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第一章 ~見栄~

1-5.見栄との戦い

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 「たまらねぇなぁ、この感じ」

 恍惚の息を漏らし、修とロイクを見下ろすサージュ。仮面で隠された顔は満面の笑みを浮かべていた。

 「でかい……」息を呑む修。

 次に棒を取り出し、構える修。その姿を見たロイクは「メオルブを知っているようだな」と口にした。

 「そっちもか」とロイクを見る修。先に攻撃を仕掛けたのは……エジオだった。

 「こいつが光の巨人だったのか!! みんなを狂わせた罪、償ってもらうぜ!」

 心からの勇ましい言葉を吐きながら駆け寄り、手を向ける。

 「受けろ!エルフィ!」そして放たれる紅蓮の球。

 片や手のひら大の赤の球。もう片方は二十メートル程の化け物。エジオの魔法は通じなかった。

 サージュの巨大な手が動き、ゆっくりとエジオを指差す。

 「今度こそ死ね……エジオ!」

 伸びた指がエジオを襲う。それを受け止めたのは、棒を構えた修だった。

 「おぉ、ハナガシュー!」

 エジオの変な発音など気にせず、修は眼の前の化け物を見上げる。

 これがメオルブ。俺が倒すべき敵。どこかで望んでいた、非現実の象徴。

 正直に言えば怖い。しかし、戦わなければ進まない。すべては、カレンとの約束を果たすため。

 「こいつは俺が引き受けます。エジオさんは下がって」

 棒を構え直す修。動き出せたのはエジオの無謀さに触発されたからなのだが、本人は気付いていない。

 「やれるって見栄張りたいんだけどな……頼んだぞ!」

 「お前も引っ込んでいいぞ。このメオルブは俺がやる」

 エジオと代わるように出てきたロイクが、長剣を構える。修は少しだけムッとしたが、すぐにサージュへと意識を向けた。

 「弱そうなガキに落ちぶれクソ剣士ねぇ……いいぜ、まとめて来いよ!!」

 サージュが指を伸ばし、二人を狙う。修は飛び退いて避けたが、ロイクは簡単に切り捨ててみせた。

 「見た目の割に、ずいぶんつまらん攻撃だ」

 修が棒を伸ばしてサージュを狙う。巨体は動かずに棒を受け止めたが、何の反応もない。

 「あれだけでかくちゃな……」

 自慢の棒も、サージュが相手では爪楊枝と変わらない。

 伸びる指を避けながら、リオン・サーガを開く修。通常攻撃が駄目ならば、それ以外で……

 「緑渦に飲まれよ……」棒を地面に刺し、右手を向ける修。

 短いつぶやきは魔法の詠唱。放つのは風属性の上級魔法――

 「ラゴール!」

 幾何学模様の円――魔法陣が現れ、そこから竜巻が放たれた。

 激しい竜巻はまっすぐ向かっていき、全く動かないサージュに激突する。数本の木すらも根こそぎ吹き飛ばす強風だ。

 カレンからもらった上級魔法は、使った修さえも驚く威力だったが……

 「ぐぅっ!!」修の左胸と肩に鋭い痛みが走る。

 「効かねぇんだよブワァ~~カ!!」

 聞こえてきたのは、サージュの上機嫌な罵倒。戦闘への集中力が途切れ、頭の中が「痛い」という言葉で埋め尽くされる。貫通こそしなかったが、体からは多くの血が流れた。

 「素人が」ロイクは毒づきながら、自分に向かってきた指を全て切り落としていく。

 「……これも……効かないのかっ!」

 叫ぶ修へと近づいていくロイク。サージュはそれを狙って攻撃したが、全て斬り落とされた。それも、よそ見をしながら簡単に。

 「弱い魔法はやめておけ。こいつには無駄だ」

 ロイクがサージュを見上げる。自分より小さい存在に睨まれたメオルブは、修に狙いを絞ることにした。

 弱い魔法は無駄……だったら……傷を抑えながら、修も顔を上げる。

 「強い魔法ならいいんだな?」

 上級が通じないのなら、その上を撃つしかない。カレンは修に最上級魔法を授けなかったが、代わりにそれをも越える神術を三つだけ授けていた。

 その一つ目が、先に見せた『エルブ・ブレール』

 「これならどうだよ! エルブ・モニカぁ!!」

 修の手から放たれたのは、サージュの上半身をも飲み込んで余りある、太く大きい青の光線。晴天のような色の波動は、そのまま空の一部に加わるように、天まで向かっていった。

 「大層な名前を冠するだけはある」

 その規模は、ロイクさえも目を奪われるほどだった。しかし、次にはこう口にした。

 「が……無駄だと言ったぞ」

  直後。修の体に、サージュの指が突き刺さった。

 「なん……で」
 
 サージュの体はそこにあった。かすり傷一つない、最初の頃のままで。

 神術が効かないことに動揺する修。常に正面から見ていた修は分からなかったが、ロイクはその謎に気付いていた。

 更に修を狙う指を斬り落とし、ロイクが声をかける。

 「おい。次に指が伸びてきたら、それを掴んでみろ。面白いものが見れるぞ」

 ロイクは剣をしまい、もう一度サージュに目をやった。つまらない謎に気がついて興ざめしたのもあるが、修への興味も湧いたからだ。

 「なんのつもりだ……お前」

 弱そうな修に狙いを絞ったサージュだったが、ロイクの態度は鼻についた。

 膝をついた修が「指?」と聞き返す。

 「正確には羽か」

 より難解なことを言ったロイクは、近くのベンチに腰を降ろした。

 「おい! 舐めてんのかてめぇ!!」

 「舐めていない。俺が出るまでもないと判断したまでだ」

 「同じだろうよ……」 「同じじゃねぇかよぉ!!」
 
 修とほぼ同じ言葉を放ったサージュが指を伸ばす。

 「あれだけの巨体を持ちながら、何故その場から動かず、指を伸ばす攻撃しかしないのか」

 指を棒で受け止めた修を見ながら、ロイクは言う。そして指を掴んだ修を見て「行けば分かるぞ」と続けた。

 「気安く触るんじゃねぇ!!」

 指が縮みだすと同時に、修が空中へ運ばれる。サージュはそれを引き剥がそうと、更に指を伸ばすが、修は落ちない。

 指が縮む速度はそれなりにある。このままあの巨体にぶつかれば、ただでは済まない。

 「ぶつかるぞぉシュー!!」 「離せばお前の負けだぞ」

 叫ぶエジオと呟くロイク。激突の恐怖がこみ上げてくると同時に、修も秘密に気付く。そしてあわやぶつかると思った瞬間――

 修がサージュの体の中へと消えていった。

 「そういう……ことかよ」

 修が中で見たのは、等身大のサージュの姿。外の派手な巨体と違い、黄金の体は所々が欠けていて、体についている宝石はただの石ころ。

 サージュの巨体は、ただの幻だったのだ。能力で自身を大きく見せていた。魔法や神術も効かなかったのではなく、すり抜けただけ。

 「て、てめぇよくも見やがっ――」

 黙らせるように、勢いよく棒を振り回す修。浮遊していたサージュは地面に叩きつけられ、同時に幻が消えた。

 棒を地面に伸ばし、なんとか着地する修。

 「見栄……か。ここまで名前そのままのやつが居るとはな」

 落ちてきたサージュに目をやるロイク。サージュは反射的にロイクを攻撃したが、やはり通じなかった。

 「何度でも生える鞭のような羽。攻撃はそれを伸ばすだけか。本当につまらんな」

 「指に見えたのは、こいつの羽だったのか」

 目の前に落ちてきた羽の残骸に目をやる修。

 あまり派手に動けば、幻だということを悟られてしまう。それを避けるため、指に見える羽を伸ばすことしかできなかった。
 
 「ただの人間ならば、あの姿を見ただけで恐れて逃げ出す。武器も魔法も必要なかったんだろう」
 
 「好き勝手言ってくれるじゃねぇか……」とサージュが立ち上がる。

 「俺は剣の方が得意なんだ!達人なんだ!」

 ロイクへ向かおうとするサージュの前に、修が立つ。

 「お前の相手は俺だ」

 ロイクをかばうつもりはなかった。ただ、こいつを自分の手で倒したかった。

 「別にどっちでもいいがよぉ!!」

 声を荒らげながら、剣を抜くサージュ。確かにほんの少し、かじった程度の心得はあったのだろう。

 「おがぁ!!」

 頬を叩かれ、のけぞるサージュ。

 それでも、修には及ばなかった。少ない日数で学んだ付け焼き刃に等しく、実戦経験皆無の修相手でさえ、剣を当てられなかったのだ。

 「なめるなぁ!!」

 剣が駄目ならと羽を伸ばすが、散々見た修には、それも通じない。経験不足のサージュは、まっすぐ伸ばすことしかできなかった。

 「てめぇはここで終わりだ!!」

 言葉こそ強気だが、実力が伴っていなかった。せいぜい素人に毛が生えた程度の剣技は、付け焼き刃以下だったのだ。

 数度の攻撃を食らったサージュは、最期に渾身の横薙ぎを顔面に叩き込まれ、剣を手放した。

 「俺は……たつじ……」

 「くだらん見栄を張るな」

 倒れたサージュに、ロイクがそう吐き捨てた。
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