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ふう、こちらは『異世界行き課』です。

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「かっーーー!」
 凄い勢いで生中を飲み干す女神様。
 ゴトリと空いたグラスを置き「すみませーん」と店員を呼び、早速追加している。

 かくいう眼鏡は泣き腫らした顔をし、まだグズグズしていた。
 賑やかな居酒屋は、そんな二人を気にも留めない。

「ささ、呑みねい♪ 呑みねい♪」
 掛け声作りから、妙な言葉を使う事が多くなっている女神様。

 二人は先刻、蕪木萌香かぶらきもえかを異世界に送ってきたところだ。

「いや~。良かったわよ~~『愛してる』『私も愛してる。ぶちゅ~』ってね~~♪」
 萌香と眼鏡の別れを再現して見せようとする女神様。
「そんな事は言っていません」
 ブーと鼻をかみながら訂正する眼鏡。

「『眼鏡さん! 親切にしてくれてありがとう! 家の事よろしくね!! 大好きだよ!!!』『どうか気をつけて! 私も大好きです!!』」です。
 フンと言い切る眼鏡。

「あらあら~~♪」
 ニマニマと眼鏡を見つつ枝豆をつまむ。

 萌香との別れは泣きじゃくってしまうのではと、やや眼鏡自身懸念はしていたが、それを吹き飛ばす提案を萌香から受けたので、異世界送りの最中はそれどころではなくなった。

「戸建てゲットじゃない♪ 一国一城の主、オ・メ・デ・ト♪」
 うふふと笑う女神様。

 そう。蕪木萌香の財産を全て引き継ぐ事になったのである。
 女神様は贈与税はかけないと言っていたが、家の維持費に固定資産税と、先を思うと胃がギューっとなる。

「はぁー……」
 一息つくと生中を呑み干す眼鏡。

「わぁ~お♪ イイ~呑みっぷりね♪」
 女神様はニコニコしている。
「ささ、今日は~、一年越しの案件、完了祝いよ♪ 女神ちゃん、奢っちゃうわ♪ カンパーイ♪」

 眼鏡は不貞腐れた顔をしている。早速酔いが回ってきているようだ。

 異世界送りの最中はそれどころではなかったが、萌香の消えた宙を見上げていると、みるみる内に涙が溢れ出てきた。そんな眼鏡を女神様は「おばかちゃんね~……」と優しく抱き留め、ヨシヨシとなだめ宥めると、「さ、打ち上げよ♪」と意気揚々と居酒屋へと繰り出した。

 暫くするとくだを巻き始める眼鏡。
「そもそも~。な~んで、こっちで頑張るっていう子をー。異世界に送んなきゃなんないんれすかッ」
「うんうんそーよねー」
 適当に相槌をうつ女神様。

「こっちでがんなる、って、ゆーんやからぁ、こっちにいてもらえばいーやないでしゅかー」
 呂律が回っていない眼鏡。

 ――あらあら。思ったより悪酔いしちゃったわね。
「んふふ。そ~ね~♪ ま、今日はお開きね♪」

 サクサクとお会計を済ませ、ふらふらとしている眼鏡をタクシーに押し込む。
「さぁ、眼鏡ちゃん。真っ直ぐお家に帰るのよ」
 不思議な声色で眼鏡の耳元で囁く女神様。
「は、い……。住所はー」と、スラスラと運転手に伝える眼鏡。

「んふふ。いい子ね♪ じゃ、運転手さんヨロピクね~♪ 家まではシャッキリしてるから♪」
 突然シャッキリとして見せた眼鏡だが、これは女神様の力である。思考は働いていない。

 操り人形のように自宅に辿り着くと、ベッドに倒れ込み、そのまま寝息を立て始めた。


 翌日――――

 険しい顔つきの眼鏡が出社してくる。
「お、はよー……ござい、ます……」
 息も絶え絶えだ。

 ――なんということでしょう……。二日酔いです。完璧二日酔いです……。

 遅刻にはなるまいと何とか出社は間に合った。薬もそろそろ効いてくるだろう。

 暫くすると、知ってか知らずかいつもよりマシマシのキンキン声で出社をキメる女神様。
「お!はよーっごっざい、まーうす!!」

 やや恨めし顔で女神様を見る眼鏡。
「おはようございます……」
 この方に悟られてはならないと、必死に平静を保とする眼鏡。

「あらやだ、二日酔いかしら~~♪」
「いいえ……」
「あら、そ。昨日は管、巻いていたわよ~♪」
 うふふと女神様。

 そう、朝目覚めるとベッドにいた。どう帰ったかの記憶はない眼鏡。流石にこれはと思い当たり、女神様に謝辞を述べる。

「昨晩はご迷惑をお掛けしましたようで、申し訳ありません……」
「んふふ~♪ いいわよ~ぅ。また呑みに行きましょ♪」

 仕事を開始する眼鏡。だいぶ調子も落ち着いてきた。
 ――そういえば……。昨日は萌香さんの異世界送りまで、ほぼ外出されていたな。何をしていたのか……。

 まぁいいかと仕事を続ける。今回は萌香の財産を自分へと移行する事になるので、不思議な気持ちだ。そして引き継ぐといっても、実際萌香の家で暮らすかはまだわからない。

 ――私宛に手紙があると言っていましたね……。

異世界送りの翌日は、各所への連絡が立て込むので、現場へは元より翌日に向かう予定で組んでいた。

はやる気持ちを抑え、今日の業務に勤しむ眼鏡なのでした。
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