もちろん見た目だけでなく、味も、食感も、風味ですら未知なるものであり、極上の代物であると約束致します」
「ちげぇよ。みんな巨大なボウルが胸元から飛び出したから驚いてんだ。お前の服はどうなってんだ?」
「では、興味の薄れぬうちに取り分けましょう」
「無視すんな!」


クライスはこちらの気持ちなど意に介さず、スプーンで皿に盛り付けていった。
妙に黄色く、プルプル震える何か。
それが第一印象であり、見た目そのままの感想だった。

珍しい料理を前に、皆が恐る恐る口に運んだ。
だがそんな困惑したような空気は、あっという間に霧散した。


「美味しい! こんな食べ物初めて食べましたよ!」
「うわぁ、なめらか! ……こんな料理、きっと貴族じゃなきゃ口にできないよ」
「兄様、これは貴族どころか、一国の王様ですら食べられないでしょう。これも魔王様の御威光のおかげです」
「おとさん、これアマイの! すっごく、すーっごく!」
「そうかぁ。そりゃ良かったなぁ」


花が咲いたように場が明るくなった。
誰もが新しい料理を褒め称え、ひと口を惜しむようにして食べ進めた。
子供たちはもちろん、普段食に興味を示さないエレナでさえ舌鼓を打っている。

オレたちのその反応に対し、満足げに目を細めるクライス。
感じ入ったように頷いて、それから話を切り出した。


「手土産はお気に召していただけたようで……」
「まぁ、実際大当たりだよ。だからって露骨なしたり顔はやめろ」
「真顔ですが?」
「嘘つけ」


ここからは小難しい話となる。
そこで子供たちは席を外し、エレナとアシュリーは我関せずと部屋へ戻り、食器を片付けるためにリタは家事を始めた。
結局残ったのは、オレとクライスだけとなった。


「しかし驚かされました。まさか領主様の力無しに、あの兄妹を撃退するとは」
「確かに厄介な連中だが、そこまで難敵でもないだろ?」
「おや? その口ぶりからすると、妹の方をご存じ無いので?」
「あぁ、詳しくは知らんな。兄貴がユニーク魔法を使うことしか分かってない」
「そうでしたか。それはそれは……」


言葉を濁したクライスはモノクルを指先で触れた。
次の発言について吟味しているらしい。
それから小さく頷き、話し合いは再開した。


「まだ妹の方とは戦闘になっていないのですな? それは幸運と言えましょう」
「なんだよ。あんなガキがそこまで強いのか?」
「ええ。単純な力で言えば兄を遥かに凌ぎます。『魔力解放』の能力を持っておりますので」
「魔力カイホー? なんだそれ」
「説明致しますと、ラナとマナの……」
「その説明やめろ」


なぜ揃いも揃ってラナマナ言い出すのか。
ド素人の立場からしたら、もはや嫌がらせレベルの会話術だ。


「平たく言いますと、エンチャントの亜種です」
「なんだよ。大した事ねぇじゃん」
「魔力解放の厄介なところは、依り代を必要としない所ですな。それが武器などに纏わせるエンチャントと大きく異なります」
「わからん。それの何が問題なんだ?」
「攻撃方法が不定形なのですよ。武器に纏わせれば予測できるものも、依り代が無ければ動きが読めません」


剣なら剣の、槍なら槍特有の動きに収まるものだ。
斬る、突く、薙ぐ、叩く。
エンチャントはそれらの動作に威力を上乗せする能力だ。
その力が何にも縛られず、縦横無尽に動くとしたらかなり強力な攻撃だと言える。


「妹の能力の見立てに、間違いはないか?」
「ほぼ確実です。グランの衛兵からしっかり事情を聞きましたので。偶然や見間違い、ということは無いでしょう」
「それはまた、随分と危険な能力だな……」
「幸い負傷者は多く出しましたが、死者はおりません。恐らく潜入や誘拐が目的だったからでしょう」
「真っ向からの戦闘が起きてたとしたら?」
「死体の山が出来ていたかもしれませんな」


あの幼い体に、そこまでの能力があったとは意外だ。
兄の能力と合わせると、相当な強さを発揮するだろう。


「だが、魔力が尽きたらどうだ? エンチャント系は燃費が悪いぞ」
「それについてですが。消えた魔水晶についてはご存じですか?」
「知らん。なんだそれは?」
「領主様は、コロナに返却された水晶が少なすぎると思いませんでしたか?」


言われてみればそうだ。
何かの折りで使われてしまったから、との説明だったが、妙に少ないと思ったものだ。
200以上の水晶が、一体どこで使われたのだろうか?
そこまで把握はてきていない。


「実際に魔法や魔道具の研究、土木工事などに使われたようです。それらは記録に残っています。ですが……」
「数が合わないってことか?」
「はい。10近くが使途不明なのです」
「最悪のケースは、それが妖狐の手元にある事だな」
「魔水晶は込められた魔力を数倍、物によっては数十倍にまで増幅させる事ができます。悪用するとなれば、極めて危険な代物となりましょう」


それら全てが、あの兄妹の手に渡っているとしたら由々しき事態と言える。
何せ魔力切れを心配せずに戦えるのだから。


「だが腑に落ちねぇな。そこまでの力を持ってるヤツらにしては、やり口が回りくどいというか……」
「コソコソしすぎている、ですか?」
「ああ。だってあの兄妹にかかれば、小国くらいならすぐに滅ぼせるだろ」
「何か使用制限があるのでは? 野放図に能力を使うことのできない、枷のようなものが」


クライスの見立ては筋が通っているが、楽観視のようにも聞こえる。
単純に『気が向いてないだけ』かもしれないのだ。
確たる情報が得られるまで、決めつけは危険だった。


「最近は大人しくしているようです。余り気になさいますな。ヤツラとて生身の命、悪巧みにも限界はありましょう」
「そうだろうな。ところでお前は何をしている?」
「何とは……自分用の菓子を用意してますが」


オレらに提供したボウルよりも遥かに巨大なものを、やはり胸元から取り出した。
それをウェディングケーキでも乗せられそうな、大きな皿に移し変える。
ブルンブルンと揺れる黄色の土台の上に、流れるような動きで生クリームを上乗せしていった。
どうバランスを取っているのか、先端は今にも天井に届きそうだ。


「どうです? 美しいとは思いませんか?」
「そうだな。こんなもんに美を感じるのは、大陸でもお前だけだろうな」
「フフフ。もっと素直になられませ。この『プリン・ダ・モーノ』を前に嫉妬をしてどうされますか」
「これが意地張った結果のコメントだと言いたいのか。そうかそうか」


こいつの手遅れっぷりは際限がない。
例の妖狐のように、魔水晶を隠し持ってるんじゃないか?
それを悪用し、自分の菓子力を水増ししてるんじゃなかろうか。

そんなくだらない発想も、モリモリ平らげていく糖尿おじさんを見ていると、あながち冗談じゃない気がするから不思議である。

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