上 下
262 / 266
第三部

3ー45 敵の要を叩け

しおりを挟む
レクターの容態が悪化した。
乗せた時点で既に衰弱していたが、みるみる反応が弱まってきている。
馬も疲れきっていて、とても隣町までたどり着けそうにない。
どうやら治療師だのを捜す事は難しいようだ。


「あなた、あなた!」

「とうさまぁ……」


助けに入ったのに死なせましたじゃ、後味がが悪いな。
オレは胸元から秘薬を取りだした。
これはアシュリーが持たせてくれたものだが、手持ち品はこれ一点限りだ。
それでも命と比べる程に稀少じゃないだろう。
手のひらで丸薬を飲み込みやすく磨り潰して……。


「おい、そいつの口を開けさせろ。この薬を試してみる」

「それで主人は、主人の命は助かるのですか!?」

「わからんが、これ以上の手段は無い。ともかく手伝ってくれ」

「わ、わかりました!」


サラサラとオレの手からレクターの口へと流し込まれていく。
埃のように舞い上がる粒が、中々に強烈な臭いを漂わせた。
何となくだが、とてつもなく効きそうに思う。
それはもう……えげつない程に。


「目を開きました!」

「そうか。もしかすると効果があった……」

「ァァアアアーーッ! 苦ッッ苦いィィアアーー!」


レクターは突然頭をかきむしり、それから喉を両手で押さえて暴れ始めた。
さっきまでの半死人とは思えないほどの躍動感だ手強いなお前!


「さすがは果敢なる王国兵。死の淵にあっても見事なる戦働き」

「エリシア、感心してんなよ! 水寄越せ水ッ!」

「ん」


水筒を受けとるなり、レクターの口に突っ込んでやった。
喉が上下する度、その体から力が抜けていく。
そしてしばらくして、口を離した。
長く、深い息と共に。


「ふぅ……。死ぬかと思った。あれが噂に聞く『絶望の味』というものだろうか」

「あなた!」

「とうさまぁー!」

「無事かお前たち! そういえば、ここはどこだ? 我々は晒し者になっていたはずでは……」


そこでレクターとオレの目線が重なる。
呆けたような顔が、次第に強張っていき、そして敵意に染まった。


「貴様は魔王! どうしてここに!?」

「どうしても何も、これはオレの馬車なんだが」

「貴様の馬車だと?」

「ダンナ、この馬車は借りもんだぞ」

「あなた、このお方は命の恩人です! あの場にいた全ての者は、誰一人欠けることなく助けていただけました!」

「……本当か?」

「ほら、ジェイムスだってこの通り」


夫人の手から赤子が渡された。
親指を咥えて、スヤスヤと安らかな寝息を立てている。
その時ばかりはレクターも、胸に我が子を抱きつつ静かになった。
そのまま目を瞑って、黙ることしばし。

やがて子供を夫人の元へ戻し、レクターは再びオレと向き合った。


「助力、感謝する。して……我らはレジスタリアの捕虜となったのか?」

「そんなんじゃねぇよ。ひでぇ事しでかしてたから、ぶっ壊しただけだ」

「……敵方に情けを2度もかけられようとは。私は真に愚劣な将やもしれんな」

「ちなみにな、本当はもっと早く助けられた。でもツレに止められてな」

「止められただと、それは何故だ」

「私が頼んだ」


エリシアが荷台の端から言った。
普段よりも随分と低く、沈んだ声だと思った。


「数の暴力、理不尽な仕打ち。それがどれほどに酷いものか知って欲しかった。私たちの両親は圧倒的な力を前に討たれ、焼かれ、散っていった」

「レジスタリアと言えば……そうか、戦役か。命じられた事とは言え、私もかの地で殺戮に加担したのは紛れもない事実。その手で仇を討つつもりか?」

「そんな事はしない。あなたを斬っても、本当の悪は笑い続けるだけだから。でも、今日の事は絶対に忘れないで」

「……魂に刻もう。父祖の名誉にかけて」

「それはそうとよ。お前、火傷は平気なのか?」

「痛みはない。段々と痒くなってきたが」


レクターは頬を指で掻いた。
そこは赤々とした傷が見えるが、その仕草で皮膚がペロリと剥がれた。
そして中から現れたのは、傷ひとつ無いツヤツヤの肌だ。

……気持ち悪い。

アイツの秘薬に助けられはしたが、その効果が気持ち悪い。


「一族の命を救われたばかりか、こうして手当てまで受けてしまった。私はどのようにして恩を返せばよいか?」

「そうだなぁ。オレたちはグランの兵器とやらを破壊しに来た。何か知っていたら教えてくれ」

「ダンナ、そんなペラペラと喋っていいのかい? 一応は敵の重鎮だぞ?」

「構わねぇよ。どうせこいつはプリニシアには戻れないだろうし」

「安心しろ。告げ口などせぬ。……そうだな」


レクターがアゴをこする。
するとやはり、ツルンと卵肌がコンニチワした。


「私は捕縛されたので確認できていないが、件の兵器は練兵場にあるだろう。もし行きたいのであれば、秘密の抜け道を案内しよう」

「そこにあるっていう根拠はあんのか?」

「巨大かつ、丁重に扱うべきものだ。となると、保管場所は相当に限られる。屋内への格納は不可、かと言って人目に触れさせる訳にもいかん。すなわち、兵士たちに守られている兵舎エリアの開けた場所、練兵場しかあり得ぬ」

「筋は通ってそうだな。レクターがオレたちを裏切るメリットもねぇし」

「あるぜ、ダンナ。オレらを罠に嵌めて、その功績によって返り咲ける」

「見くびるな! たとえ罪人として首をはねられる身であろうとも、信義だけは揺るがせぬ!」

「吠えんなよ、オッサン。家族を人質にとられてもか?」

「それは……ムゥ……」

「ダンナ、どうよ。コイツを完全に信用するのは危ないぞ」


アランは半信半疑くらいか。
エリシアはそもそも話に参加していない。
心のしこりが邪魔をしているのかもしれない。


「まぁ良いや。レクター、案内を頼めるか?」

「お安いご用だ。だがその前に……」

「家族を安全なところへ、だろ? それくらい構わんが、当てはあるのか?」

「ある。ユリウス家に所縁のあるものが、郊外に居を構えている。彼らは王家派の重鎮、そこであれば安全のハズだ。場所もすぐ近くだ」

「わかった。まずはそこへ向かうから、アランを誘導してくれ」

「承知した」


移動中、レクターが派閥について教えてくれた。
大別して二派。
プリニシア王族に忠誠を誓う王家派と、プリニシアに所属していながらグランと通じている派閥だ。
10年程前まではレクターのように王家派が多かったが、ここ最近はめっきりと減り、ほとんどの重役がグラン派となっているらしい。

ーー寂しくはあるが、それが時勢だ。

レクターは遠くの景色を眺めつつ、そう言った。
二等国のお偉いさんだから、さぞや良い暮らしをしてるかと思いきや、意外と苦悩があるらしい。


「ここだ、止めてくれ」


川の畔にある一軒家を見つけては、レクターが訪った。
貴族の別荘だろうか。
そこそこの豪邸と言える大きさだ。
レクターは身なりの良い家人らしき者と話し合い、手応えを感じた風に戻ってきた。


「匿ってもらえるとの事だ。みんなはここでしばし待て」

「とうさま。いってしまわれるのですか? また、あぶないことを、するのですか?」

「そうだ。私は行かねばならぬ。必ず戻るから、心配をするな」

「まちます。レミィはまちます。だから、どうか、ぶじに……ぶじに……ッ!」


声を殺して泣く娘。
その余りにも小さな体を、レクターは優しげな笑みとともに抱き上げた。

レミィという名の少女は声をあげない。
泣き叫ばない変わりに、レクターの胸に顔をうずめ、小石のような両手で胸元をギュッと握りしめていた。
待つと言った口とは裏腹に、その手は父を行かせたくないようだ。


「安心するのだ。彼は大陸で最も強い男だ。危なげなく帰ってこれるだろう」

「とても、つよいのですか?」

「もちろん。誰よりもだ」


レミィは父の腕の中からオレをじっと見た。
そして腕から降りると、こっちまでやってきた。
小さな体がお辞儀によって、さらに儚いものになる。


「おねがいです、つよいひと。とうさまを、まもってください」


彼女はそう言うと、ポケットから首飾りを取り出した。
可愛らしい貝殻の連なったものだ。
内陸のプリニシアでは珍しい代物だと感じた。


「レミィのたからもの、あげます。だから、どうか、とうさまを。とうさまを……!」


両手に乗った貝殻がカタカタと鳴った。
健気な子の代わりに泣いている……というのは言い過ぎか。
オレは静かに笑い、そして受け取った。


「こんな良い物もらっちまったら、守らねぇ訳にはいかねぇな」

「おねがい、できますか?」

「任せろ。何せオレは最強だからな!」


うつ向きがちな少女の頭をクシャクシャと撫でてやった。
なんだかシンディの、そしてシルヴィアの姿が思い起こされる。
少しだけ懐かしい気分に浸った。

それからの動きは早かった。
レクターの家族はユリウス家とやらに馬車とともに預け、オレたちは出立した。
当初のメンバーにレクターを加えた形で、再び王都へと向かうのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鬼神転生記~勇者として異世界転移したのに、呆気なく死にました。~

月見酒
ファンタジー
高校に入ってから距離を置いていた幼馴染4人と3年ぶりに下校することになった主人公、朝霧和也たち5人は、突然異世界へと転移してしまった。 目が覚め、目の前に立つ王女が泣きながら頼み込んできた。 「どうか、この世界を救ってください、勇者様!」 突然のことに混乱するなか、正義感の強い和也の幼馴染4人は勇者として魔王を倒すことに。 和也も言い返せないまま、勇者として頑張ることに。 訓練でゴブリン討伐していた勇者たちだったがアクシデントが起き幼馴染をかばった和也は命を落としてしまう。 「俺の人生も……これで終わり……か。せめて……エルフとダークエルフに会ってみたかったな……」 だが気がつけば、和也は転生していた。元いた世界で大人気だったゲームのアバターの姿で!? ================================================ 一巻発売中です。

グリモワールな異世界転移

クー
ファンタジー
 VRMMORPG、『Lost Only Skill(ロスト・オンリー・スキル)』を自称ゲーマーの神楽坂 憂(かぐらざか ゆう)はプレイしようとしていた。それだけなのに何故かユウが少し寝ている間にゲームの世界にそっくりな異世界に転移していた!!  …………しかし異世界に転移したことに全く気づかないユウ。そして、時間が経つに連れユウの周りで色々な事件が起こっていく。だが、それをゲームのイベントと思ったユウはそれを次々と解決していく。  事件を何個も解決し気がついた時には、ユウは──俺Tueee&ハーレム状態になっていた!! 「ステータスもここまで来るとチートだとか言う気も失せるかもな。」←お前が言うな! 王道転移ファンタジーここに誕生!!! 注意:他の小説投稿サイトにも同一の作品が存在しますが、作者は同じです。こちらは移植版ですので予めご了承ください。

好感度が100%超えた魔物を人間化&武器化する加護がチートすぎるので、魔物娘を集めてハーレムパーティーを作ろうと思う

花京院 光
ファンタジー
勇者パーティーでサポーターとして働いていた俺は、ダンジョン内でパーティーから追放された。一人では生還出来る筈もない高難易度のダンジョンを彷徨っていたところ、一匹のスライムと出会った。スライムはダンジョンの宝物庫の在処を知っており、俺達は千年間も開かずの間になっていたソロモン王の宝物庫に到達した。冒険者歴五年、十七歳無職童貞の俺はソロモン王の加護を授かり、魔物を人間化&武器化する力を得た。 パーティーから追放された底辺の冒険者が魔物を人間化してハーレムパーティーを作り、最高の冒険者を目指す旅に出た……。 ※主人公パーティー最強、魔物娘のハーレム要素を含みます。ストレス展開少な目、剣と魔法のファンタジー世界でほのぼのと暮らしていく主人公達の物語です。 ※小説家になろうでも掲載しています。

科学チートで江戸大改革! 俺は田沼意次のブレーンで現代と江戸を行ったり来たり

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第3回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 天明六年(1786年)五月一五日―― 失脚の瀬戸際にあった田沼意次が祈祷を行った。 その願いが「大元帥明王」に届く。 結果、21世紀の現代に住む俺は江戸時代に召喚された。 俺は、江戸時代と現代を自由に行き来できるスキルをもらった。 その力で田沼意次の政治を助けるのが俺の役目となった。 しかも、それで得た報酬は俺のモノだ。 21世紀の科学で俺は江戸時代を変える。 いや近代の歴史を変えるのである。 2017/9/19 プロ編集者の評価を自分なりに消化して、主人公の説得力強化を狙いました。 時代選定が「地味」は、これからの展開でカバーするとしてですね。 冒頭で主人公が選ばれるのが唐突なので、その辺りつながるような話を0話プロローグで追加しました。 失敗の場合、消して元に戻します。

最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ?

あてきち
ファンタジー
★2019年3月22日★第6巻発売予定!! 小説1~5巻、マンガ1~2巻★絶賛発売中です♪  気が付いたら異世界にいた男子高校生「真名部響生(まなべひびき)」。草原にいた彼は自身に『鑑定』というスキルがあることに気が付く。 そして職業は『鑑定士(仮)』だった。(仮)って……。 エルフのエマリアの案内で冒険者となった響生は、元最強勇者の獣人クロード、未来の最強賢者少女リリアン、白ネコ聖獣のヴェネを仲間にして少しずつ強くなりながら元の世界に帰る方法を探す。……が、巻き込まれ系主人公は自分の意思とは関係ないところで面倒ごとに関わっていろいろ大変です。 4人の勇者、7人の賢者、8人の魔王、そして11人の神様がいる異世界から、彼は無事に元の世界に帰還できるのか? あと、タイトル通り最強になる日は来るのか!? 【注意】 この作品はBLではありませんが、一部BL風味な表現があります。一時的に主人公が女体化する予定があります。 これらの表現を絶対に読みたくない! という方はご注意ください。

悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九
恋愛
乙女ゲームの主人公に転生した少女は驚いた。彼女の恋を阻む悪役令嬢は、一人のはずがなんと四人? 何の因果か四人こぞって同じ舞台へ転生した姉妹が、隠しキャラの存在に怯えつつ、乙女ゲームの世界で「死なないように」生きていくお話です。1話2000~4000字程度で短いです。 四人姉妹は比較的普通ですが、攻略対象者達は全体的に溺愛、変態度高めで普通じゃないです。基本的に変な人しかいません。 マンガのように場面転換が多いです。後から書いた閑話を時系列の正しい場所に入れていきます。章の切れ目の関係上多少前後することがあります。 2018.5.19 12章から書き直しております。 元の文章は「小説家になろう」のサイトでしばらく残します。 2018.11.1 更新時間は23時を目標にしておりますが、作者が病気療養中のため、体調が安定しておらず、 投稿できないこともあります。

公爵家に生まれて初日に跡継ぎ失格の烙印を押されましたが今日も元気に生きてます!

小択出新都
ファンタジー
 異世界に転生して公爵家の娘に生まれてきたエトワだが、魔力をほとんどもたずに生まれてきたため、生後0ヶ月で跡継ぎ失格の烙印を押されてしまう。  跡継ぎ失格といっても、すぐに家を追い出されたりはしないし、学校にも通わせてもらえるし、15歳までに家を出ればいいから、まあ恵まれてるよね、とのんきに暮らしていたエトワ。  だけど跡継ぎ問題を解決するために、分家から同い年の少年少女たちからその候補が選ばれることになり。  彼らには試練として、エトワ(ともたされた家宝、むしろこっちがメイン)が15歳になるまでの護衛役が命ぜられることになった。  仮の主人というか、実質、案山子みたいなものとして、彼らに護衛されることになったエトワだが、一癖ある男の子たちから、素直な女の子までいろんな子がいて、困惑しつつも彼らの成長を見守ることにするのだった。

異世界転生? いいえ、チートスキルだけ貰ってVRMMOをやります!

リュース
ファンタジー
主人公の青年、藤堂飛鳥(とうどう・あすか)。 彼は、新発売のVRMMOを購入して帰る途中、事故に合ってしまう。 だがそれは神様のミスで、本来アスカは事故に遭うはずでは無かった。 神様は謝罪に、チートスキルを持っての異世界転生を進めて来たのだが・・・。 アスカはそんなことお構いなしに、VRMMO! これは、神様に貰ったチートスキルを活用して、VRMMO世界を楽しむ物語。 異世界云々が出てくるのは、殆ど最初だけです。 そちらがお望みの方には、満足していただけないかもしれません。

処理中です...