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第七章 ~欺瞞~

7-2.日記

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 曇天と緑の少ない景観が混ざり、暗い雰囲気を感じさせる町中。しかし、住民達は酒を飲んだり、洗濯物を取り入れていたりなど、普通に生活しているように見えた。

 王都に比べると人は少ないが、それでも往来を歩く人間を見るのは久しぶりだった。

 どこか窮屈な感じがするのは、土地の高低差と高い壁のせいだろう。曇り空が、いつもより遠くに感じた。

 「見た感じは普通だけど……」ゴーダンが辺りを見回す。まだ見つかっていないが、ここにメオルブが潜んでいるのは間違いない。

 ふと、誰かが駆け寄ってきた。思わず身構える修。

 「よく見る顔だな。ここは良いところだから……」

 それを聞いた三人はそれぞれ「誰かの知り合いなのだろう」と思った。しかし、次の言葉でそれは吹き飛んだ。

 「さっさと帰れ!」

 被り物をした男性はそう言うと、頭を下げた。

 ものすごい剣幕で放たれた言葉。むしろ、こっちの方が呪われている住民らしいと修は思った。

 「私から黙ったりしたりしなければ、おかしい黙り方ができる。だから君らから黙れ。もっと黙りたいんだ」

 男性は膝を付き、俯いた。男は既に呪われていたのだ。

 「何回黙れって言うのこの人」

 サフィアが率直な感想を口にする。

 正解は四回。口にこそしなかったが、ゴーダンがしっかり数えていた。

 これまでたくさんの呪われた住民を見てきたが、ここまで難解なことを言われたのは初めてだ。男の台詞を何度か反芻してみたが、誰も理解できない。

 「帰れ! ご飯は渡さない!」

 修の膝を掴みながら、更に難解な言葉を吐く。言葉と動作の矛盾。そこからどんな呪いか組み立てていると、洗濯物をしまっていた女性も「出て行け!」と怒鳴ってきた。

 「帰れ!」「五人いる!」「出て行け!」「出しゃばるな!」「晴れるよ!」「ほっとけ!」

 段々火がついていった住民達が、各々の言葉を吐き出す。不信の時を思い出す修。あの頃よりは平気だ。今は知識に加え、実際に呪われかけた経験もある。

 「俺達はこの町を……あなた達を何とかするために来ました。安心してください」

 泣きながら裾を修の裾を掴む男に、優しく言い聞かせる。男は顔を上げると……

 「ふざけんな! さっさと帰れ!」

 渾身の大声を放った。その直後に手を離し、何度も頭を下げた。

 修達は町中を周り、手がかりを探すことにした。

 「すごかったね……」様々な大声に圧倒されて、少し落ち込むサフィア。嫌な過去を思い出したのだろう。

 「まぁ本心じゃないだろうから、大目に見てあげてね」

 「住民は会話ができないだけで、襲ったり邪魔してきたりはしない。そこは安心していい」

 何度も住民を見てきた修がそう口にする。

 「お兄さん達がどこから来ようとどうでもいいよ」

 ふと、近くで遊んでいた子どもが、修達にそんなことを言ってきた。

 「ごめん、もう一回言ってくれるか?」

 「お兄さん達ってここの町の人だよね? 何度か見たことあるからどうでも良かったんだ」

 幼い子供特有の要領を得ない言葉とは少し違う。それに内容はともかく、こっちの指示に従った・・・・・・・・・・

 更にもう一回聞くのは気が引けた修は、言葉の意味をしっかり考えようとした。

 子供は修達に飽きてしまったのか、どこかへ走って行ってしまった。

 「……わからん。あれ、居ない……」

 「聞き込みは私がやるよ。君達は場所や痕跡を調べてくれ」

 ある仮説が浮かんだゴーダンは、その検証も兼ねて聞き込み役を買って出た。

 「行けるのか?」「任せて」

 騎士団時代の差別や、出動した先での住民からの罵詈雑言。「悪意の籠もった暴言」に比べれば「無理やり言わされている悪口」など屁でもない。

 修とサフィアはその背中を見送った後、視界の端にぽつんと空き家があるのを見つけた。

 「すいません。あの家って……」

 石を積み上げて遊んでいた老人に聞くと、こう返ってきた。

 「生きた人が住んでいる。安全だから行ってみればいい」

 話しとは裏腹に、空き家は屋根に穴が空き、扉は開け放しになっていた。そこから見える中はボロボロで、とても人が住んでいるとは思えない。

 まるで真逆のことを言っていると気付いた修。となると「生きた人」という変わった言い回しも……

 呪いの正体を考えながら、空き家へと向かっていった。

 色の落ちた椅子や穴の空いた天井。触れただけで欠けていく本や、容器に溜まった変な色の水など、空き家の中は散々だった。

 埃に蒸せそうになりながら物色していると、サフィアが一冊の日記を拾ってきた。開いただけでバリバリと音がしたが、何とかページを捲っていく。

『今日、シュンさんの家を引き継いで暮らしていた夫婦が死んだ。夫は奥さんに殺され、奥さんは狂言病に侵されていた。横たわる死体……死というものが分からず、首を傾ける『カダム』が不憫で仕方なかった』

 「これは……」と口にする修。あまり気分の良い内容ではなかった。

 「狂言病……」

 「たまに聞くが、それってどういう病気なんだ?」

 「ある日突然、めちゃくちゃなことを言うようになって、日に日に凶暴になっていくの。そして最終的に誰かを殺したり、自分で命を断ったりする」

 言葉がめちゃくちゃになる……この町の呪いに似ているが、凶暴にはなっていない。そもそも、狂言病は確か……

 「でも少し前に、狂言病はぴったりとなくなったの。だから今では、迷信とかでっちあげ、別の病気だとか言う人も居るんだよね」

 ナディル人を蝕んでいた病気……罹患している人間を見ていないにも関わらず、修は迷信ではないと感じた。

 サフィアが次のページを開く。

 『夫婦の死を皮切りに、この町の住民が次々と狂言病になった。私の友が殺され、恩師が命を絶ち、兄が狂った。理解を置き去りにするほどの、突然の不幸の連鎖。私は狂いそうになる自分をなんとか押さえ、原因を探ることにした』

 「偶然……だよな?」「わからない……」

 『全ての原因はカダムだ。あれは忌み子だったのだ。私はいの一番に処刑すべきだと訴えたが、誰も信じてはくれなかった。このままではまた災いをもたらす。私はめげずに、何度も訴えた』

 くっついて開けなくなったページなどもあり、全てを読むことはできなかった。カダムを忌み子と思った理由などが抜け落ちていたのだ。

『訴えは聞き入れられず、結局少し離れた家に隔離することで落ちついた。私はそのまま命を奪おうと思ったが、狂言病がぴったりと止んだことと、妻に幼い子供を殺さないでと泣きつかれたことで、思いとどまった。カダムを忌み子だと思っていたのは、私だけだったのだ』

 次のページをめくる。

『ある日突然、肉屋のトニーの物言いがおかしくなった。かつての狂言病のように、めちゃくちゃな言葉を口にするようになった。しばらく続いていた平和が、壊されようとしている。カダムの復讐だ。成長し、物心がつき、自分がされたことに気付いたのだ。やはり生かしておくべきではなかった。今殺さなければ、みんなが死ぬ』

 日記はここで終わっていた。このページは汚れが特に激しく、インクをこぼしたような黒塗りの部分もあった。

 猫が踏んだような跡で見づらかったが、日付も何とか分かった。今から半年前だ。

 「半年……狂言病がなくなってちょっと経ったくらいだね」

 「災いを呼ぶ子供、忌み子か。信じてるわけじゃないが、完全に無関係とも思えない」

 それに、生きているかどうかも……

 「行ってみよう」

 日記をしまうサフィアの後を追い、修も空き家を出た。
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