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「申し訳ありませんでした、八束さん……」
店に戻って安堵した千乃は、煎れたての珈琲を二人の前に置きながら、疲弊している來田を心配げに見つめていた。
毛先を赤く染めた短めの髪型と、アッパーダイスに三つのラブレットスタッドをずらりと装着してるのがトレードマークの來田は、その見た目に反し、笑うと優しげに下がる目尻が印象的で、人当たりのいい性格の人間だった。
ただ今日の彼からはその笑顔は消え、毛先の赤色も心なしか暗く沈んだ色のよう見えてしまう。
「……一体何があったんだ」
來田の様子が少し落ち着いてるのを確認すると、警察からの帰りの車では聞かずにいた今日の経緯を八束が静かに尋ねている。
L字型のソファーの一番奥に來田が座り、斜め向かいに八束。千乃は受付に一番近い場所に腰を据え、來田の話を聞く体制を取った。
「……その前に俺、八束さんとユキ君に黙っていたことがあるんです……」
思い詰めた表情の來田に、思わず八束と顔を見合わせた。
「黙ってたって、何を……」
勤務態度も真面目で、横浜駅店でも來田の評判は上場だった。ここ何年かで彼を指名する客も増え、今では店を支える大黒柱となりつつある存在だ。当然それはこの縷紅草でも同様で、今では八束と肩を並べるほどコアな人材だった。
仕事に真摯に向き合っている、その彼が見たこともない程の脆弱した表情をし、何かを打ち明けようとしている。それが、任意同行の原因になったのかと千乃でも想像ができて聞くことに身構えてしまった。
「……実は俺……ここの──、縷紅草の客と関係を……持ってしまいました」
想像もできなかった告白に、千乃と八束は思わず、「えっ!」と叫んでいた。
「いやいや、待て待て。関係って、その……いわゆる──」
「はい……。体の……深い関係と言う意味です……」
「あ、ああ。そう……か。いや、でも別に店は客と恋愛禁止ってわけじゃないし……別にお互いが理解しあってるなら──」
「そうじゃないんです! ……俺の付き合ってる相手は……パートナーのいる人なんです……二人ともここのお客で──」
「えっ! 二人ともって──」
驚いて叫んでしまった声はひっくり返り、これまで出したことのない変な声になったものだから、慌てて両手で口を押さえた。
「カップル……。それは相手を裏切ってる付き合い方なのか」
予想も出来ない発言に驚きながらも、二人は來田の言葉を待った。
「はい……。相手はイヴ……さんです」
「えっ! イヴさん? 本当に──ってあ、すいません……」
放たれた名前にまた驚いてしまい、千乃はその場に立ち上がってしまった。
つい先日もイヴは仲睦まじくアユムと縷紅草に顔を出し、いつものように施術を受けると、二人で寄り添いながら店を後にした。
そんな姿からは、想像できない内容だった。
「イヴさんとのことはわかった。でも、來田君がどうして容疑をかけられる。なんで警察にまで行かないといけないんだ。イヴさんがその事件に関わっているとでも言うのか」
冷静に言っているつもりだろうけれど、八束の態度は焦っている。その証拠に質問は矢継ぎ早にするし、体も前傾姿勢だ。けれどそれは千乃も同じで、さっきから心拍数の動きが半端ない。動揺して跳ねる心臓を制御しながら、來田の話しの続きを聞くためソファに座り直した。
「……昨夜、イヴさんは殺されてしまったんです……。それで俺に嫌疑が──」
「こ……ろされ……た? イヴさんが? そんな……」
「ちょ、ちょっと待って! こ、殺されたって、ほ、本当に」
來田の言葉で今度は八束が立ち上がり、慌てたものだから膝がテーブルに当たってカップが倒れてしまった。天板が濃褐色に染まり、八束が放心状態になっている。
側に置いてあったタオルで、來田がテーブルの上を片そうとするのに気付くと、千乃は慌てて受け付けにあるティシュで拭いた。
「來田君、流石にそれは驚くよ……」
「そうですよね……。俺もいきなり家に刑事が来て、イヴさんの訃報を聞かされたんです。でも驚く間もなく、容疑者扱いされて同行を求められました。自分がこんな目に合うなんて思いもしなくて……。すいません、連絡が出来なくて……」
「いや、それはいいんだ。こうやって帰してもらえたんだし。それよりも、その……この件ってアユムさんは──」
「知ってるでしょうね。きっと彼の方にも刑事が行ったと思います。俺との関係も聞かされてるでしょう」
「そりゃそうだろうな」
「はい……」
溜息すら吐くこともせず、張り詰めた空気の中、三人は額を突き合わせていた。
「……聞きたいことは山程があるんだけれど、來田君も疲れてるだろうし今夜はもう──」
「いえ、平気です。俺は今聞いて欲しいです。でも、実際何が何だか……。俺自身もわからない事ばかりですが……」
新しく煎れ直した珈琲で喉を潤す來田の様子を伺いながら、八束と千乃は同時に小さく頷いた。
数分前より幾分か肩に入っていた力が抜けているのを自覚すると、千乃は深く座り直し、気持ちを切り替えるよう大きく深呼吸をした。
「じゃ、來田君の知る話を聞かせてくれるか。千乃、すまない。一本だけいいか……」
ポケットから煙草を取り出し、申し訳なさそうに許可を取る八束に、千乃は深く頷いて灰皿を八束の前に置いた。
バイトを初めた頃から、いつの間にか煙草を吸う許可を求められる。その理由に見当がついてしまうのを心苦しく思いながらも、自分の過去を抉ることを避けたかった千乃は、いつもこのやり取りを有耶無耶にしてしまっていた。
煙草を吸って落ち着くように煙を吐き出すその姿を横目に、珈琲を口にした。
普段は牛乳を入れないと飲めないのに、なぜか今夜はブラックの方がいい。
静謐な空間で時計の秒針だけが響く中、その音をかき消すよう、來田が手で顔を覆いながら続きを語り始めた。
店に戻って安堵した千乃は、煎れたての珈琲を二人の前に置きながら、疲弊している來田を心配げに見つめていた。
毛先を赤く染めた短めの髪型と、アッパーダイスに三つのラブレットスタッドをずらりと装着してるのがトレードマークの來田は、その見た目に反し、笑うと優しげに下がる目尻が印象的で、人当たりのいい性格の人間だった。
ただ今日の彼からはその笑顔は消え、毛先の赤色も心なしか暗く沈んだ色のよう見えてしまう。
「……一体何があったんだ」
來田の様子が少し落ち着いてるのを確認すると、警察からの帰りの車では聞かずにいた今日の経緯を八束が静かに尋ねている。
L字型のソファーの一番奥に來田が座り、斜め向かいに八束。千乃は受付に一番近い場所に腰を据え、來田の話を聞く体制を取った。
「……その前に俺、八束さんとユキ君に黙っていたことがあるんです……」
思い詰めた表情の來田に、思わず八束と顔を見合わせた。
「黙ってたって、何を……」
勤務態度も真面目で、横浜駅店でも來田の評判は上場だった。ここ何年かで彼を指名する客も増え、今では店を支える大黒柱となりつつある存在だ。当然それはこの縷紅草でも同様で、今では八束と肩を並べるほどコアな人材だった。
仕事に真摯に向き合っている、その彼が見たこともない程の脆弱した表情をし、何かを打ち明けようとしている。それが、任意同行の原因になったのかと千乃でも想像ができて聞くことに身構えてしまった。
「……実は俺……ここの──、縷紅草の客と関係を……持ってしまいました」
想像もできなかった告白に、千乃と八束は思わず、「えっ!」と叫んでいた。
「いやいや、待て待て。関係って、その……いわゆる──」
「はい……。体の……深い関係と言う意味です……」
「あ、ああ。そう……か。いや、でも別に店は客と恋愛禁止ってわけじゃないし……別にお互いが理解しあってるなら──」
「そうじゃないんです! ……俺の付き合ってる相手は……パートナーのいる人なんです……二人ともここのお客で──」
「えっ! 二人ともって──」
驚いて叫んでしまった声はひっくり返り、これまで出したことのない変な声になったものだから、慌てて両手で口を押さえた。
「カップル……。それは相手を裏切ってる付き合い方なのか」
予想も出来ない発言に驚きながらも、二人は來田の言葉を待った。
「はい……。相手はイヴ……さんです」
「えっ! イヴさん? 本当に──ってあ、すいません……」
放たれた名前にまた驚いてしまい、千乃はその場に立ち上がってしまった。
つい先日もイヴは仲睦まじくアユムと縷紅草に顔を出し、いつものように施術を受けると、二人で寄り添いながら店を後にした。
そんな姿からは、想像できない内容だった。
「イヴさんとのことはわかった。でも、來田君がどうして容疑をかけられる。なんで警察にまで行かないといけないんだ。イヴさんがその事件に関わっているとでも言うのか」
冷静に言っているつもりだろうけれど、八束の態度は焦っている。その証拠に質問は矢継ぎ早にするし、体も前傾姿勢だ。けれどそれは千乃も同じで、さっきから心拍数の動きが半端ない。動揺して跳ねる心臓を制御しながら、來田の話しの続きを聞くためソファに座り直した。
「……昨夜、イヴさんは殺されてしまったんです……。それで俺に嫌疑が──」
「こ……ろされ……た? イヴさんが? そんな……」
「ちょ、ちょっと待って! こ、殺されたって、ほ、本当に」
來田の言葉で今度は八束が立ち上がり、慌てたものだから膝がテーブルに当たってカップが倒れてしまった。天板が濃褐色に染まり、八束が放心状態になっている。
側に置いてあったタオルで、來田がテーブルの上を片そうとするのに気付くと、千乃は慌てて受け付けにあるティシュで拭いた。
「來田君、流石にそれは驚くよ……」
「そうですよね……。俺もいきなり家に刑事が来て、イヴさんの訃報を聞かされたんです。でも驚く間もなく、容疑者扱いされて同行を求められました。自分がこんな目に合うなんて思いもしなくて……。すいません、連絡が出来なくて……」
「いや、それはいいんだ。こうやって帰してもらえたんだし。それよりも、その……この件ってアユムさんは──」
「知ってるでしょうね。きっと彼の方にも刑事が行ったと思います。俺との関係も聞かされてるでしょう」
「そりゃそうだろうな」
「はい……」
溜息すら吐くこともせず、張り詰めた空気の中、三人は額を突き合わせていた。
「……聞きたいことは山程があるんだけれど、來田君も疲れてるだろうし今夜はもう──」
「いえ、平気です。俺は今聞いて欲しいです。でも、実際何が何だか……。俺自身もわからない事ばかりですが……」
新しく煎れ直した珈琲で喉を潤す來田の様子を伺いながら、八束と千乃は同時に小さく頷いた。
数分前より幾分か肩に入っていた力が抜けているのを自覚すると、千乃は深く座り直し、気持ちを切り替えるよう大きく深呼吸をした。
「じゃ、來田君の知る話を聞かせてくれるか。千乃、すまない。一本だけいいか……」
ポケットから煙草を取り出し、申し訳なさそうに許可を取る八束に、千乃は深く頷いて灰皿を八束の前に置いた。
バイトを初めた頃から、いつの間にか煙草を吸う許可を求められる。その理由に見当がついてしまうのを心苦しく思いながらも、自分の過去を抉ることを避けたかった千乃は、いつもこのやり取りを有耶無耶にしてしまっていた。
煙草を吸って落ち着くように煙を吐き出すその姿を横目に、珈琲を口にした。
普段は牛乳を入れないと飲めないのに、なぜか今夜はブラックの方がいい。
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