31 / 33
第7章「くたばれ、ダメンズ」
第30話「ストライク、ワン」
しおりを挟む
(UnsplashのAlexander Krivitskiyが撮影)
あたしは鋭く言い放った。
「青井さん、クレジットカードは一枚もお持ちじゃなかったですよね?
いつも現金払いで」
「……カードなんかなくても、給料は入ってくるんだし。
ローンもないから、賃貸物件くらい見つかるでしょ」
ヤツは今度こそ、ふてぶてしい顔になってあたしを見た。
その眼を見て、あの恐怖の夜がよみがえる。
さんざん蹴りつけられたこと。
お腹にすべての意識が集中したと思うほどの痛みとショックが、一気に身体に戻ってきた。
……こわい、やっぱり、こわい。
身体がちぢまりかける。
そこへ、若林課長ののんきな声がした。
「わー、しまった!
僕、預かっていた写メを社内メッセージに添付して送付しちゃった。
全社員あてに出しちゃったよー」
ものすごい棒読み口調……。後ろの高瀬さんが思わず、
「……ちっ」
舌打ちしてる……。
あたしは急に笑いがこみあげてきて、笑いをかみ殺すために、あわてて持っていたクリアケースから書類を出した。
ヤツに突きつける。
印刷されているのは写メだ。
ヤツが撮り、あたしがもらっていた写メを大きくプリントアウトしたもの。
あたしはピンボケ。いつもピンボケ。
「今、若林課長が『うっかり』全社員に送ってしまった画像は、これです」
ダメ男の顔が蒼白になる。
まわりにいる営業二課の面々は訳が分からず、顔を見合わせている。
そりゃそうよね。
あたしだって、昨日の夜、高瀬さんが気づくまで全く分かっていなかった。
お腹に力を込めて、大きな声で言う。
「これ、あなたがお撮りになった写真です。
これもこれもこれも、何枚あっても、なんだか変な写真でしょう?
ピントが合ってない。
私の顔は、いつもボケボケです。
今のスマホは写真機能が向上していますから、自動的に、人間の顔へピントを合わせていくはずです。
なのに、この写メは全部、『背後にピントが合っている』。
そうですね?」
ぐいぐいとプリントアウトを顔に突きつけてやると、相手は不機嫌そうに横を向いた。
あたしはじっと、ヤツを見る。
事実を事実のままで見られない人間の顔だ。
しじゅう嘘をつくことで、かろうじて自分を維持している人間の横顔は、ゆがんでいた。
「あなたが本当に撮りたかったものは、あたしの背後にあったんです!!」
ぴらん、と別のプリントアウトを出す。
そこにはクッキリと一枚のビラが写っていた。
古い電信柱に貼りつけられたチラシ。
『借りたいその日に20万円、即金です!』
つぎつぎとキャッシング関連のチラシ写メがあらわれる。
今どき珍しい電話ボックスに貼りついたチラシ、トタン塀にしがみつき風に揺れているチラシ。
チラシ、チラシ……。
『電話一本でチャンスを。30日間 無利子』
『審査3分、10万円までかりられます』
『スピード融資20万円』
「なぜ、こんなにお金が必要なんですか?」
「偶然、撮ったんでしょ? 僕、借金はありませんよ。
三ツ星機械は給料がいいですからね。
だから僕は、いつだって明朗会計、現金払いですよ」
「クレジットカードを使わないんですか?」
「僕、そういうの嫌いなんです」
そういって、ヤツはとなりにいた若い女子社員にニコッとして見せた。
あの顔。
あたしはもうだまされないけど、次の獲物が決まっているのなら救ってあげなくちゃ。それが女の連携プレーってもんだ。
タイミングを見計らって、大声で言う。
「クレジットカード、嫌いじゃなくて、『作れない』のではありませんか?」
ぴく、とヤツのこめかみに血管が浮いた。
ストライク、ワン、だ。
あたしは鋭く言い放った。
「青井さん、クレジットカードは一枚もお持ちじゃなかったですよね?
いつも現金払いで」
「……カードなんかなくても、給料は入ってくるんだし。
ローンもないから、賃貸物件くらい見つかるでしょ」
ヤツは今度こそ、ふてぶてしい顔になってあたしを見た。
その眼を見て、あの恐怖の夜がよみがえる。
さんざん蹴りつけられたこと。
お腹にすべての意識が集中したと思うほどの痛みとショックが、一気に身体に戻ってきた。
……こわい、やっぱり、こわい。
身体がちぢまりかける。
そこへ、若林課長ののんきな声がした。
「わー、しまった!
僕、預かっていた写メを社内メッセージに添付して送付しちゃった。
全社員あてに出しちゃったよー」
ものすごい棒読み口調……。後ろの高瀬さんが思わず、
「……ちっ」
舌打ちしてる……。
あたしは急に笑いがこみあげてきて、笑いをかみ殺すために、あわてて持っていたクリアケースから書類を出した。
ヤツに突きつける。
印刷されているのは写メだ。
ヤツが撮り、あたしがもらっていた写メを大きくプリントアウトしたもの。
あたしはピンボケ。いつもピンボケ。
「今、若林課長が『うっかり』全社員に送ってしまった画像は、これです」
ダメ男の顔が蒼白になる。
まわりにいる営業二課の面々は訳が分からず、顔を見合わせている。
そりゃそうよね。
あたしだって、昨日の夜、高瀬さんが気づくまで全く分かっていなかった。
お腹に力を込めて、大きな声で言う。
「これ、あなたがお撮りになった写真です。
これもこれもこれも、何枚あっても、なんだか変な写真でしょう?
ピントが合ってない。
私の顔は、いつもボケボケです。
今のスマホは写真機能が向上していますから、自動的に、人間の顔へピントを合わせていくはずです。
なのに、この写メは全部、『背後にピントが合っている』。
そうですね?」
ぐいぐいとプリントアウトを顔に突きつけてやると、相手は不機嫌そうに横を向いた。
あたしはじっと、ヤツを見る。
事実を事実のままで見られない人間の顔だ。
しじゅう嘘をつくことで、かろうじて自分を維持している人間の横顔は、ゆがんでいた。
「あなたが本当に撮りたかったものは、あたしの背後にあったんです!!」
ぴらん、と別のプリントアウトを出す。
そこにはクッキリと一枚のビラが写っていた。
古い電信柱に貼りつけられたチラシ。
『借りたいその日に20万円、即金です!』
つぎつぎとキャッシング関連のチラシ写メがあらわれる。
今どき珍しい電話ボックスに貼りついたチラシ、トタン塀にしがみつき風に揺れているチラシ。
チラシ、チラシ……。
『電話一本でチャンスを。30日間 無利子』
『審査3分、10万円までかりられます』
『スピード融資20万円』
「なぜ、こんなにお金が必要なんですか?」
「偶然、撮ったんでしょ? 僕、借金はありませんよ。
三ツ星機械は給料がいいですからね。
だから僕は、いつだって明朗会計、現金払いですよ」
「クレジットカードを使わないんですか?」
「僕、そういうの嫌いなんです」
そういって、ヤツはとなりにいた若い女子社員にニコッとして見せた。
あの顔。
あたしはもうだまされないけど、次の獲物が決まっているのなら救ってあげなくちゃ。それが女の連携プレーってもんだ。
タイミングを見計らって、大声で言う。
「クレジットカード、嫌いじゃなくて、『作れない』のではありませんか?」
ぴく、とヤツのこめかみに血管が浮いた。
ストライク、ワン、だ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる