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1.勇者アラン

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 星のように瞬く黄金の髪に、澄みきったアイスブルーの瞳を持つ貴公子然とした青年。亡国ノアズアークの騎士軽装をラピスラズリ色のマントで覆い、腰に聖剣「エレメンタルソード」をたずさえている。

 ようやくお待ちかねの主役のご登場だ。

「勇者様! 森で我が子を魔物からお救いくださったとか! なんとお礼を申し上げればいいのか……!」

 村の女が子どもを抱え涙ぐむと「さすが勇者様だ!」と人々も口をそろえ称賛する。

 もちろんこれは勇者を欺くための舞台装置。子どもと魔物を操り、さも襲われているよう私が演出した。お人好しの彼は困っている人間をとうぜん放っておけるはずがないからだ。
 おかげで魔物の目を通し、事前に情報をつかむことができた。
 聖女アリエスタを連れていないのは想定外だったが、むしろ好都合。
 村人の熱烈な歓迎で油断を招き、勇者からエレメンタルソードを引き離した後、じっくり嬲り殺してやろう。

 私はヴォルケンのように強靭な肉体を有していないし、アエローやゲーデリッヒのように他者を圧倒する魔法を持ってはいない。
 だが私には私の戦い方がある。

「この村で神父を務めながら村長を兼任しているオズワルドと申します」

 沸きたつ村人たちの一歩前に出て、挨拶をした。
 魔族の血が薄いために人間と同じ体である自分を、まさか魔王軍の4柩とは思うまい。

「勇者アラン様、数々の偉業を成し遂げられたと、この地まで伝わっております。ようこそレイブンビレッジへ。村一同、心より歓迎いたします」

 そう言って差しのべた手は握り返されることはなく。あろうことか腕をつかまれ、そのまま抱き寄せられた。

「やっと……やっと会えた……!」

 彼の表情をうかがい知ることはできないが、声も、私を抱きとめる腕も、震えている。
 忘れかけていた人肌の感触に一瞬、頭が真っ白になった。

「ゆ、勇者様、どうされたのですか!?」

 誰かと勘違いしているのか。当然だが、この男とは初対面だ。
 腕から逃れようともがくが、ビクともしない。
 騎士というには心もとない体躯のわりに、なんて馬鹿力だ。

「――っ、痛い…です。どうかお手を離してはいただけませんか」

 努めて冷静に告げると、ようやく彼の体が離れていき、安堵する。

「すまない。あんたみたいな美人、初めて見たから動揺したみたいだ」
「はい……?」
「近くで見れば見るほど美しい! オニキスの瞳に絹糸のような艶やかな黒髪、それに漆黒のカソックが白い肌とコントラストになって、いっそうの美を引き出している……!」

 勇者が男もイケるとは初耳だが、きっとこの甘いマスクと背筋が凍るような口説き文句で、何人も落としてきたに違いない。

「ご冗談を。貴方には聖女アリエスタ様という素敵な女性がいらっしゃるではありませんか。そういえば、今回はご一緒ではないのですね」

 我ながら機転がきいた返しだと自画自賛していたのもつかの間、勇者の思わぬカウンターに絶句する。

「彼女ならここに来る途中の街で置いてきたよ。邪魔だったから」

 王族の血をひく聖女を置いてきただと!?アリエスタは四大精霊を解放する要ではないのか!?

「……そうですか。アリエスタ様にもぜひお会いしたかったのですが残念です」

 いったん落ち着こう。これ以上の詮索は不審の元だ。計画に支障はないのだから問題ない。まずは彼の警戒心を解くのが先決だ。

「長旅の疲れもあると思いますので、今日はこの村でゆっくりしていってください。夜には勇者様の歓迎を込めて集会所で宴を開く予定ですので――」

「ああ…そのことなんだが、こう見えて森での魔物との戦闘でかなり疲れているんだ。せっかくの提案なのにすまないが、宴には参加できそうにない」

 これは想定内。
 口の端を吊り上げ、笑みを取りつくろう。

「いえ、お気になさらないでください。私も気を回せずすみませんでした。あれは『死の森』と呼ばれていまして、一度迷えば抜け出すことは困難の樹海。ましてや魔物の巣窟になっていますから、無理もありません。あの森を単身で抜けてきたとは、さすが勇者様です」

 ナイトウルフ、バジリスク、トレント、マンイーター、トロール――手下の魔物をありったけ森に配置しておいたのだが、やはりオーガの鬼神・ヴォルケンを討ち取った男。
 使い捨ての駒にしては彼の体力を消耗させただけ良しとしよう。
 癒しの力を持つ聖女アリエスタを同行させないのはかなり謎だが、弱っている彼はまさに飛んで火にいる虫だ。

「だからさ、オズワルドの家で夕食を食べたいな。二人きりで」

 ……なぜそうなる。

「わ……私だけではつまらないでしょう。村に勇者様と年の近い娘がいますから、ぜひご相伴を――」
「いらない。俺はあんたと『二人だけの時間』を望んでいる……ダメか?」

 どうやら私は勇者に好意を向けられているらしい。

 狙っているかのような上目づかいに頬を染めて、まるで恋する乙女のような男は本当に勇者なのか?
 このナヨナヨした変態が、デスモンド様の脅威になるとは到底思えなかった。
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