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第三部

3ー13  親子の契り

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まおダラ the   3rd
第13話 親子の契り


リタが朝飯を用意してくれたが、ふたたび寝室に腰を据えて動かなかった。
少なくともシンディの眼が覚めるまでは、極力側を離れるつもりはない。
そんなオレを気遣ってか、わざわざパンサンドを作ってくれた。

小麦の丸パンに切れ込みをいれ、濃厚なチーズにスライストマト、レタスとキャベツを挟んだものだ。
酸味と滑らかな塩気、シャキッとした食感がなんとも絶妙。
特別空腹感はなかったが、たちまち二個を平らげた。


「う、うん……?」
「おっと。目を覚ましたか」


体を起こしたのはエリシアだ。
いつもよりも眼を薄く開き、小さな欠伸をひとつ。
容態は悪く無さそうに見える。


「おはよう、ライル。良い朝ね」
「そうだな。パン食うか? その前に水か」
「もらう。それから、ここはどこ?」
「細かく説明すると長くなるが、オレの知人の家だと思え。それだけ把握してりゃ十分だ」
「わかった。承知した」


相変わらず眠たげな口調で答え、手渡した水をグイと呷り、それから両手でパンを掴む。
それをモシャリモシャリと気怠げに噛み締めるが、少しだけ目を細めてうっとりとしている。
この料理をお気に召したらしい。

しばらくして、隣のベッドからも動きがあった。
身じろいだあとに小さく呻く。


「……うん」
「おお、シンディ! 気がついたか」
「ここは……?」
「大丈夫、安心して良い場所だぞ」
「そう、なの」


水を差し出すと、シンディは一口ずつゆっくりと飲み込んだ。
そして小さな吐息のあと、俯く。


「どうした。どこか痛むのか?」
「ううん。そうじゃないの。こわかったの、こわいユメ」


昨晩うなされていたが、その時の事かもしれない。
オレはシンディのベッドに腰をかけつつ、頭を撫でてやった。


「嫌な夢を見たんだな。そりゃ大変だ」
「おっきな人がね、ニッコニコしてたの。シンディのこと、シルビヤ、シルビヤっていいながら、わらってたの」
「……うん」
「それで、だっこしてくれたんだけど、きえちゃうの。いかないでっていったのに、きえちゃったの」
「そう、か……」


シンディの両目が潤む。
さっきのはシルヴィアの記憶だと思うが、今世に繋がる事なんかあるんだろうか。
不思議には思うが、今実際に目の当たりにしているので、疑う余地は無い。


「シンディ。寂しいのは嫌か?」
「いや。ひとりは、ヤなの」
「そうか。そうだよな。これからは、オレの事はお父さんと呼んでくれ」
「おと、さん?」
「シンディさえ良けりゃ、だがな。もう独りにはさせないぞ?」


キョトンとしたぷっくり顔がオレを見る。
何だろう、今の台詞は妙に恥ずかしい。
中々返事が無いことも、それに拍車をかける。
無限の時を体感したころに、ようやく答えが返ってきた。


「おとさんって、なぁに?」
「そこからか! 前回とは細かい所が違うのか?」
「ぜんかい?」
「いや、気にしないで良い。ううん、そうだなぁ……」


今のはさすがに驚いた。
父母の概念を知らないとは想定外だ。
シルヴィアの時を思い起こそうとしたが、あの時は言葉すら通じてなかったっけ。
参考にもならんか、くっそう。


「お父さんってのはな……オレと仲良しさんだけが呼んで良い名前だ」
「なかよしさん?」
「そう。お父さんって呼んで良いのはシンディだけだ。何せ仲良しさんだからな」
「……おと、さん」
「そう。お父さんだ」
「おとさん!」
「ハハッ、気に入ってくれたか?」
「おとさん! おとさん! おとさん!」
「よっし上手に言えましたァーッ!」
「えへへ、えへへ~ぇ」


眩しい笑顔のシンディを、両手で高々と掲げた。
この家に、豊穣の森に太陽が戻った瞬間である。
めでたい、めでたいぞぉおー!


「ライル。新パパおめでとう」
「ありがとよ。んで、どうしてお前まで寄り添ってる?」
「そりゃもう。新ママだから」
「は?」
「パパが居るなら、ママも居た方が良い。これは必須じゃない。必須じゃないけど、適切な人材がいるのだから抜擢すべき。それすなわち幼馴染み。幼馴染みこそ至高の嫁、唯一無二の、絶対解の!」
「おい、ちょっと落ち着け!」


エリシアは瞳孔を開きつつ、取り憑かれたように捲し立てた。
コイツの早口って初めて聞いたが、なんか気持ち悪ィな。
その熱意を冷ますかのように鼻息を「ンフー」と勢い良く吐くが、効果は薄いようだ。
頬はさらに上気し、弁舌も益々勢いを増していく。


「ライル、覚悟を決めて。ここが度胸の見せ所。子供が先にできたけど、それで愛の輝きは曇らない。むしろ直ぐに子供を作ろう。そしてシンディには良き姉となってもらう」
「なってもらう、じゃねぇよ。勝手に決めんな! つうかこの話題は止めろ!」
「やめろ? どうして? これは大事なこと」
「この家でその話題は面倒な事に……」
「ア~~ルフくぅ~ん」
「……遅かったか」


まるで井戸の底から呼び掛けられたかのような、陰鬱で邪(よこしま)な声がする。
部屋の入り口には、ドア枠から頭だけニョッキと出したアシュリーが居た。
目はほぼ白目、口角は眉に届くかっつうほどつり上がっている。
怖すぎ。


「アシュリー、ダメじゃないの。シンディが怖がるわよ」
「おっといけねぇ。嫁がどうのって聞こえてつい……」
「エリシア、だったかしら? あなたも良いこと言うわね。確かにママも必要よね」
「シンディちゃあん。欲しいですか? 欲しいですよねそうですね!」
「わ、わ、わ!」


アシュリーとリタが満面の笑みで入室してきた。
母親を自称するヤツが3人揃ってシンディに群がる。
オレがシンディを抱っこしてなきゃ奪い合いになっただろう、危ねぇところだ。


「やっぱり美人ママが良いですよね? 一緒に街中を歩きたいですよね? ね?」
「シンディ。私が一番時間を共にしている。信頼を育むのは時間だけ。私がママ」
「んーー、こういうのは実績が全てよね。料理、洗濯にお掃除、お菓子だって作っちゃうわよ。それにアルフとも既に連結済みで……」
「表現には気を付けろッ!」


承認欲求に餓えた亡者を追い返そうとするが、なかなか引き下がらない。
相変わらず面倒だな!


「シンディ、お願い。私を選んで」
「さぁ、ママと呼んでみて。一度だけ試しに、ね?」
「アシュリーです! アシュリーちゃんを宜しく、宜しくお願いします!」
「えーと、ううんと」


シンディがこちらに困り顔を向けてきた。
そうだな、そろそろ潮時だ。
シンディを足元に置いた瞬間、超高速で三人の背後に移動した。
そして首に手刀を次々と叩き込んでいく。


「ヨイショーッ!」
「ヘグッ!」
「ヘムッ!?」
「ヘィッグシ!」


三人仲良くベッドに倒れ混み、例外なく気絶。
よし、危機は去ったな。


「すまんな、シンディ。驚いたろう」
「ううん。いいの。いっぱいなの」
「いっぱいって、何が?」
「みんなたくさん、たくさんいっしょ! たのしいねぇー!」


我が家の太陽は、これしきの事では曇らなかった。
その光は優しくオレの心を照らしてくれた。

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