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第八章 ~強欲~

8-9.怒れる裁き

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 モカの変身が解け、元の姿を現す。そこに倒れていたのは、女性ではなく……

 「男だったのか……」

 「どおりで、興味が沸かなかったわけだ」

 驚く修と、どこか納得したようなゴーダン。ほぼ真逆の反応だった。

 純白の小綺麗な衣装を纏った男が、ゆっくりと体を起こす。仮面が剥がれて顕になった顔は、火傷で爛れていて、ところどころ赤かった。

 彼の本当の名は『グマルカ・ディグリー』元々はここで採掘をしていた。

 「なんて奴らだ……そうまでして、俺の金が欲しいのかよ」

 的外れな言葉を聞き、サフィアが「え?」と返す。否定するよりも早く、モカ……グマルカは言う。

 「渡さねぇ……渡さねぇぞ。全部俺のもんだ。渡しはしねぇ……殺してでも守る」

 自分の両肩に手を置きながら、後ずさるグマルカ。ジャラジャラと音がするのは、懐に金品を忍ばせているからだ。

 「全部、人から奪ったもんだろうが……」

 ずれた言葉に、まるで反省のない態度。修の怒りは未だ鎮まらない。

 「あいつらは自分から渡したんだ。金をくれとも命を捧げろとも言ってねぇ」

 それどころか、不快な返しを受け、増々怒りが湧いてくる。

 グマルカは仮面を拾い、なおも続ける。

 「お前らだってこれがありゃ、こうするだろうよ。好きな姿に化けられる上、自在に操れる。可愛い顔してゴマすってりゃぁ、人も金も思いのままだ」

 変身して可愛い顔をしなくても、呪いをかけさえすれば、人は金品を貢いでくれる。あえてモカを演じていたのは、自分の承認欲求を満たすため。

 「言いたいことはそれだけか」修の怒気に気圧されるグマルカ。

 「待てよ、待て。許してくれよ。な? な? ほら、そうすりゃ、望みの姿で色々してやるぜ」

 仮面を使い、姿を変えるグマルカ。巨大な化け物には当分なれないが、このくらいならまだ使える。

 「こういう子が良いか? それとも、こんな子か? どんな子にもなってやるよ?」

 声と姿を変えながら、修を鎮めようとするグマルカ。

 「誇りは……ないのか」一切表情を変えることなく、修は言う。もう、揺さぶられることはなかった。

 「富や名声より愛の方が大事でしょ? だから、私のお金じゃなくて愛をあげるの」

 金の亡者が説いたのは愛だった。話を聞けば聞くほど、修の不快感が高まっていく。

 助かることだけを考えているグマルカは、修を籠絡するため、ありとあらゆる顔を見せ――越えてはならぬ一線を越えてしまった。

 「ねぇ、シューくん?」

 修の目が見開く。グマルカが見せたのは、どこかカレンに似た女性だった。服装や顔、声も微妙に違うが、修は大切な人を思い出してしまった。

 「おっ、気に入っ――」

 拳で殴り飛ばす修。グマルカは状況が理解できず、ただ修を見ている。

 グマルカにその意図があったわけではない。しかし、思い出を踏みにじられたと感じた修は、ついに激怒した。

 修はもう一度グマルカの顔を蹴り飛ばし、リオン・サーガを開いた。どう転ぶかはわからないが、こいつなら丁度いい。どういう力か分かったら、この手で……

 「この力は、俺が定めた条件をお前が満たした時、記憶を持ったまま・・・・・・・・意識だけを過去に戻す・・・・・・・・・・。何日、何年……どれだけ経とうともだ」

 炎で焼き、剣で斬るわけでもないこの力。それを何故、ゴーダンは恐ろしいと言ったのか。

 「何をする気だ……」

 高台から離れたクリマは、近くで修達を見ていた。

 「また覗き見?」

 後ろから声をかけられ、体を震わせるクリマ。そこに立っていたのは、ゴーダンとサフィア。

 「意識を戻す……それがなんだってんだ」

 グマルカの問いに答えることなく、修は説明を続ける。

 「過去に戻る条件は悪いこと・・・・・をした時だ。俺が思い描く悪いこと・・・・・・・・・・を、一つでも行えば・・・・・・・……お前の記憶・意識は、この日この時に戻ってくる……何度でも・・・・な」

 「なに、それ……」

 能力の恐ろしさに最初に気付いたのはクリマ。肝心のグマルカは「悪いこと」というあまりにも幼稚な言葉を聞いて、鼻で笑っていた。

 「待て修! その条件はやりすぎだ! あまりにも重すぎる!」

 滅多に大声を出さないゴーダンが、修に言葉を放つ。あまりの慌てように、サフィアが「どうして?」と口にする。

 「悪いことというのは、人や場所、時期や見方。様々な要素によっていくらでも変わるし、解釈次第でどうにもなる。曖昧だからこそ境界線がはっきりしないし、その範囲も広い。悪いことと一言で片付けず、どれが駄目でどれが良いかをしっかり教えなければ、人はルールなんて守れやしない」

 ゴーダンは急いで修に近づこうとするが、傷が深く、膝をついてしまった。

 「どれが悪いことかもわからない以上、実際に過去に戻される以外で、それを判別することは不可能。やってみなければわからないんだ。最低でも数千回は戻されるだろう。悪事を働く場合は戻されて当然かもしれないが、問題はその逆」

 敵であるクリマすら無視して、ゴーダンは足を引きずり向かっていく。

「改心して、どれだけ正しく生きようが、数十年経った後でも、たった一つの悪いこと・・・・・・・・・・で、それまでの一切が無駄になる・・・・・・・・・・・・・。その記憶を持ったまま、この時間に戻されるんだ」

 「そんな……」恐ろしさを理解したサフィアが、銀色の目で修を見る。

 「この能力の肝は、悪いことが修基準・・・であるということ。それが理不尽とも言える難しさを生み出している。回帰を重ねた本人が感じる時間は数十、数百年を越えるでしょう。精神は保たないだろうね」

 ゴーダンは基本的に、罪人を捕まえた時は、死んだ方が良いと思うような目に合わせる。修が使おうとしている能力は痛みを伴わず、死に繋がるわけでもない。

 それでもゴーダンは手を伸ばす。

 「駄目だ! やめろ修!」

 その言葉は、修に届かなかった。

 「――ベル・キロニカ」
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