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第二章「まだ、行かないで」

第12話 「清春は、佐江のものだ」

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(Huy LêによるPixabayからの画像 )

 佐江《さえ》は笑って、清春《きよはる》の胸に舌を這《は》わせ始めた。
 びくんと清春の身体が震える。
 佐江はごく軽い力で清春の肩を抑えたまま、丹念《たんねん》に清春の身体を舐《な》めはじめた。

 キス・キス・キス。
 清春は、佐江に身体中をキスされるのが好きだ。
 指でふれられるのと同じくらいに好きで、佐江の身体中にキスをするのと同じくらいに好きだ。
 井上清春《いのうえきよはる》は、岡本佐江《おかもとさえ》が好きだ。

 そして佐江も自分のことが好きだと、今はもう清春は信じている。
 今なら信じられる。
 清春は、佐江のものだ。
 佐江の愛撫が次第に濃度を深めてきて、清春はおもわずうめいた。

「さえ…っ、もう、いい」
「だめ。まだ肩にも背中にもキスをしていないわ」
「こんな状態で背中にキス?よせよ、爆発しそうだ」

 佐江は笑って清春の背中に手をまわし、シャツをかき分けて背中に指をすべらせた。同時に舌で清春の胸を舐《な》めあげてゆく。

「佐江、よせ」
「よせですって?これは、あなたが命じたことよ。ついでに言えば、こんなことはあなたから全部教えてもらったわ」
「こんなにうまくなるとわかっていたら、教えなかった。 佐江、ぜったいに他の男にやるなよ。そいつは確実に骨抜《ほねぬ》きになって、最後は廃人みたいにきみの足元にはいつくばってこう言うんだ。
 ”なめて、キスして、いかせてくれ”って」
「あなたもあたしの足元に来る?」

 佐江はいたずらっぽく二重まぶたの瞳をきらめかせた。
 清春は、降参するように両手を上げて佐江に答える。

「おれが、まっさきにきみの足元に行くよ」

 ああ、と清春は、佐江の指と舌に翻弄《ほんろう》されながらうめいた。

「さえ、もうゆるしてくれ」
「いかされたい?」

 佐江が笑って尋ねる。清春は腹立たしげにうなって、跳《は》ね起きようとした。
 しかし、佐江がどういうふうに清春をおさえ込んでいるのか、清春はぴくりとも動けなかった。

「ああ、くそ。さえ…さえっ」
「ここにいますよ。でも、まだだめ。まだ、あたしの欲しいものをもらっていないから」
「欲しいものって、なにが…あっ!」

 清春の身体が、今度こそ跳ねた。するりと清春を含みこんだ佐江の口のなかに、凶暴な悦楽の予感がひそんでいる。
 清春は声をうしなって、ただ佐江の体温に翻弄される。

 まずい、ほんとうに、いきそうだ。


 ★★★
 佐江の声が、遠くから聞こえる。まるで、深い水の底から清春をよんでいるようだ。ゼリーのように柔らかく、ゼリーのように頼りない声。

「キヨさん。キヨさん、目をあけて」

 清春はゆっくりと目を開けた。
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