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第三章 ~不信~

3-4.呪い

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 「静かすぎる……こ、この村がこんなに静かなはず……」

 ふと、遠くに見えた家から誰かが出てきているのが見えた。

 一際遠くにある青い壁の家は、昨日訪ねても完全に無視された家だ。まだ何も聞いていない。

 華奢な体に白い髪。目元の隈などが目立つ男の名前は『ニュアクス・シール』マカやフレットと同年齢の、二十二歳の青年だ。

 修達が見ていることに気付き、急いで扉を閉めようとするニュアクス。コルオは一気に近づき、扉を掴んで止めた。

 「ちょっとだけお話しよ? 面白くなくてもいいからさ」

 「すいません。ちょっと聞きたいことがあるんですけど!」

 からかわれた腹いせに、ちょっとだけ語尾を強める修。事情を知らないニュアクスからしたら、たまったものではない。

 「こっちは話すことなんて無い! 帰ってくれ!」

 最後の村人に少しだけ期待したが、安定の反応だった。落胆する修に、更に追い打ちをかけていく。

 「あんたたちも早く村から出て行け! どうせろくなことをしないに決まっている!!」

 情報は得られないが、影響を受けていることは確認できた。

 「この人もやっぱ人間不信?」とコルオが手を離す。

 「いいから失せやがれ!!」

 ニュアクスは最後にそう言い放つと、力強く扉を締めた。

 「結局会話ができたのは、フレットさんとマカさんの二人か」

 「つまり、その二人のどっちかがメオルブ」

 親切にしてくれた人を疑いたくはない。しかし、会話ができて優しいのは、影響を受けていないということでもある。それが、メオルブである強い証拠になる。

 フレットもマカも、怪しい感じはなかった。本当にメオルブではないのか、それとも上手く隠しているのか……

 奇妙な感覚だった。二人を信用すればするほど、メオルブである疑いが大きくなっていく。

 「もう一度聞くしかないか……」

 気の進まない修の耳に、足音が聞こえてくる。村人は家の中のはず。となれば……

 「まだ居たのか、お前ら」

 ロイクだった。微妙な顔をする修とコルオ。

 「早々に消えてくれれば楽に進めたんだが……それではそれで仕込みが無駄になるか」

 住民と同じくらい辛辣だが、そもそもの方向が違う。ロイクは仮面の影響を受けておらず、正常だった。

 「何か用かよ」

 「歩いてたらたまたま目に入っただけだ。メオルブ探しは順調か?」

 修は黙ったが、ロイクはまだのようだなと言い、辺りを見渡した。

 「お前達が来て今日で三日目。早ければ今日にでも影響が出始めるだろう。明日にでもなれば、お前もあいつらの仲間入り……完全に呪われる・・・・

 ロイクは仮面の影響を『呪い』と呼んでいた。修は少し大げさではと思ったが、口にはしなかった。

 「心配してくれてたり?」

 「少しな。標的以外を狙うのは流儀じゃない」

 少しだけ優しいところも……と思う修。しかし、その期待はすぐに打ち砕かれた。

 「お前らが呪われ、村人のような態度を取ってきたら、今度は斬り殺すかもしれん」

 「そうかよ」

 「今のところ新たな死者は出ていないようだが、放っておけば必ず次の犠牲が出る。メオルブが憂さ晴らしで手をかけたり……」

 サージュに殺された人間や、ミレイに飲み込まれた盗賊を思い出す修。

 「呪いが最悪の形に作用することで、死ぬこともある」

 「呪いが死につながる? ただ言い合っているだけなのにか?」

 「言い合いで終わる保証はない。相手の言葉が単純に不快なら、思わず手が出る。そこから殴り合い……殺し合いに発展すれば、死者も出る」

 「そんなことあるわけ……」断言できない修。帽子の二人の言い合いは凄まじかったが、殴り合いに発展しなかった。

 しかし、ロイクの言うことも一理あった。


 「長い目で考えれば、その可能性もある。それに、信じられなくなるのは人間だけじゃない。自分が口に運ぶものへ疑いを持ってしまえば、食事自体をやめてしまい、餓死へと繋がる」

 あまりにも飛躍していると感じる修。コルオも同じ様に思ったのか、疑問を口にする。

 「大げさすぎない? 死ぬくらいなら食べるでしょ?」

 ロイクがついてこいと言い、二人を空き家へ案内する。ロイクが宿泊に使っていた場所だ。

 「ここにはかつて死体があった。村人に聞いたところ、死因は餓死だったそうだ」

 ロイクは続ける。

 「ここの住人は最初に人間不信になったらしく、村人に強く当たるようになった。しかし、だんだん人以外を疑うようになっていき、あらゆる道具を捨てていった。そしてしまいには食べ物……それも自分で育てた作物にすら疑いを持ち、口をつけずに死んでいったそうだ」

 修の顔が曇る。

 「そいつを助けようにも、人間不信をこじらせ、取り付く島もない状態。死にかけとは言え、これまでさんざん暴言を吐き散らしてきた人間だ。村人も助ける気にはなれなかったのだろう」

 影響を受けた人間は結局死なないのでは? 呪い呼びは大げさでは? 修が抱いた二つの疑問の答えを、ロイクは教えてくれた。

 「食事や排泄などの、生きる上で欠かせない行動に影響を与え、阻害する。それが仮面の影響……いや『呪い』だ」

 生き物が持つ欲求や本能の更に上に居座り、人を狂わせる。改めて、とんでもない代物だと思い知る修。

 「剣に刺され、魔法で焼かれるだけが死ではなく、化け物に村を襲われるだけが、滅びではない。呪いでも人は死ぬんだ」

 ロイクの言葉は正しく、修の心に重くのしかかった。

 「臆したか?」 「……まさか」

 否定した修に、ロイクは更に重ねる。

 「少し親切にされた程度で、多くの命を弄ぶ人間を斬れなくなるのなら、お前も同類だ」

 ロイクは気づいていた。普通に考えればメオルブが誰になるのか。そして、修が抱えている迷いにも。

 「さぁ甘ちゃんの坊や。お前は宿と飯をくれた悪魔を斬れるか?」

 ロイクがわざとらしく挑発する。修はそれに目くじらを立てることなく、頭で考える。

 親切……とまでは言わずとも、仲良く話した人間がメオルブだったのは、初めてではない。

 苦しくないと言えば嘘になる。迷いを否定するつもりもない。それでも……

 「やるさ。そのために、俺はここに居る」

 カレンとの約束を果たす。そのためなら修は戦える。

 「だったら、試してやろう」

 ロイクは外へ出ると、手のひら大の岩石を手に取り、空高く放り投げた。

 岩石は監視塔に吊るしてあった鐘に当たり、村中に大きな音が響いた。
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