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第九章 ~憎悪~

9-1.砂塵舞う町

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 宝石の町『オフマ・ネスト』を抜けて数日。遠くの方に町が見えてきた。

 「あれが無の砂漠か?」

 修が気になったのは、遠くに見える町の『サバ』ではなく、砂漠の方だった。地平線のように、黄色い砂が広がってる。

 無という冠がついているが、普通の砂漠にしか見えない。

 「そう。あれは四方から世界を囲むように広がっていて、どこにまっすぐ歩いても、最終的に砂漠にたどり着く。だから、世界の果てと呼ぶ人も居る」

 「海はないのか?」

 「もちろんあるよ……てっきり、君は海の向こうとかから来たと思っていたんだけど」

 たまに出る謎の言葉に、偏った知識から、ゴーダンやサフィアはそう考えていた。

 「いや、まぁ……その、な?」海どころか世界の向こう側からやってきた修は、曖昧な返事を口にした。

 ナディルは地表の七割が砂漠となっているが、世界の割合で言えば、大地そのものは四割。残りの六割は海になっている。

 「それで、砂漠を開拓していくために拠点としてサバを作ったんだけど、そこは賊のたまり場となり、機能を失った」

 王都からも遠く、砂漠に潜伏していた賊にとって、サバの存在は都合が良かった。人や騎士が増える前に襲撃し、町を乗っ取ったのだ。

 「開拓は諦めたのか?」

 「続けてるよ。サバの掃除・・と、新しい拠点作りを同時にやってる」

 「無の砂漠はほとんど誰も踏み入れていないから、色々な噂があるの。逃げ延びたノグドがどこかで集落を築いているとか、狂言病が持ち込まれてきたとか」

 サフィアの言葉を聞き、レンを思い出す修。

 「狂言病の方は、終息と同時に噂も消えたけどね。出処はともかく、なくなった理由の方は、誰も考えてくれないみたい」

 出処の噂を嘘だと思っているゴーダンが、そう口にする。

 更に近づいていくと、うっすらと砂煙が出てきて、視界をわずかに遮った。それとわずかに、風のような音も聞こえる。

 砂煙の中に、うっすらと看板と門が見えた。街中の方は更に激しく吹き荒れている。

 「妙だ……」入り口に近づいたところで、ゴーダンが口にする。修も違和感に気付く。

 砂煙は街中を覆い隠すほどに舞い上がっていて、うっすらと聞こえていた音も大きくなっている。しかし、風をほとんど感じないのだ。

 「これ……風の音じゃない」

 街に入り、サフィアがそう口にした。さっきから聞こえていたのは、風の音・・・ではなく、人間の声・・・・だった。

 町では大規模な戦いが起こっていた。騎士やならず者が入り乱れて戦っている。あまりにも凄惨で、混沌とした光景。舞い上がった砂煙は、戦いの余波によって生み出されていたのだ。

 端で見ている者など一人もいない。この町に居るほとんどの人間が戦っているのだ。

 「これが、さっき言ってた掃除?」サフィアの言葉に、誰かが反応する。

 「あぁああああ!!」ゴーダンが斬りかかってきた相手を受け止め、「いや、違う」と返す。

 次に襲いかかってきた騎士・・を退け、辺りに目をやった。

 「そんな生ぬるいものじゃない」

 そこには勢力などなかった。ならず者はともかく、掃除に来ていた騎士は、他の騎士にも・・・・・・剣を向けていた。この街に居る者は、自分以外の全てを敵として認識し、一切を殺そうとしている。

 更に妙なのは、その乱戦に『魔物』が混ざっていたこと。

 揺れ動く黒い炎のような身体に目と口だけがあり、左右からは、鋭い爪の生えた手が二本生えている。足はなく、ゆらゆらと空中を漂っている。

 メオルブが潜伏しているであろう町に入り込み、仮面の餌となる人間を襲っている、本来なら有り得ないことだった。

 「このバケモンがよぉ!!」

 魔物は空中から獲物を見つけ、一気に加速し、ならず者へと爪を振り下ろした。

 本来町へは近づかない魔物だが、防衛本能や微かな仲間意識はある。

 呪われて攻撃的になった者に攻撃されれば、自分を守ろうと反撃する。攻撃されれば相手は怒り、攻撃を加える。それを見た他の魔物が、戦いへ加わっていく。

 最終的にこの町は、騎士、ならず者、魔物が入り乱れるようになったのだ。皮肉にも、仲間を攻撃していないのは魔物だけだった。

 「このサバから出ていけぇ!!」

 ある騎士は、ならず者に剣を振るっていた。

しかし、別の戦いをしていた騎士が吹き飛び、その騎士へとぶつかった。その瞬間、二人の騎士は今まで戦っていた相手から目を放し、ぶつかった者同士で戦いを始めた。

 「貴様も俺とやるかぁ!!」「口を開くな騎士もどきが!!」

 血走った目、同僚も平然と手をかけるほどの殺意。それと、今戦っている相手・・・・・・・・よりも、新たに危害を加えた相手を優先する・・・・・・・・・・・・・・・・習性。

 理性のある人間の行動とは思えなかった。

 「見知った顔も居るじゃないか」さっき吹き飛ばした騎士が、またもゴーダンに向かってくる。

 「殺す。てめぇから殺してぇ!!」「私だ。ゴーダン・ムルックだよ」

 ほぼ反射的に名乗り、剣を見せる。騎士はすぐさまこう返してきた。

 「知らねぇ顔だなぁ!!」「……それもそうか」

 ゴーダンは剣を納めると、騎士を迎え撃った。同時に修やサフィアも襲われる。

 「メオルブ探しどころじゃないよ! これ!」

 向かってきた魔物にエルフィを撃つサフィアと、盗賊を棒で叩き伏せる修。

 治安の悪い町だとは事前に聞いていた。襲撃されるのも予想していた。

 だが、ここまで入り乱れているとは思わなかった。

 その上砂煙で視界も悪く、この騒音。呪われていない人間を探すのは無理だ。

 「片付けるしかないか……気絶させれば、動きは止められる」

 倒した騎士を見下ろしながら、横から向かってきた魔物を斬り捨てるゴーダン。

 「何人気絶させれば?」分かりきっている質問をあえてする修。

 ゴーダンは当然「全員」と答えた。



 「今日も、サバの砂は元気に舞っている」

 端がかけた建物の一角で、酒を嗜む男が一人。男は肉を一口食べると、布巾で口を拭いた。

 焼けた肌と優しそうな目つきに、黒の瞳。橙色のオールバックに、ロングコートのような赤い衣装。そして、テーブルに置かれた一つの仮面。

 彼の名は『ダミアン・ルイン』メオルブだ。その目線の先には戦う者……自分が狂わせた者達が居た。

 「呪いにあてられ、互いが互いを食い合う。決闘の気高さとは程遠く、獣のように低俗だ」

 更に酒をあおり、ダミアンは機嫌よく続ける。

 「呪いは見境がなく危険だが、近くに居る相手を優先するという習性がある。ある程度離れてしまえば、劇のように鑑賞することもできる」

 「なかなか良いだろう?」と振り向く。そこに立っていたのは、クリマとコルオ。二人共「また始まった」と思いながらよそ見をしているが、上機嫌のダミアンは気にしていない。

 「己を守るために力を奮う者、呪いに負けて狂う者、状況が飲み込めず命を散らす者。全ての生き死にを追えないのは残念だが、呪いを絞ってしまっては趣がない」

 足音が聞こえ「来たか、客人」と顔を向けるダミアン。

 砂で汚れた灰色の外套に、白い髪。自分に仮面をくれた、伝説の騎士だ。

 呼ばれたザウリムは何も言わず、窓の下の戦いに目を向ける。

 「君もすっかり、この刺激的な見世物の虜だね」

 ダミアンにはそう見えたらしく、ザウリムの後頭部に話し続ける。

 「だが、劇というものには必ず終わりがある。目に映るもの全てに噛みつくような獣も、相手が居なければ踊れない。最後に生き残った者は最も強く、尊い。私はそんな尊き者に敬意を評し、褒美を渡すことにしている」

 「分かるかい?」腰の剣に手を当てるダミアン。そして数秒ほど待ち、更に続けた。

 「そう。それは、私との決闘だ。私と最後の強者との、一対一の決闘。その決着をもって、舞台は幕を下ろす。私は強者を制することで、憎悪のメオルブでありつづけたのだ」

 話しを聞く者も、質問に答える者もいない。それでもダミアンはしっかりと言い終え、またワインを口に運んだ。戦いを見ていた三人は、それぞれ気になる人物を見つける。コルオとクリマは修達を。そしてザウリムは……

 「ほう……アレは……」

 食事を終えたダミアンが、ある一人に目をつける。何度も戦いを見てきた彼は、生き残る者も分かるようになっていた。

 「今回の私の相手は、あの者になりそうだ。客人。君が目にかけている者とも、いずれ戦ってみたいものだね」

 ザウリムは特に何も言わず、ダミアンが気に入った男……背中に大剣を差した剣士を見下ろしていた。
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