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第2部  モデル業も楽じゃない!

第7話  越えられない壁

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やって来ました公爵邸。
いやはや、どでかいっすね。
立派な門を通り、広大な庭園を抜けて、本来の目的を忘れた頃に本邸に着きましたよ。
なんという雲の上の世界。


「ルーノ様、アリシア様。到着いたしました。足元にお気を付けてお降りくださいませ」
「ええ、ありがとうございます」


ちなみにここまで馬車で来ました。
公爵様が一台寄越してくださったのです。
初めてですよ、高級な馬車に乗ったのも、恭しく名前を呼ばれたのも。
そして、こんなバカ高いドレスで着飾ったのも。


「ルーノさん、私の格好は変じゃないですか?」
「うんうん、平気さ。綺麗だよー」


取って付けたようなお褒めの言葉って、響かないもんですね。
こちとら窮屈な思いしてまで胸元を強調してるんですよ?
もうちょっと真に迫ったコメントが欲しいもんです。

それにしても、上流のご婦人方は何故こんな格好するんでしょうね。
長い手袋に、これまた裾の長いロングドレスはいいにしても、やっぱり胸元ですよ。
半分くらい出ちゃってるじゃないですか。
この姿で高い棚に手を伸ばそうものなら、全部出ちゃいますよ。
お金持ちの考えることってのは不可解なもんですね。


「ルーノ! いや、ルーノ先生! よっく来てくれたなぁ!」


猪が屋敷から叫びながら突進してきました。
あぁ違った、公爵様でしたか。


「公爵様。本日は若輩なる私をお招きいただき、恐悦至極に……」
「あーあー、やめやめ! 固っ苦しい事言うなって! 少なくともオレに対してはな?」
「は、はい。恐縮です」


相変わらずでかい声ですね。
となると猪似というよりは、クマさんでしょうか?
まぁ、どっちでも良いですかね。


ーーーー
ーー


会場に通されると、もう大変でした。
私たちが入場するなり、たくさんのお偉いさんに揉みくちゃにされたからです。
もちろんルーノさんと私は離ればなれに。
なので一刻も早く合流したかったんですが……。


「おお、貴方がアリシアか! 絵の中も良いが、実物はもう格段に美しい!」
「本当に君が演じたのか。宵闇の魔女の如く悪辣さを感じぬが」
「どうかね。モデルなんぞ辞めて私の屋敷に来ないか? 今の給金の2倍出すぞ?」
「子爵殿……相変わらず手の早い事で。奥方に叱られますぞ。アリシア殿、私は3倍出そう」


あわわわ。
ギラついたおじさま方が私を包囲してます。
これどう対処すれば良いんですか?!
失礼があったら大問題なんですよね?
助けて、ルーノ先生!

半泣きで周りを見渡すと、彼は壁際に居ました。
今はともかく救援を求めてみます!


「ルーノさ……」


私の口はそこで止まりました。
見覚えのある人がルーノさんの元に現れたからです。
天使のように気品と美貌を醸し出すシエラさんが。


「ルーノ先生、ご無沙汰しております」
「あぁ、シエラ様。お久しぶりです」
「またお会いできて嬉しいですわ。あれからも先生の事が片時も忘れられなくって」


……世の中、不思議なこともあるもんです。
周りでワイワイ騒ぐおじさんたちの声よりも、遠くで話してる二人の声が鮮明に聞こえるんですから。
出来れば間に割って入りたいのですが、高貴なる肉壁に阻まれてそれも叶いません。


「先生はあれからも沢山の作品を手掛けられて……あっ」
「おっと、大丈夫ですか?」


シエラさんがルーノさんの胸元に倒れこみました!
あのよろけ方はワザとですよ、あざとい。
まぁ、パンモロ事件を起こした私としては、責める権利なんかありゃしませんが。


「すみません、ちょっと人混みで気分が……」
「あちらにテラスがありますので、休まれては?」
「ええ。そうさせてもらいますわ。ご迷惑をおかけします」


寄り添うようにして去っていく2人。
私はというと『アリシアドノー』を繰り返すおじさん方に囲まれたままです。
こっちも助けては……もらえないみたいですね。

そうこうしている間にも、ルーノさんたちはテラスに出ていきました。
そして去りゆく背中を見て、私は確信めいたものを得たのです。

ーーあの2人こそ、お似合いなんだなぁ。

私は自分に向けられる数々の勧誘をかわしつつ、胸の痛みに耐え続けました。
田舎娘が背伸びしたって、本物の女には敵わない。
そんな自嘲を身に纏(まと)いつつ。


ーーーー
ーー


「ルーノ先生。モデルの件は、やはり無理でしょうか?」


会場の騒がしさから遠ざかるなり、シエラはそう告げた。
いつぞやの依頼を諦めてはいなかったらしい。


「ええ、申し訳ありませんが。やはりアリシアさん以外の人を描くことは出来ません」
「そうですか。輿入れを前に、思い出を作りたかったのですが……」
「輿入れ?」


シエラはテラスの手すりに手をかけ、少しだけ身を乗り出した。
より外の風を浴びたいかのようだ。
そして、少しワザとらしい笑みをルーノに向ける。


「私は近々婚約を控えておりますの。お相手は顔も知らぬ、遠国の貴族です。歳は10も離れていますわ」


庶民暮らしの長いルーノからすれば、その婚約は不条理に思えた。
だがシエラの口ぶりから抗議の色は見えてこない。
それが貴族の家の習わしであるからだ。


「羨ましかったのです。思う様に自己表現できるあなたが。そして、描いてもらえるアリシア様が」
「僕たちはただ、作品を描いているだけです。そんな大袈裟な話ではありません」
「それです。誰かと目的を共にして、お互いに信頼し、切磋琢磨する。そんな人生を歩んでみたかった……」
「シエラ様……」
「すみません。つまらないお話でした」


かけるべき言葉が見つからず、ルーノは手を握りしめた。
彼女の運命に同情はする。
だが画家でしかない彼は、極めて無力な存在であった。
渋面のルーノに対し、シエラは声をやわらげて言った。


「彼女を大切にしてください。好いておられるのでしょう?」
「あぁ、いや。僕はそんな……」
「ふふ。嘘はお上手でありませんのね」
「はぁ。参ったなぁ」
「先生の『花を愛でる女』を見たときから察しておりました。そして、アトリエでお会いした時に確信しました。ここには愛があるのだ、と」


そこまで言うと、シエラの瞳がスッと細められた。
これまでの少女のような眼差しから、諦めを覚えた大人のものへと変貌していく。


「あなた方の間に割り込むことによって、味わってみたかったのかもしれません。男女の愛の温もりというものを」
「シエラ様。その、なんと言いますか。かけるべき言葉が見当たりません」
「……私はそろそろ戻りますね。お耳を汚してしまい申し訳ありませんでした」
「いえ、私の方こそ。たいしたお話も出来ませんで」
「忘れ得ぬ尊い時間を、ありがとうございました。女神の慈愛をあなたに」
「慈愛を、あなたに」


去り行くシエラの背中を、ルーノは見送った。
別れのその瞬間まで気の利いた言葉は出てこない。
あくまで絵描きである彼は、言葉を巧みに操れる者ではないのだ。


「あそこには愛がある……かぁ」


ルーノの呟きに誰も答えない。
そしてひととき風が吹き、彼の言葉は夜空へ拐われてしまった。
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