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第二章 ~悲哀~
2-1.火吹き芸と話芸
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荘厳で巨大な門を抜ける。広い道に多くの建物、往来を歩く人々。奥に見えるのは、歴史的建造物のような神々しい城。遠くにありながらも強い存在感を放っている。
「ここが王都『ケノンス・コーエン』……」
雰囲気に圧倒される修。初めて絶景を見た時の衝撃と、祭りへの高揚感が混ざったような気分が修の心を刺激する。
コルオは修の反応を見て、初めて来たのだなと気付いた。
ここは中央の街道。『奇病』が流行っているのは東区にある下町。本当にそうならば、ある点が引っかかる。
「魔物が居ない……?」
魔物はメオルブの周囲に現れる。もしも東区に仮面があった場合、ここらに居てもおかしくはないはず。その疑問にコルオが答える。
「東区は結構遠いからね。それにここは、王様の膝下。騎士団の出動も早い」
居ないのではなく、出てもすぐに討伐されていると教えられ、納得する修。
喧騒に対し「祭りでもやっているのか?」と聞くと、コルオはいいやと返した。
「人通りが多いから、芸を披露したい人や物を売りたい人が店を出してたりするんだよ」
今日は少ない方だけどと付け足し、コルオは辺りを見回す。
「おおっ」たまたま目に入った曲芸を見て、歓喜の声を上げる修。目線の先に居たのは、派手な装飾に身を包み、口から火を吹く男性。
「すごいよねぇ。魔法を使わずにここまでの火を吐けるんだから」
言いながら近づいていく二人。テレビで何度が見たことはあるが、生で見るのは初めてだ。魔法が日常の中にある世界で、火吹き芸に目を奪われる修。
「どうやってるんだ?」と興味津々で見ていると、芸人がこう答えた。
「酒じゃい」
彼の名は『サフタム・ジーン』 各地を巡る旅芸人で、特技は火吹き芸。燃えにくく明るい赤い衣服と、頬に刻まれた十字の模様が特徴的だった。
「サケ・ジャイ?」人名っぽく言う修に、コルオが続く。
「なんじゃいサケジャイって」
「お酒だよ。これを口に含んで、火に吹っかけるように吐く!」
「おおっ!!」もう一度生の火吹き芸を見て感動する修。ここは異世界でテレビは無い。そんな場所で、修は「生で見る迫力」というものを知った。
「チップはこちらじゃい」
「おまけしとくじゃいぜ」
語尾を気に入ったコルオがそういうと、サフタムがこう返した。
「オラッチョの語尾を雑に扱っちゃいけないぜ?」
サフタムが指摘した理由は真似されたからではなく、語尾を正しく使えていないからだった。雑に扱った心当たりのない二人に、新たな疑問が浮かぶ。
「オラッチョ?」 「一人称じゃい」
「わざわざ補足するくらいだったら、一人称変えた方がいいんじゃない?」
修の質問にサフタムが答えた瞬間、すかさずコルオがこう言った。
正論を返されたサフタムは鎮火したように静かになり、お礼とともにチップを受け取った。
次に行こうと促され、コルオの背中を追っていく。金属音がカチャカチャと鳴る。
コルオが足を止めたのは、群青の燕尾服のような衣装を着た女性の前だった。丁度芸を始めるところだったらしく、女性は持っていた杖で地面をトントンと叩くと、口を開いた。
「さぁさぁこれから話したるは姿を偽る魔性の面。被れば人外の力と見た目を与える仮面のお話し」
「これって……」コルオは自分の口に人差し指を当て、短く説明した。
「語り手。物語を情緒豊かに話す人」
首に巻いた青いリボンが風で揺れる。近くの看板には「最強の語り手!『クリマ・プライド』」と書かれていた。
少しだけ、何がどう最強なのか気になった修。
クリマは修やコルオ、見に来た人全員の目を見た後、語り始めた。
「ノグド・クォーガの残骸から作られた仮面。つければ世界がガラリと変わる。本人は変貌周りは疲弊。思いを餌とし膨張続け、周囲に残るはデク・魔物。気持ちが良いのは化け物になった本人だけだ」
「落語家……?」修が口にする。
服装も振る舞いもまるで違うが、心地よい音楽を聞いているような言葉の波が、それを連想させた。
「楽モカ?」復唱するコルオだったが、話しに夢中になっていた修には聞こえなかった。
「お、おとぎ話か?」
語り手の声が聞こえたのか、期待を膨らませた人々が集まってくる。
「何個あるかは知らないが、それぞれ餌も力も違う。全部集めて試してみたいが、我々の顔は一個だけ。何個あってもつけられなきゃあ意味がない」
歌の合いの手のように、杖で地面を突くクリマ。二人は完全に話に飲み込まれていた。修はまばたきを忘れるほどに聞き入り、コルオは時折頷いている。
「一つあったらそれを着けて暴れりゃいい。二つならどっちか選んでつければ結構。三つもあったら人に渡しちまって、四つも持ってつけないのなら、いっそまとめて捨てちまえ」
言葉だけでグイグイ引っ張られるような不思議な魅力を感じる。聞き慣れない単語が入っていても、全然気にならない。
「ノグド然り、アークザンド然り、悪はいつだって裁かれるもの。仮面を着けて暴れていりゃあ、調子に乗るなとハウラが来なさる。仮面被って顔を隠さば、新たなノグドが生まれます。仮面剥ぎ取り相手を倒さば、晴れてあなたは次代のハウラ! 聖を駆けるか邪を往くか、選ぶのは他でもないあなたたち」
杖で地面を二度突いた後、更に地面に円を描いたクリマは「では、これにて!」と丁寧に頭を下げた。
しばらく間が開いた後、盛大な拍手が鳴り響き、空中を硬貨が舞った。修も遅れて手を叩き、チップを投げた。
「あー……その、最後までごしっご清聴いただきありがとうございまった。お話しがおもしろいかったら、私の宣伝と再びのご来訪のほどほど、よろしく……おねがいします。あの、色んなところでおはなおはなおはなお話しやってるんで……」
「すっげぇ変わりよう」
おどおどしだしたクリマを見て、思わずそう口にした修。さっきまでとはまるで別人だった。伸びていた背は丸まり、まっすぐ向いていた目は、誰とも目を合わせぬよう色々な方向を見ている。
「さてと、満足したし、そろそろ行こっか」
「これを見たかったのか?」
道案内も兼ねているコルオを再び追っていく修。
「それはついで……」と返したコルオは、大通りを外れ、どんどん人気のない道へと入っていく。
「表向きは奇病ってことになってるから、まともな入り口は封鎖されてるんだよね。騎士に話しかけられるのも嫌だし、手続きも面倒だからさ。こういう道しかないんだ」
修の心を察したかのように、説明するコルオ。案内されたのは、高さ数メートルの石の壁。中央区と東区を隔てる壁だった。
コルオは近くにある木をするすると登っていくと、枝から壁の上に飛び移った。猫のような身のこなしだった。
「どう? できそう?」
無理だと判断した修は棒を伸ばして体を浮かせ、コルオの隣に着地した。
「なーんかズルくない?」
「ここが王都『ケノンス・コーエン』……」
雰囲気に圧倒される修。初めて絶景を見た時の衝撃と、祭りへの高揚感が混ざったような気分が修の心を刺激する。
コルオは修の反応を見て、初めて来たのだなと気付いた。
ここは中央の街道。『奇病』が流行っているのは東区にある下町。本当にそうならば、ある点が引っかかる。
「魔物が居ない……?」
魔物はメオルブの周囲に現れる。もしも東区に仮面があった場合、ここらに居てもおかしくはないはず。その疑問にコルオが答える。
「東区は結構遠いからね。それにここは、王様の膝下。騎士団の出動も早い」
居ないのではなく、出てもすぐに討伐されていると教えられ、納得する修。
喧騒に対し「祭りでもやっているのか?」と聞くと、コルオはいいやと返した。
「人通りが多いから、芸を披露したい人や物を売りたい人が店を出してたりするんだよ」
今日は少ない方だけどと付け足し、コルオは辺りを見回す。
「おおっ」たまたま目に入った曲芸を見て、歓喜の声を上げる修。目線の先に居たのは、派手な装飾に身を包み、口から火を吹く男性。
「すごいよねぇ。魔法を使わずにここまでの火を吐けるんだから」
言いながら近づいていく二人。テレビで何度が見たことはあるが、生で見るのは初めてだ。魔法が日常の中にある世界で、火吹き芸に目を奪われる修。
「どうやってるんだ?」と興味津々で見ていると、芸人がこう答えた。
「酒じゃい」
彼の名は『サフタム・ジーン』 各地を巡る旅芸人で、特技は火吹き芸。燃えにくく明るい赤い衣服と、頬に刻まれた十字の模様が特徴的だった。
「サケ・ジャイ?」人名っぽく言う修に、コルオが続く。
「なんじゃいサケジャイって」
「お酒だよ。これを口に含んで、火に吹っかけるように吐く!」
「おおっ!!」もう一度生の火吹き芸を見て感動する修。ここは異世界でテレビは無い。そんな場所で、修は「生で見る迫力」というものを知った。
「チップはこちらじゃい」
「おまけしとくじゃいぜ」
語尾を気に入ったコルオがそういうと、サフタムがこう返した。
「オラッチョの語尾を雑に扱っちゃいけないぜ?」
サフタムが指摘した理由は真似されたからではなく、語尾を正しく使えていないからだった。雑に扱った心当たりのない二人に、新たな疑問が浮かぶ。
「オラッチョ?」 「一人称じゃい」
「わざわざ補足するくらいだったら、一人称変えた方がいいんじゃない?」
修の質問にサフタムが答えた瞬間、すかさずコルオがこう言った。
正論を返されたサフタムは鎮火したように静かになり、お礼とともにチップを受け取った。
次に行こうと促され、コルオの背中を追っていく。金属音がカチャカチャと鳴る。
コルオが足を止めたのは、群青の燕尾服のような衣装を着た女性の前だった。丁度芸を始めるところだったらしく、女性は持っていた杖で地面をトントンと叩くと、口を開いた。
「さぁさぁこれから話したるは姿を偽る魔性の面。被れば人外の力と見た目を与える仮面のお話し」
「これって……」コルオは自分の口に人差し指を当て、短く説明した。
「語り手。物語を情緒豊かに話す人」
首に巻いた青いリボンが風で揺れる。近くの看板には「最強の語り手!『クリマ・プライド』」と書かれていた。
少しだけ、何がどう最強なのか気になった修。
クリマは修やコルオ、見に来た人全員の目を見た後、語り始めた。
「ノグド・クォーガの残骸から作られた仮面。つければ世界がガラリと変わる。本人は変貌周りは疲弊。思いを餌とし膨張続け、周囲に残るはデク・魔物。気持ちが良いのは化け物になった本人だけだ」
「落語家……?」修が口にする。
服装も振る舞いもまるで違うが、心地よい音楽を聞いているような言葉の波が、それを連想させた。
「楽モカ?」復唱するコルオだったが、話しに夢中になっていた修には聞こえなかった。
「お、おとぎ話か?」
語り手の声が聞こえたのか、期待を膨らませた人々が集まってくる。
「何個あるかは知らないが、それぞれ餌も力も違う。全部集めて試してみたいが、我々の顔は一個だけ。何個あってもつけられなきゃあ意味がない」
歌の合いの手のように、杖で地面を突くクリマ。二人は完全に話に飲み込まれていた。修はまばたきを忘れるほどに聞き入り、コルオは時折頷いている。
「一つあったらそれを着けて暴れりゃいい。二つならどっちか選んでつければ結構。三つもあったら人に渡しちまって、四つも持ってつけないのなら、いっそまとめて捨てちまえ」
言葉だけでグイグイ引っ張られるような不思議な魅力を感じる。聞き慣れない単語が入っていても、全然気にならない。
「ノグド然り、アークザンド然り、悪はいつだって裁かれるもの。仮面を着けて暴れていりゃあ、調子に乗るなとハウラが来なさる。仮面被って顔を隠さば、新たなノグドが生まれます。仮面剥ぎ取り相手を倒さば、晴れてあなたは次代のハウラ! 聖を駆けるか邪を往くか、選ぶのは他でもないあなたたち」
杖で地面を二度突いた後、更に地面に円を描いたクリマは「では、これにて!」と丁寧に頭を下げた。
しばらく間が開いた後、盛大な拍手が鳴り響き、空中を硬貨が舞った。修も遅れて手を叩き、チップを投げた。
「あー……その、最後までごしっご清聴いただきありがとうございまった。お話しがおもしろいかったら、私の宣伝と再びのご来訪のほどほど、よろしく……おねがいします。あの、色んなところでおはなおはなおはなお話しやってるんで……」
「すっげぇ変わりよう」
おどおどしだしたクリマを見て、思わずそう口にした修。さっきまでとはまるで別人だった。伸びていた背は丸まり、まっすぐ向いていた目は、誰とも目を合わせぬよう色々な方向を見ている。
「さてと、満足したし、そろそろ行こっか」
「これを見たかったのか?」
道案内も兼ねているコルオを再び追っていく修。
「それはついで……」と返したコルオは、大通りを外れ、どんどん人気のない道へと入っていく。
「表向きは奇病ってことになってるから、まともな入り口は封鎖されてるんだよね。騎士に話しかけられるのも嫌だし、手続きも面倒だからさ。こういう道しかないんだ」
修の心を察したかのように、説明するコルオ。案内されたのは、高さ数メートルの石の壁。中央区と東区を隔てる壁だった。
コルオは近くにある木をするすると登っていくと、枝から壁の上に飛び移った。猫のような身のこなしだった。
「どう? できそう?」
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