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第二章 ~悲哀~

2-4.足のない化け物

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 酒瓶を投げ捨て、懐から取り出したのは一つの仮面。

 「ミレイ……さんがメオルブだったか」

 微妙な気分だった。ミレイへの不信感や疑問が大きくなっていたせいで、驚きの方が少なかったのだ。

 「お前も飲み込んでやるからぁ!!」

 むき出しの敵意を見せ、仮面を被るミレイ。全身を黒い光が包み込む。光はやがて太く大きな柱となり、そして消え去った。

 出てきたのは足のない、巨大な二本の腕を持つ化け物。右腕半身が緑、左半身が青色をしていて、顔の部分には小さい仮面と真四角の口があるだけ。

 「ごめんねって言っても聞かないから!」全く動かない口から声が漏れる。

 「中身のないごめんねは、あんたの口癖でしょうが」コルオの言葉に怒ったのか、メオルブの咆哮が聞こえてきた。

 「人を泣き虫にする親玉の泣き声は、ひと味違うね」

 武器を構える二人。まだ不快さが残る耳に、今度は甲冑の音が聞こえてきた。

 「ずいぶんうるさいと思ったら、化け物が居るとは」

 現れたのはゴーダン。メオルブに目を向けた後、修達に目をやる。

 「酒瓶が似合う彼女は? 声が聞こえたはずだけど……」

 コルオが「あれ」と顎で前方の化け物を指す。噂は本当だったと思うゴーダンに、コルオはこう提案した。

 「これから大泣き虫で大嘘つきで大酒飲みを退治するんだけど、一緒にどう?」

 「大物なのは間違いないか。喜んで」

 ゴーダンは修達の前に立つと、剣を抜いた。黒い刀身に金の印。まるで月夜のような剣だった。

 どう戦うか考える修を後目に、恐れず向かっていくゴーダン。振り下ろされた腕をかわし、瞬く間に数個の切り傷を刻み込む。

 思わず「やっぱり早い」と漏らす修。コルオも「こいつに任せれば楽かも」と思うほど、ゴーダンの剣技は凄まじかった。

 「あれ?」攻撃が入って首を傾げたのは、他ならぬゴーダン自身だった。情報では強いと聞いていたのに、まるで歯ごたえがない。

 「鬱陶しいなぁ」

 ミレイは特に痛がる様子もなく、面倒そうに息を吐いた。

 足元の虫を薙ぎ払おうと、緑の腕を振るう。ゴーダンは大振りな動きをなんなく躱したが、何故か体を丸めた。兜で見えないが、目を強く閉じている。

 「これ……」

 予想外の攻撃と、その答えがわかったところで動きが止まるゴーダン。ミレイはその隙を突き、思いっきり殴り飛ばした。

 「いきなり止まった?」

 壁に激突し、近くに転がるゴーダン。

 「涙が……止まらない……」

 修の問に、小さくそう答えた。殴られた痛みよりも、流れる涙に苦しんでいるようだった。

 コルオが甲冑についていた液体を指で掬った。そしてそれをわずかに顔へ近づけると、強く目を閉じた。

 「泣かせる液か。仕込みとしては悪くないけど!」

 コルオと修が向かっていく。しかしコルオの蹴りも修の一撃も、大して効果はなかった。

 「ロロロォ!!」

 奇声とともに伸びた緑の腕が、二人を襲う。攻撃を避けるのは簡単だが、催涙液までかわすのは難しい。

 「くっ……!」右肩が濡れたと気付くと同時に、片目を閉じてしまう修。

 距離感を測りかねていると、ミレイの巨腕が修を殴り飛ばした。

 壁に打ち付けられながら、リオン・サーガを開く修。棒で叩いても剣で斬っても、大して効果がなかった。

 「だったら……」

 放つのは風属性の基礎魔法。鋭い風が飛び出し、相手を切り裂く。

 「フーザ!」

 半円状の緑刃が飛び出し、ミレイの顔に当たる。小さい傷を作ったが、ただそれだけ。声すらも漏らさない。

 「全然威力がないね」近くに着地したコルオが言う。

 「この前みたいなすっごい魔法はないの?」

 「あるにはあるが……」修が言いかけると、ミレイの怒号が聞こえてきた。

 「仲良く喋るな!!」理不尽な動機で振り下ろされた腕を避け、それぞれ別の方向へ跳ぶ二人。

 強い魔法を当てる。修も頭では分かっている。しかし、すぐには撃てなかった。原因は見栄のメオルブ、サージュとの戦い。

 せっかくもらった貴重な神術『エルブ・モニカ』それを幻影相手に使ってしまったことが、修を慎重にさせていた。

 使うなら上級……それも、確実に当てられて、ダメージを与えられるタイミングだと考える修。修の考えや魔法事情を知らないコルオは、出し惜しみしているようにしか見えなかった。

 修が棒を構えて向かっていく。考えなしの攻撃ではなく、近づいて観察するためだ。

 ミレイが振り下ろした腕を躱す。腕の攻撃自体は、そこまで早くはない。

 硬めの体……足のない体……何か突破口は……

 考え込む修の両目に強い刺激が走り、たまらず目を瞑る修。催涙液が届く距離を見誤ったのだ。

 好機と見たミレイが、修を潰さんと腕を振り下ろす。

 「修くん居たっ!」

 決まったと思った攻撃は、地面を叩くだけで終わった。ゴーダンが修を抱えて、飛び退いていたのだ。

 「危なかったね」躱した拍子に落としてしまった兜を被り直し、修の方に目をやる。

 お礼を言って涙を拭う修。しかし目は開けられず、染みるような刺激が延々と続き、涙を溢れさせる。

 「ロロロォオオオオオ!!」

 「普通に戦っていれば、催涙液で視界を塞がれ、殴り飛ばされる。強い力と面倒な能力を兼ね備えた化け物、それがメオルブか」

 初めて会ったメオルブの感想を混ぜながら、ゴーダンは分析する。ただの人間が、仮面一つでここまで変わることに、内心驚いていた。

 「その上あの巨体で、普通の攻撃は効かない」

 片方の腕で踏み潰そうとするミレイとそれを避けながら攻撃を続けるコルオ。腕にナイフを突き刺したが、ミレイは気付いていない。

 「何回か一緒に酒を飲んだくらいで!! 友達みたいな顔しやがって!! お土産一個くらいで恩着せがましいんだよ!」

 攻撃とともに不満をぶつけるミレイ。当然、コルオも反撃する。

 「あんたみたいな恩知らずを友達だって思ったことはない!!」

 修にミレイのことを聞かれた時に「友達」ではなく「昔の知り合い」と紹介したのは、謙遜でもなんでもない。ただの本音。

 「あんたなんかただの酒飲みでどうしようもない――」

 催涙液の効果が切れ、ゆっくりと目を開ける修。そして、一人と一体のやり取りを遠くから見つめた。ミレイには足がなく、攻撃方法も単純。ただ、催涙液が滴る右腕を振るうのみ。左腕は体を支えるのに使っている。

 棒を伸ばし、左腕を叩いて転ばせる? 駄目だ。これでは小さすぎる。もっと大きい物を当てれば、あるいは……

 「だったら……!」

 ミレイが右腕を振り上げた瞬間を見計らい、修は棒を地面に突き刺し、思いっきり伸ばした。

 「おぉ?」

 ゴーダンが見たのは、空を飛ぶ修。地面に突き刺した棒を伸ばすことで、自分を持ち上げたのだ。方法も目的も違うが、見栄でやったことと大体は同じ。

 勢いは衰えず、伸びた棒と修はある一点へと向っていく。

 「なに!?」

 修は棒を伸ばして自分を持ち上げ、体そのものを弾丸のようにしてぶつけた。

 片手立ちだったミレイは大きく仰け反り、地面へ倒れた。

「あぁ!」と短く声を上げるミレイと「おぉ」と感心するゴーダン。魔法の使用を避けるがあまりに思いついた作戦は、見事に花を咲かせた。

 思い通りに伸びてくれた棒を握りしめ、心の中で感謝する修。

 「いいねぇ! じゃあついでにこれも!」

 気分を良くしたコルオの靴先からナイフが飛び出す。コルオは球を蹴るように大きく振りかぶると、ミレイの仮面部分にナイフを蹴り刺した。

 顔面への攻撃は流石に堪えたのか、大きな悲鳴を上げるミレイ。

 「よくも私の顔を蹴りやがったなぁ!!」

 痛み・・ではなく、行動・・に激怒したミレイは、両腕をバタバタさせながら体を起こした。

 「私を受け入れないなら、消えろぉ!!」

 なりふり構わず催涙液をばらまくミレイ。そして目を閉じた修相手に、初めて青い左腕を伸ばした。

 突進で崩れた体制と、塞がれた視界。修はまるで対応できず、左腕に潰された。
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