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最終章 ~勇者~

L-7.勇気ある者

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 三色の炎はハウラの異形の部分を焼き払った後、静かに消えていった。

 緊張の糸が切れ、倒れそうになる修。咄嗟に棒で体を支えようとするが、とっくに限界を越えていた棒は、完全に折れてしまった。

 「お前はいつもボロボロだな」

 ロイクの声が聞こえた。立つのもままならない体を引きずり、修を受け止めたのだ。

 「お前だって……」

 ロイクは修を座らせると「よくやった」と口にした。

 深く息を吐き、仰向けに寝転がる修。歩いてくる仲間の足音が聞こえても、手を伸ばせない。もう使える能力はない。今度こそ本当に、全ての力を使い果たした。

 「終わったんだね。ようやく」

 「治療は、少しだけ待ってて」

 自身もボロボロでありながらも、修を労うサフィアとゴーダン。遠巻きで見ているレンも、満足そうだった。

 ハウラが目を開ける。自分の願いが完全に潰えた絶望と悔しさ、初めての敗北が心を抉る。

 かつてその力で勇者となった者は、勇気ある者達に破れた。

 「……力が入らねぇ。こんなこと……今まで一度も……俺は……何でもできる……俺以上の最善は……最高は……最強は……」

 届かない声を漏らしながら、恨めしそうに修達を見る。その光景があまりにも眩しく、ハウラはたまらず目を逸らした。増長した元勇者の周りには、もう誰も居なかった。

 何でもできるが故に思い上がってしまったハウラは、いつのまにかすべてを見下すようになっていった。肩を並べて戦った仲間も、愛を誓った伴侶さえも。自分の歪みに気づかないまま孤独になったハウラは精神を病み、今居る世界を都合の悪い夢だと思うようになった。

 矯正もされないまま傲慢を貫くハウラに、一切の躊躇いも後悔もなかった。俺を見捨てた奴らが憎い。俺をここに呼び出したカレンが、この世界が憎い。それだけを糧に……「夢から覚めるために」生きてきた。

 「あの子は……メオルブに襲われたあの子は……」

 ――しかし、腐っても元は勇者・・。ハウラは善意と使命感を持って悪と戦った。人並み以上の正義感もあった。

 「助かったのか?」

 だからこそ、自分だけが聞いたあの声を無視できなかった。

 「お前に誰かを案じる資格はない」

 その姿に憧れて剣を取った男は、ボロボロの姿を見下ろしながら続ける。

 「お前は多くの人間を殺そうとし、憧れた者や信じる者の心を踏みにじった」

 「許しは乞わない。殺してくれ。未練はあるが、死ねる喜びの方が大きい」

 その言葉を潔いと感じる者は居なかった。反省は僅かには伝わるが、長年積み上げてきた傲慢さもまだ残っている。

 「一人で命を断つ度胸もないから世界を巻き添えにしようとして、負けたら負けたでその相手に殺すよう促す……か」

 自分以上に幼いと感じたレンが、不快感を顕にする。

 一人で何でもできると自負していた存在が、自分を下した相手に命を委ねている。

 憧れや美化、幻想を重ねていたロイクは、本物との差に失望した。

 「お前に会わなければ、幻想のまま終われていたのにな」

 震える手で剣を取るロイク。修が止めようとした瞬間、声が聞こえてきた。

 「修、どうするかはお前に任せる。俺は恨み言だけで充分だ」

 剣を渡そうとしたが、修は首を横に振った。こいつは多くの人間を狂わせて、世界を壊そうとした。

 「……どれだけ経とうが、考えは変わらない」

 なんとか上体を起こす修。まるで長い時間を過ごしたかのような・・・・・・・・・・・・・・言い回しに違和感を覚えたのは、ゴーダンとサフィアだ。

 「こいつは殺さない。これまでの全部を生きて償わせる」

 答えを聞き、顔を上げるハウラ。困惑した表情のまま、質問をぶつける。

 「殺さねぇのか? 死なせてくれねぇのか?」

 その言葉を甘いと感じ、落胆した態度を見せる。しかしその考えは、すぐに打ち消された。

 「死んで逃げるのは許さない。体も心もすり減らして、死んだ方がマシだってくらいの目に合わせる。お前が奪った命やその家族に友達、それ以上の数の人間に許してもらえるまで」

 それを聞き、僅かに微笑むゴーダン。

 すぐに本気だとわかったハウラは「そんな方法があるのか?」と聞くことしかできなかった。

 「それは後で、皆で考える」

 ゴーダン「任せて」と口にする。修が何をしたのかなんとなく分かった彼女は、中身まで変わっていないことに安心した。

 「あれは……」

 何かに気づくレン。壊魔球があった場所に粒子が集まっている。

 「カレン様……」

 姿を表した女神の名を呼ぶ修。疲弊した目で見るカレンは、くっきりと映っていた。見間違いかと目を擦ると、暖かい感触が修を包んだ。

 「ありがとうね。大変だったよね」

 抱き寄せたカレンが修の頭を撫でる。懐かしい感触と匂いに触れ、目を細める修。

 「この人が……」

 修の大切な人という言葉を飲み込み、カレンを見つめるサフィア。綺麗で優しそうで、全てを包み込んでくれるような……

 サフィアは少しだけ悔しいと感じたが、その理由までは分からなかった。

 「あれがエルブ・ディワールか。聞いてた姿と全然違うな」

 「書物ごとに性別も姿も変わるのが神というものだ」

 ロイクの言葉に「そうなんだけどさ……」と答えるレン。一つの姿しか見ていなかったレンにとっては、違和感が消えない。

 「ダムーのレン君か。君達の先祖には悪いことをした」

 「痛い目にあったのはそっちだろ? 僕は気にしていない」

 カレンが僅かに顔をほころばせたが、レンは更にこう続けた。

 「ただ、また同じことをするなら、僕はあなたを止める。あなたに歪められた一族の子孫として必ず。覚えておいて」

 レンの真剣な目を見たカレンは、わかったよと返した。

 「ともかく、巨悪は倒れた。これで僕らは英雄かな」

 少しだけ重くなった雰囲気を変えるよう、あえてそう口にするレン。

 「英雄……いざ言われてみると、なんか違う気もする」

 サフィアがそう口にする。しっくり来ないのは、まだ道の途中だからだ。強くなり、誰かを倒すだけではない。祖父のような立派な魔法使いになるには、それだけでは足りないと気付いていた。
 
 「勇者。英雄。そんな肩書はいらない。この世界を救えて、約束を果たせた。それで充分だ」

 勇気を持って勇者を倒した少年は、そう口にした。
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