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第7章「くたばれ、ダメンズ」

第30話「ストライク、ワン」

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(UnsplashのAlexander Krivitskiyが撮影)


 あたしは鋭く言い放った。
 
「青井さん、クレジットカードは一枚もお持ちじゃなかったですよね?
 いつも現金払いで」
「……カードなんかなくても、給料は入ってくるんだし。
 ローンもないから、賃貸物件くらい見つかるでしょ」

 ヤツは今度こそ、ふてぶてしい顔になってあたしを見た。
 その眼を見て、あの恐怖の夜がよみがえる。

 さんざん蹴りつけられたこと。
 お腹にすべての意識が集中したと思うほどの痛みとショックが、一気に身体に戻ってきた。
 ……こわい、やっぱり、こわい。
 身体がちぢまりかける。

 そこへ、若林課長ののんきな声がした。

「わー、しまった! 
 僕、預かっていた写メを社内メッセージに添付して送付しちゃった。
 全社員あてに出しちゃったよー」

 ものすごい棒読み口調……。後ろの高瀬さんが思わず、
「……ちっ」
 舌打ちしてる……。

 あたしは急に笑いがこみあげてきて、笑いをかみ殺すために、あわてて持っていたクリアケースから書類を出した。
 ヤツに突きつける。

 印刷されているのは写メだ。
 ヤツが撮り、あたしがもらっていた写メを大きくプリントアウトしたもの。
 あたしはピンボケ。いつもピンボケ。

「今、若林課長が『うっかり』全社員に送ってしまった画像は、これです」

 ダメ男の顔が蒼白になる。
 まわりにいる営業二課の面々は訳が分からず、顔を見合わせている。

 そりゃそうよね。
 あたしだって、昨日の夜、高瀬さんが気づくまで全く分かっていなかった。
 お腹に力を込めて、大きな声で言う。

「これ、あなたがお撮りになった写真です。
 これもこれもこれも、何枚あっても、なんだか変な写真でしょう?
 ピントが合ってない。
 私の顔は、いつもボケボケです。

 今のスマホは写真機能が向上していますから、自動的に、人間の顔へピントを合わせていくはずです。
 なのに、この写メは全部、『背後にピントが合っている』。
 そうですね?」

 ぐいぐいとプリントアウトを顔に突きつけてやると、相手は不機嫌そうに横を向いた。
 あたしはじっと、ヤツを見る。

 事実を事実のままで見られない人間の顔だ。
 しじゅう嘘をつくことで、かろうじて自分を維持している人間の横顔は、ゆがんでいた。

「あなたが本当に撮りたかったものは、あたしの背後にあったんです!!」

 ぴらん、と別のプリントアウトを出す。
 そこにはクッキリと一枚のビラが写っていた。

 古い電信柱に貼りつけられたチラシ。

『借りたいその日に20万円、即金です!』

 つぎつぎとキャッシング関連のチラシ写メがあらわれる。
 今どき珍しい電話ボックスに貼りついたチラシ、トタン塀にしがみつき風に揺れているチラシ。
 チラシ、チラシ……。


『電話一本でチャンスを。30日間 無利子』
『審査3分、10万円までかりられます』
『スピード融資20万円』


「なぜ、こんなにお金が必要なんですか?」
「偶然、撮ったんでしょ? 僕、借金はありませんよ。
 三ツ星機械は給料がいいですからね。
 だから僕は、いつだって明朗会計、現金払いですよ」
「クレジットカードを使わないんですか?」
「僕、そういうの嫌いなんです」

 そういって、ヤツはとなりにいた若い女子社員にニコッとして見せた。
 あの顔。
 あたしはもうだまされないけど、次の獲物が決まっているのなら救ってあげなくちゃ。それが女の連携プレーってもんだ。

 タイミングを見計らって、大声で言う。

「クレジットカード、嫌いじゃなくて、『作れない』のではありませんか?」

 ぴく、とヤツのこめかみに血管が浮いた。
 ストライク、ワン、だ。 
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