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序章

0-3.神界から異世界へ

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 五日目

 いずれくるナディルの旅に備え、戦う術や世界の知識を順調に吸収していく修。最早元の世界に帰る気はなかった。

 勉強も鍛錬もしっかりと取り組んでいるのは、楽しさ以上に、カレンのおかげだった。

 カレンは美人で優しく、料理も教えるのもうまい。言葉をかわさなくても、目で追っていることも多い。

 あくまで世界を救うかどうかを決める準備期間のはずだが、それを忘れてしまいそうなほど、カレンとの日々は楽しかった。

 今日は鍛錬ではなく授業。主に旅の目的についてだ。

 「ロウに会うには、特殊な力を持った仮面、『エモ・コーブル』を見つける必要がある」

 「えもこー・ぶる……?」

 「着けた人間を化け物に変える、恐ろしい仮面だよ。そしてそれを扱う者を『メオルブ』と呼ぶ」

 「メオ・コーブル……エモルブ」

 逆だよと言われ、正しく言い直す修。何故か置いてあったノートに単語を書いていると、カレンも黒板に仮面を描いた。絵と呼ぶには語弊があり、ただ楕円の中に「仮面」と書いただけのものが、何個か並んでいる。

 「それらを集めることで、きっとあの子……ロウ様は姿を表す」

 「ロウ様?」呼び方に引っかかり、聞き返す。次の瞬間、修は目を見開いた。

 「おかしいか?」

 聞こえてきたのは、カレンとは似ても似つかない低く渋い声。カレンも気付いたらしく、口を押さえていた。

 「勉強はここまでにしようか」

 まだ時間はあったが、カレンは修の言葉を待たずに教室を出ていった。

 夕食の時間になる頃には、いつものカレンに戻っていた。その姿に安堵した修は、声のことには触れず、席についた。

 「修くんは覚えもいいから教えがいがあるし、ご飯もよく食べてくれるから作りがいがあるよ」

 五日目にもなると状況にも慣れ、居心地の良さを感じてくる。授業も鍛錬もこの時間も、全てが楽しい。

 「誰かのお世話をするのって、結構楽しいね」

 まっすぐ見つめられ、ドキッとする修。ごまかすように料理を口にするが――

 「ぐげぇらっ!!」あまりの味に吐き出してしまった。ひたすらにしょっぱかったのだ。

 「どうしたの!?」とスープを飲むカレン。口を抑えながらも何とか飲み込み「こんなはずじゃ……」と続けた。

 「気にし、気にしないで……」

 味よりも、自分の動悸を何とかしたかった修は、急いで夕食を食べ終えた。今度は修が逃げるように離席し、いつできたかも忘れた浴場へと向かっていった。

 入浴を終え、眠りにつこうとした時、カレンがお詫びのホットミルクを出してくれた。夕食とは真逆の優しい味で、よく眠れそうだと思った。

 カレンと別れ、ベッドに入る修。返事の期限はあと九日。帰ると言えば、記憶を消して元の世界へ。この能力も、カレンと過ごした日々も忘れてしまう。

 「それは……嫌だな」




 六日目

 鍛錬を終え、食卓についた修はカレンの言葉を復唱した。

 「明日からナディルに?」

 頷くカレン。今日までの修を見て、そろそろ良いかもと判断したのだ。

 まず能力を与えて使わせ、次に世界を見せる。知りもしない世界を助けたくないだろうという配慮と、力を使わせることで興味を湧かせるという思いがあった。

 「あっちの空気も感じて欲しいからね」

 期待を隠しきれていない修に言葉を返すカレン。修の頭には様々な妄想が浮かんでは消えていく。

 興奮が収まらないまま就寝する修。楽しみで眠れない……ということはなく、鍛錬で疲れていたのですぐに眠りについた。

 数時間後、不意に大きな物音が聞こえ、目を見開く修。状況を理解できないでいると、優しい声が聞こえた。

 「ごめん、起こしちゃった?」

 ベッドの近くに立っていたのはカレンだった。彼女は近づくと、修の頭を撫でた。

 「ごめん」の言葉どおり、物音の原因はカレン。修は何があったか聞こうと思ったが、撫でる手が気持ちよくて眠ってしまった。

 完全に寝たのを確認したカレンは、自分の右腕を抑えながら、部屋を出ていった。



 七日目

 修が目を開けると、茶色の天井が見えた。体を起こし、部屋の中を見回す。茶色い床に壁、そして窓。修はいつの間にか、小屋へと運ばれていた。

 机の上には書き置きと荷物があり、カレンの文字で『ナディルへよラこそ』と書かれていた。

 ラの部分は癖字か?と思いながら荷物を開ける修。入っていたのは衣装だった。薄い橙の上着と群青の服。それに黄色いマフラーに、茶色のズボン。

 「これは……」

 このためだけにカレンが用意してくれた鏡で姿を確認する修。大きさもぴったりで、着心地も良かった。

 着替えを終え、高ぶる気持を抑えながら扉を開ける。目に飛び込んできたのは、新緑の絨毯のような広大な草原。

 風が草木を撫でる音に、真夏のような晴天。気持ちが良い。

 感じる風も、見える景色も元の世界と変わらない。地表の七割が砂漠だと教わったが、とてもそうは見えない。

 これまでが夢で、俺は今目を覚ました。そんな疑念がよぎるほど、ここは現実・・だった。

 「あれは……」

 辺りを見回してみると、うごめく光の裂け目のようなものが見えた。明らかに現実離れした何かだ。

 「ここは出入り口だよ」裂け目から声が聞こえ、カレンが出てくる。今日は初日以来久々の、女神らしい衣装を身にまとっていた。

 「いい世界でしょ?」両手を広げて風を感じるカレン。

 「これが、なくなろうとしてるんだ。もう私じゃ、どうしようもできない」

 右拳を強く握るカレン。その手はわずかに震えていた。

 「カレン様……」

 修は悲しさを感じて声をかけたが、続きが浮かばなかった。それを察したカレンは明るく言った。

 「さっ、今日も鍛錬だよ。骨を埋めるつもりでかかってこいや」

 「カレン様?」

 「失敬」と短く返したカレンは衣装を変え、棒を構えた。

 「組み手はしばらくお預けになる。この世界のことも色々教えたいからね。だから、全力で来てね!」

 「骨、埋めないで拾ってくださいね」

 かかってこいやと言ってのけた通り、今日のカレンは強く、早かった。

 ボロボロにされた修はカレンの治癒を受け、小屋にあったベッドで眠った。




 八日目

 修は机に座り、羽ペンを握っていた。

 「魔物も居るんですか?」異世界らしい要素に食いつく修。

 「巨大で危険な魔物はほとんど消えたけど、新たな魔物も生まれている。仮面の近くでね」

 机の前にある壁には、教鞭を持つカレン様の映像。今日は気分を変えて映像越しに授業をしようと言ってきたのだ。

 「魔物は言い換えれば……仮面への目印になるというわけっぽい」

 カレンの言動にところどころ違和感はあったが、気になるほどではなかった。

 ――普通じゃないと思ったのは、終わりの瞬間。

 「今日のじゅ授業はここまで、後は自由にしていいよん。ここのこののせか世界にも慣れてもらわねーとな」

 明らかにおかしいと思う修。口を開こうとした瞬間、カレンの右腕が黒く変色し、膨張した。反射的にまばたきをする修。すると、カレンの右腕は何事もなかったかのように元に戻っていた。

 「大丈夫ですか?」

 「つかれているから、今日は休むよ。またまたまた……」カレンが深呼吸をする。

 「また、明日ね」

 無理に作ったような痛々しい笑顔を最後に、映像が消えた。

 カレンへ会いに行こうとする修。しかし光の裂け目は消えていて、代わりに夕食が置いてあった。

 「カレン様……」

 不安は募るが、こちらから伝える手段はない。連絡を待つしかないもどかしさを胸に、修は小屋へと戻った。
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