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第六章 ~怠惰~

6-4.近くないから見えたこと

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 翌朝

 宿屋を出たが、住民の位置はほとんど変わっていなかった。別の部屋で寝ていたサフィアを待つつもりだったが、すぐにあることに気付いた。

 「ロイク……?」

 昨日ロイクが居た場所には、血だけが残っていた。昨日までは確かに寝ていたはず。

 「おはよ~」

 寝ぼけ眼のサフィアが、一気に目を見開く。

 「これっておじさんの……」修よりも少しだけ早く状況を理解するサフィア。

 「血は湖に続いている。急ごう」「ゴーダンはどうするの?」

 「先にこれを追っていったかもしれない」

 血をたどり、湖へ到着した二人。赤い目印は水面の手前まで続いていた。飛び込んだとしか思えないと思い、近づく修。つま先がはみ出すほどの先端に立ち、遠くに目をやっていると、サフィアの悲鳴が聞こえた。

 「きゃあああああ!!」

 目を向けると、赤の甲冑がサフィアの胸ぐらを掴み、持ち上げていた。

 「サフィア!」急いで駆けつけようとする修。棒を構えた瞬間、青の甲冑が水面から飛び出してきた。

 青の手甲が修の足首を掴み、転倒させる。

 「どけっ!!」

 急いで起き上がり、目の前に立ちふさがった甲冑を叩く。攻撃は当たっているが、簡単には倒れてくれない。

 「くっそ!」相手にしている暇はないと判断し、赤い方へ向かう修。

 赤い甲冑は腕を振るうと、湖にサフィアを投げ飛ばした。

 「お前!」棒を伸ばして赤甲冑の頭部を叩く修。

 「轟音豪……」

 詠唱する修に斬りかかる青の甲冑。ニ撃目を棒で受け止めたが、片手なのでじりじり押されてしまう。

 「お前ら……」駆け寄ってくる赤。剣を振り下ろす青。ニ色の甲冑をにらみつける修。
 修の耳に近づいてくる二人分・・・の足音。直後に聞こえてくる、女性の声。

 「置いていくなんてひどいな」

 もう一つの足音はゴーダンだった。修は本を消し、棒を両手持ちにして青鎧を押しのける。

 「サフィアが湖に落ちた」続いてゴーダンの隣に移動し、簡潔に現状を伝えた。

 「落ち着くんだ。私がこいつらを引き受けるから、君はサフィアちゃんを助ける。いいね」

 その案に乗ろうとした修の耳に、今度はサフィアの声が聞こえてきた。

 「私は大丈夫! 泳げるから!」

 修は「しかし……」と食い下がったが、それ以上に「いいから!!」と強く言われ、甲冑の方へと構え直した。

 「なら、湖に行かせないようにしないと。あんなのに纏わりつかれたら、重くて沈んでしまう」

 「あぁ」返事と同時に、修は青い方へと棒を振り下ろした。

 しばらく剣と棒をぶつけ合う。一対一なら負けはしない。そう思っていた修は、なかなか甲冑を倒せずにいた。

 「こいつ……」躱せていたはずの攻撃が、修の衣服を裂く。入っていたはずの横薙ぎは、盾で防がれた。

 「昨日より強くなっている?」

 直後、ゴーダンが赤の甲冑を胴切りにし、そのまま青の甲冑へ斬りかかる。

 青の甲冑はしばらくゴーダンと斬り合った後、地面に倒れた。原型は保ったままだったが、動く様子はなかった。

 「これでしばらくは大丈夫」

 それを聞き、改めて湖の方へ目を向ける修。泳げるから大丈夫だと言っていた本人は、その場から動かず、板を支えにして浮いていた。

 不思議に思いながら、修は棒を伸ばす。サフィアが掴んだのを確認すると、ゆっくりと縮めた。

 「ありがと」陸に上がったサフィアを見て、ゴーダンが質問を投げる。

 「泳げないのに気を遣ったの? 修や私を戦いに集中させるために?」

 そうではなかった。泳ごうとした瞬間、サフィアは不自然さを感じたのだ。それが気のせいかどうかを確かめるため、動かずに見ていた。

 湖は冷たかったが、怪しまれず、遠くから観察するのに都合が良かった。

 「っくしゅ!」 サフィアがくしゃみをする。そしてゴーダンを見つめ、こう言った。

 「修、ちょっとだけ見てて。絶対に、手を出さないで」

 サフィアの手に炎の球が現れる。ちょっとした違和感や気になる箇所はいくらかあった。確信したのはついさっき。後は、目の前で証明するだけ。

 ――二度も助けられたからこそ、疑えなくなっている仲間の目を覚ますために。

 修の返事を待たずに、サフィアはエルフィを飛ばした。甲冑は二体とも片付けた。敵は無力化したはずだ。

 火球の向かう先に居たのは、ゴーダン。

 「おい、なん……で……」

 結論から言うと、エルフィは当たった。ゴーダンにではなく、倒したはずの青い甲冑に。

 火球が放たれた瞬間彼女の前に立ち、まるで守るように盾を構えた・・・・・・・・・・・・のだ。

 一連の流れを見て語尾を弱めた修。「なんで」という言葉は、口に出した瞬間と直後で意味合いが変わっていた。

 「危ないよ、サフィアちゃん」言いながらゴーダンは剣を振り、青い甲冑を一撃で地面に倒れさせた。

 「やっぱり……ゴーダンがメオルブだったんだね」

 驚く修と、特に否定もしないゴーダン。

 「どうしてそう思う?」

 「色々おかしいと思ってた。強そうな見た目を狙うはずの鎧が、修を狙ってた」

 「はは、ひどい言われようだね。見た目が弱そうだってさ」

 屈強な鎧を全身に纏うゴーダンが、特に鎧らしいものを身に着けていない修を笑う。

 筋肉があるわけでもなく、目つきも普通。目の前の鎧騎士と比べて、修は強そうと言える見た目ではなかった。

 実際に、弱そうだと言われたことも何度かある。

 「本当にその習性を持っているなら、真っ先に狙われるのはゴーダンのはず。でも、こいつらは最初に必ず、修に斬りかかっていた」

 端から見れば修の方が弱く見えるだろう。しかし、それでも修は狙われた。その矛盾からサフィアはメオルブは修の強さを知っている人間・・・・・・・・・・・・・・・・・だと考えた。つまりは、顔見知りの犯行。

 当の修は記憶を巡ったが、言われてみれば確かに……程度としか思えなかった。甲冑との戦いでは何度かゴーダンに助けられたし、背中を預けて戦っていた。その動きが作為的かどうかなど、判断できなかった。

 サフィアは修ほどゴーダンをよく知らず、深く信用もしていない。それどころか、ちょっとだけ嫌なことを言われ、不機嫌になったこともある。それが、ゴーダンを疑う気持ちを植え付けた。

 「鎧は修しか狙わない。その間に割り込んで鎧を斬れば、助けたふりができる。それに自分の能力なら、背後を取って斬るのも、一撃で破壊するのだって簡単」

 修の攻撃とサフィアの魔法でようやく破壊できた甲冑。しかしゴーダンは、それを一撃で斬り伏せていた。本気だった様子もない。

 「偶然じゃない?」

 「それでも良いけど……庇われたのはどう説明するの?」

 あっさり認め、代わりに別の切り口から攻めるサフィア。ゴーダンがしばらく黙っているのを見たサフィアは「黙っちゃったね」と口にし、更にこう続けた。

 「その能力はあまり複雑な命令はできない上、最優先で主を守るようにできている。だから、勝手に動いてしまった・・・・・・・・・・

 「それも偶然だって言ったら?」

 返事代わりにエルフィを放つサフィア。また青鎧が起き上がり、攻撃を止めた。

 「さっきのは露骨だった。勝手に動いちゃったから、取り繕うように剣を振った。でも斬り倒したんじゃなくて、それっぽく見えるように倒れさせただけ。だから、すぐに起き上がってこれた」

 ゴーダンはもう、青い甲冑を斬ろうとはせず、甲冑もまた、立ったまま動きを止めた。

 「他にも色々ある。この町の地形を把握しすぎているし、誰かからゴーダンさん、今日も見回り?って聞かれてた」

 修も気付く。

 「その質問は、一日二日見回りしている程度じゃ出て来ない」

 「いやいや……中には居るかも――」「毎日毎日って言ってたけど?」

 他にもサフィアは犬がゴーダンに吠えたことや、メオルブの呪いに詳しいことなど、小さく弱い証拠を突きつけた。

 犬は飼い主のために威嚇したとも取れる。呪いに詳しいのは、推測がたまたま当たっただけ。どちらも、偶然と言ってしまえばそれだけのこと。それらを個別でぶつけていれば、ゴーダンも逃げられただろう。

 偶然という言葉で逃げるのは簡単だが、そう何度も使えるものでもない。

 質ではなく、証拠の量でゴーダンをメオルブと断じるサフィア。やんわりと否定していゴーダンも、いつの間にか黙って聞いていた。

 「それと、おじさんはメオルブの顔を知らないって言ってた」

 サフィアが最後に出したのは、これまでで一番曖昧で、どうとでも受け取れる証拠。ゴーダンもそう思ったらしく、反論した。

 「ほとんどこじつけじゃないか。それでメオルブ扱いは……」

 「ゴーダンもおじさんも同じ騎士団にいたんでしょ? おじさんの前で、兜を外したことはある?」

 再び黙るゴーダンに、サフィアはこう言った。

 「その兜、今すぐ外してみせて」
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