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第5章 覇者時代

第97話  驕りと制裁

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唐突に月明様に駆り出された。
レジスタリア海域にやってくる船団を防げとの命令だった。
年寄りには堪えるこの話を、初めは断ろうと思っていた。
それでも月明様の輝く瞳を見ていたら、つい引き受けてしまった。

あのような顔をされるのは何百年ぶりであろうか。
よほど魔王とかいう若造に入れ込んでいるようだ。
あの男は何人もの女を囲い、さらには幼い少女までに手を出すだらしない男と聞く。
一体どこに魅力を感じているのかわからんが、恋心とは案外そういうものかもしれない。


空を見上げると、薄い雲はあれど快晴と言って良い空模様だ。
海の方はというと多少荒れており、波がいくらか高かった。
敵方は操船に苦労をしているだろうが、宙に浮いている我らには関係のない話だ。
目的の地点の上空エリアで滞空し、船団の予定航路を頭でイメージした。

沖に向かう強い潮流を避けるならば、必ずこの岬を通るはずだ。
その岬からいくらか離れた所に小島がある。
ここを通過しようとすれば、船団は長く伸びることになる。
その時が連中を葬る絶好の機会だ。


「海鳴様、間も無く敵の一団が通過します」
「よし、お前たち。準備は良いな? 月明様に恥をかかせてはならぬぞ」


敵方は無警戒に岬を回ろうとしていた。
まるで遮る存在などないかのように。
陣容に驕ったのか、目が曇りきっているのだろう。
せめて空に待機している我らに気づけていれば、動きも違ったろうに。


「さぁ、真の海の支配者が誰か教えてやれ」
「海の僕が祈る。かかれ波、風煽れ」


手下どもが海に祈りを捧げると、辺りの様子が急変した。
艦隊はまるで大シケのような高波に揉まれ、船の横腹に強烈な暴風が襲い掛かる。
それに反して、空は相も変わらず快晴である。
この急激な状況の変化を前に、指揮官の混乱が見えるようだった。


「はっはっは、海鳴様。大陸の連中も大したことありませんな。大型の船など何艘も傾いておりますぞ」
「油断するでない。もっと高い波をあびせよ。小舟一艘通すでないぞ」
「承知しました、総員魔力を上げよ!」


手下たちのまとう魔力の色が、より深い青に染まっていった。
それに呼応して、波も徐々に高くなっていく。
小刻みに動いて堪えていた小型船も、強まった波に押されて岸壁に叩きつけられ始める。

中型や大型のものはというと、それより早いうちに暗礁に乗り上げていた。
暗礁を避けた船も自軍同士で衝突を繰り返し、横腹に損傷をもたらした。
浸水が激しいようで、時を待たずに多数の船が大きく傾いていく。
もはやまともに航行できるのは小型船くらいであろう。

いやはや、なんとも呆気ない。
この程度で海の覇者を名乗っているのだから、世間知らずにも程がある。
これならまだヤポーネの漁師の方が巧みに船を操れるだろう。
金を費やして船の数だけ揃えても、真の力は得られないのだ。


「海鳴様、敵船団が逃げていきますぞ」
「よし、追うぞ。広い海域に出るまでは手を出すでないぞ」


予想したよりも早い撤退だったが、それも当然かもしれない。
何せ主力と思しき船は粗方沈んだのだから。
こちらが祈りをやめると、海は徐々に穏やかになっていった。
これ幸いと敵の艦隊は逃げ帰っていく。


しばらく後をつけると、広い海域にでた。
遮るもののない大海原だ。
ワシは丸裸となった、連中の背に指を向けて命じた。


「さぁ仕上げじゃ。特大のもんをくれてやれ」
「はっ。穿て波!」
「僕に賜う、穿て波」


配下の祈りが辺りに伝わると、海が大きく揺れた。
魔力で水位が大きく歪んで沈みこみ、傾斜のついた海面を滑るように艦隊は滑り落ちていく。
そこへ歪みを戻すように大波がやってきた。
まるで海水の山が迫ってくるような威圧感に、冷静でいられた者は何人いただろうか。
いくらか残っていた中型船はもとより、小型船に至るまですべてを飲み込んだ。


生き残ったのは辛うじて難を逃れた数艘のみで、一目散に自領へと逃げていった。
これで依頼は完璧だろう。
いや、完璧すぎたと言うべきか。
きっと次の命令も断りにくくなるだろう。
より面倒で難度の高い話が舞い込んでくるかもしれない。

そう思うと、こめかみがツキリと痛むのだった。
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