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第二部 天皇杯本戦

45 真っ白に

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 主審がセンターサークルを指さしながらホイッスルを咥える。終わった……

 ……と、その時、副審が大きく旗を振った。主審は笛を吹かず副審の元へ駆け寄る。僕も何があったのかと、その審判の方に近付いた。どうやらGK野心と競り合った際、オフェンス側のファウルがあったという話をしているようだ。ぶっちゃけ僕の位置からでは何があったか分からない。野心の背中しか見えなかった。混戦で敵味方入り乱れていた。キーパーチャージのルールは撤廃され、今はもうない。だから協議の末、キュー武ボールでリスタートになった時「ラッキー!」と、僕は心の中で叫んだものだ。

 さいサファの得点が取り消され、2-3のまま試合再開。難を逃れたが1点ビハインドのまま。何とかしなければいけない。この一連の大ピンチ。ギリギリ僕たちに有利に働いた判定。結果的に、これが試合の流れを大きく変える事になる。

 落ち着いてDFラインでボールを回す。田所がボランチの位置から下がって顔を出し、右に左にとボールを散らす。さいサファのプレスも残り20分を切って落ちてきた。疲労が見える。疲れているのはこちらも同じだが、僕はまだまだ余力があった。何度かフリーランで相手の背後を狙う動きを見せると、中央が少し空いた。田所が入れた楔のパスを玲人が受けて近くの神子へ。神子はダイレクトで僕の前のスペースにスルーパスを出す。裏へ走ってこれを受けると、素早くィノスが寄せてきたので、フォローに来た玲人に預け、もう一度裏を狙う。斜めにPAの中へ侵入した僕に玲人からリターンパス。木高が僕の前に立ち塞がった。
 リターンを受ける間に中の様子を確認。みんなの動きはイメージ出来ている。玲人がパス・アンド・ゴーで僕の背後を走る。神子はペナの少し手前。與範は遠いサイドで手を挙げている。相手DFの動きも視野に入った。GK東山はニアに一歩二歩寄った。キートと木真里はGK手前、戻りながらのディフェンス。他数人がPAの中。逆サイドの與範までパスが通ればフリー。左足でGKとDFの間に強く転がす! これが通れば決定的だ!

 キックモーションに入る。その時、視界の隅でキートの動きを捉えた。完全に読まれている! キートの動きがスローモーションのように見えた。このまま蹴っても間違いなく通らない。もしかしたらキートのオウンゴールを誘える可能性も……いやないだろう。キートは長い足を伸ばして足元に収めてしまう、そんなイメージしか沸かなかった。十に一つもない。瞬間的に判断すると、僕はフリーの與範を諦め、神子に託した。ペナのすぐ外で待つ神子へマイナスのパス。神子をマークしているのは黒木一人。神子なら何とかしてくれる!
 しかし……僕のパスはズレてしまった。左利きの神子の左側にパスを出してあげれば、ダイレクトで打てる。最後こそ丁寧に。パスは利き足側に。そう言って練習をしてきたじゃないか! それなのに……僕のパスは神子の右足側へ……それどころか、そのまま流れて行ってしまいそうなほど遠い。これではシュートどころかトラップするのも難しい。それに、この位置でトラップしてモタついていたら、一瞬で囲まれて奪われるか、シュートコースが消えてしまう。
「あっ」という声を出してしまったか。僕はこの時、多分ものすごく間抜けな顔をしていたと思う。この大事な局面で、練習通りの力が出せなかったのだから。「あ」の口をポカンと開けたままボールの行方を見送った。

 神子はそのパスに右足を一歩、大きく踏み込む。あれだけ離れているボールを打つ気か? しかし踏み込んだ右足は、ボールよりずっと手前だ。そこで左足を振っても、まず届かないか、届いたとしても辛うじてつま先を掠める程度。空振りする未来しか見えない。
 神子の踏み込んだ右足の外側、更にボール1個か2個分遠い位置をボールが通過する。その一瞬。何が起きたのだろう? 僕の脳は理解できず、真っ白になった。後でビデオを見返して、それが『ラボーナ』と呼ばれるキックだと、知った。軸足の後ろから、足を交差するように、自分の軸足ごと刈り上げるように、左のトゥーキックでボールを押し出す蹴り方。

 僕も玲人も。さいサファDF陣もGK東山も。全く反応できなかった。脳の理解を超えていた。

 唯一。神子のその曲芸の如きパスに反応したのは與範だった。逆サイド側でドフリーとなり、あとはがら空きのゴールに蹴り込むだけの、簡単なお仕事。

 79分。3-3。この土壇場で同点に追い付いた!

 残り10分。一進一退の攻防が続く。神子のミドルを東山が弾き。レオのヘッドは野心が止める。田所のパスから玲人が抜け出せばキートがスライディングでストップ。溝呂池の突破はキャプテンと僕が挟み込んで許さない。ィノスのミドルは枠を外れ。お返しとばかりに與範が狙うもサイドネット。
 そうして迎えた86分。試合が決まったのは、お互い延長戦を視野に入れ始めたその時だった。
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