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第七章 ~欺瞞~

7-10.呪いが解けて

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 喜びかけたのもつかの間、ロイクがそう口にした。少しだけ身構えた修とサフィアだったが、出てきたのは意外な言葉だった。

 「カダムとやらをここに連れてこい。荷物もまとめてな」

 ゴーダンは笑いながら立ち上がると、拍子抜けする二人を置いてカダムを迎えに行った。

 「おじちゃん誰?」

 「ロイクだ。お前が望むなら、そこの猫と一緒に新しい家に連れて行ってやる。どうする?」

 屈みながら言うロイク。眉間の皺の数こそ変わっていないが、子供への接し方は普通だった。

 「古いお家は……みんな遊びに来る?」

 「あぁ」 反転した言葉もすぐに理解し、肯定するロイク。

 「……メタリィとずっといっしょにいられる?」

 メタリィが目を見開く。偽らざる本音。呪いが解けたのだ。

 「きっとな」ロイクの言葉を聞いたカダムは、目を輝かせた。

 「じゃあ、行く!」

 元気の良い返事を聞きながら、ロイクは修とサフィアに目を向ける。

 「怠惰の時の借りはこれで返した。行くぞ」

 ロイク達が去ろうとした瞬間、複数の足音が聞こえてきた。カダムが耳を押さえたのを見て、全員がその方向に目をやる。

 「居た! 勇者様だ!」

 歩いてきたのは、同じ様に呪いが解けた住民達。

 「ありがとう! あなた達のおかげで、私達は本当のことを言えるようになりました!」

 「思った通りのことが言える。こんなに嬉しいことはない! 清々しい気分です!」

 「あぁ! 空は曇っていても、私の心はこんなにも晴れやかだ。英雄様という太陽が現れてくれたから!」

 「本音……なんだよね?」

 「そのはずだ。呪いは長くても半日。大体はそれより早めに解ける。ここまで早いのも珍しいがな」

 サフィアが疑問を持ったように、住民達の言葉は大げさで、軽いと感じていた。

 「これでこの町も平和に……」一人が言葉を詰まらせる。

 「勇者様。どうして「それ」が生きているんです?」

 カダムを見つけた瞬間、住民の目が座った。

 欺瞞の呪いとメタリィの力による抑圧は、そのままカダムへの怒りへと変わっていた。狂言病の時は疑っていなかった者も、今ではカダムを憎んでいる。

 「そのまま耳を閉じていろ。町を出るまでな」

 耳元で聞こえたロイクの声に、カダムが頷く。

 「それは災いを呼ぶ。忌み子が居る限り、私達は安心して眠れません」

 正直に、思うままに言葉を返す住民。人間……それも子供に向ける言葉ではなかった。

 「この子は私達が預かる。それでいいでしょ?」

 ゴーダンの言葉を聞いて、男はこう返した。

 「私達を狂わせた罪を償うべきだ。それにもう、大人も子供もない」

 豹変したかのように、言葉と雰囲気が変わる。さっきの褒め言葉も、より嘘に聞こえてくる。

 修とサフィアは何も言わなかったが、怒りと哀れみ、驚愕を孕んだ微妙な顔をしていた。

 メタリィが全力で威嚇するが、意味はない。

 「行くぞ」背を向けるロイク。これ以上言葉を聞けば、皆の毒になると判断したのだ。

 カダムは更に深い傷を負い、修とサフィアは助けなければ良かった・・・・・・・・・・と思ってしまいかねない。

 木の棒を拾った男が、言葉を放つ。

 「待て! そいつは置いていけ! 俺達がこの手で――」

 「その先を言えば、また災いが起こるぞ」

 振り向いたロイクが、長剣に触れる。次に口を開いたのは修。

 「あなた達が嘘つきになったのは、この子が原因ではありません。泥の魔物です」

 こんなに気が進まない説明は初めてだった。

 住民達の目はかつて自分を虐めてきた奴らとよく似ていた。乗り越えたとは言え、この目つきには未だに慣れない。修は住民達一人ひとりの目を見ながら、更に続ける。

 「その魔物は倒しました。もうあなた達を歪ませる存在はいない」

 「だが、こいつが居たから狂言病が……」

 メタリィが鳴く。違うと言っているのだ。発生原因は現在に至るまでわかっていない。

 「当然、証拠はある上で言っているんだろうな?」

 ロイクの凄みと証拠がないため、押し黙る男。その姿が、更に修達を失望させた。

 「これ以上汚い言葉を吐くな。こいつらの傷に障る」

 敵に放つような鋭い殺気を向け、住民達を威圧するロイク。

 「で、でも……」

 「お前達の呪いを解いた恩人を、外道を救った道化にしてやるな」

 でなければ……とロイクが振り向く。

 「俺がこの手で」

 あえて言葉を止めたが、目が合ってしまった住民は棒を落とし、尻もちをついてしまった。

 町を出る一行。その間、住民達を一瞥することもなく、まっすぐ進んだ。



 スピラットから出たところで、耳から手を離したカダムが声をかけた。

 「話し相手になってくれてありがとう。とっても楽しかった」

 その言葉に合わせて、頭を下げるメタリィ。小さい子が、話し相手になってくれたことに感謝する。その事実が、少しだけ修の心を締め付けた。

 「おじ……メタリィを大事にな」

 カダムが力強く頷き、メタリィを抱き上げた。

 ロイクの行くぞという声を受け、歩き出すカダム。そんな二人と一匹の背中を見送りながら、修がぽつりとつぶやく。

 「誰かを守るために仮面を使う……か」

 「それが、あの人の戦う理由だった」

 サフィアが答える。修と同様、サフィアも後ろめたさを感じていた。

 これから会うメオルブにも、もしかしたら引くに引けない事情を持っているかもしれない。誰かを救い、守るために戦っているかもしれない。

 そんな相手とは戦いたくない。だけど、約束も果たしたい。どっちも本当の気持ちだ。

 「私達も行こうか」

 ゴーダンがちょっとだけ大人になった二人の背中に触れる。

 お守りを握った修は、ゆっくりと歩き出した。躊躇うことがどうなるかを教わった。だから、迷わずに戦う。本当に果たしたい約束のために。
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