上 下
50 / 94
第七章 ~欺瞞~

7-1.久しぶりの稽古

しおりを挟む
 岩の多い荒れ地にて、金属音が木霊する。直後に、修が尻もちをつく。

 「ぐっ!」

 素顔のゴーダンが「もう一度」と促す。修とサフィア相手に兜はいらないと判断し、壊して捨ててしまったのだ。

 少し離れた場所では、岩に座ったサフィアが二人を見ていた。

 修とゴーダンが行っていたのは棒術の鍛錬。修に伸びしろがあると感じた彼女は、同じ様に棒を振るい、指導していた。

 「君は確かにすごいけど、接近戦ならまだ私の方が上だし、魔法もサフィアの方が上だ」

 薄々感じていたことを言われ、少しだけ気分が沈む修。それでもめげずに、気持ちを切り替えるように攻撃していく。

 剣術はともかく、伸縮や魔法を使わない純粋な棒術でさえ、ゴーダンの方が上だった。

 「だから、片方に頼るような戦い方ではなく、両方の力をしっかり引き出すんだ」

 「といっても、今は魔法禁止だけどね」おどけながらも、ゴーダンは修の攻撃を捌いてみせる。

 「持てる力を出しきらないで勝てるほど、ザウリム達は甘くないよ」

 「……わかってる」

 戦い方の理想は、片手にリオン・サーガを持ち、もう片方の手で棒を持つ。
 
 魔法を打ちたければ棒を放り投げ、両腕で棒を振るいたいなら、リオン・サーガを消して握る。

 カレンから教わり、ずっと磨いてきた戦い方だ。頭では分かっている。

 「続きはあいつで試そう」

 ゴーダンが見たのは岩陰。魔物らしき物がこちらを見ていた。

 見た目は真っ黒な狼。これまで見た魔物の中で、一番動物に近い。

 黒い狼は目が合うと同時に、雄叫びをあげて仲間を呼んだ。

 「増えた」集まってきたのは同じ狼や鳥、猫など様々な動物。影がそのまま動物を象っているだけで、模様も体色もない。ただ、額の部分に目が一つと、口があるだけ。

 「数が多いだけか」突っ込んできた狼を叩き潰すゴーダン。続くように、修も近くの魔物を薙ぎ払う。

 空中の魔物はサフィアが対処し、数を減らしていく。

 「私との一騎打ちを思い出して。君はある魔法を使ったはずだ」

 ゴーダンが言っているのは、リオン・サーガを使わずに出た光弾。

 「よし……」

 棒と本を消し、意識を集中する。

 「出ろ!!」向かってきた狼目掛け、両手を向ける修。

 ――出たのは、小さく弱々しい光。速度もなく、埃のようにふわふわと舞っているだけ。

 「魔法か?」「あんな魔法知らない」

 ゴーダンの質問にサフィアが答える。

 時間が止まった気がした。肝心の狼はそれを見て驚くどころか、餌と勘違いし、光を飲み込んだ。

 「当たれば何か効果があるかも」と思い見ていたが、狼はゆっくりと近づき、修の腕に噛み付いた。

 「いってぇ!!」

 止まっていた修の時間が動き出し、エルフィで追い払う。

 その後も何度か試したが、出たのは蛍が発するような、弱く不安定な光のみ。

 弾とは程遠いただのふわふわした玉は、猫に前足で遊ばれ、鳥には突かれた。

 魔物を片付け終えた修が、自分の手を見つめる。無我夢中で出していた光弾は、リオン・サーガを使わず、自分で直接出せる魔法だった。

 自分自身で魔法を撃てると分かったのは、素直に嬉しい。だが、こうも不安定では……

 「自在に出せるわけじゃなかったか」言いながら修の背中に手を当てる。

 「無我夢中で出していたものが、意識して出せるようになった。立派な前進だ」

 「魔法で大切なのは、できるって信じること。覚えておいて」

 ゴーダンの後にサフィアが続ける。修はわかったと返し、前を向いた。

 「それよりも、あれみたいだね」

 魔物はメオルブへの道標。ゴーダンが目を向けた先には、町が見えていた。

 「あれが、クー・マーチアの人が言ってた不気味な石の城か」

 高い石の壁に、山のような縦長の景観。門から見えるのは大きく長い坂と、斜めに並んで見える建物の数々。

 町の名前は『スピラット』高所にある民家の屋根が、城特有の尖った屋根のように見えることから、石の城と呼ぶ者もいる。

 「なんか……暗いね」

 無骨な石の部分が多く、緑はほとんどない。サフィアの感想に、修も無言で共感した。

 ゴーダンが仕入れたのは、スピラットの周辺に、変な生き物が居るという情報。

 「住民がおかしい」や「巨大な化け物を見た」とは違って遠回しな情報だが、近くに別の町もない以上、必然的にスピラットが怪しくなる。
 
 修達は曇天の中、大きく頑丈そうな石の門を潜った。
しおりを挟む

処理中です...