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第5章「豹変」

第25話「あいつ、ヤバいよ」

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(UnsplashのHà Nguyễnが撮影)

 その日から、あたしは出社しなかった。スマホの電源を切ってスミレの部屋に引きこもった。

 何も聞きたくなかった。
 考えたくない。

 親には心配をかけたくなかったけど、居所が分からないと余計に心配するので、パパにだけ電話しておいた。

『いろいろ、ちょっと考えたいから友人の部屋に泊めてもらっている』って。
 パパは、なぜか事情が分かるみたいな感じで
『ゆっくり考えなさい』とだけ言った。


 そのまま三日がたって、スミレは前から決まっていた海外出張へでかけた。
 出発前に、しつこいほど念押しして……。

「いい? ぜったいに、誰が来てもエントランスをあけちゃダメよ。
 あいつ意外と小知恵がまわるみたいで、
 社内でも根拠がない事をべらべらをしゃべりまくっているの。
 自分が被害者みたいな言いぐさよ。
 それを丸ごと信じちゃっている人もいるから、始末に悪いわ。

 同情されていい気になっているから、ここへもやってくるかも。
 実は、あんたがうちにいるって勘づかれたみたいで、探りを入れてくるのよ
 ぜったいに会っちゃダメよ、むつみ。
 あいつ、ヤバいわ。本気でヤバい男だと思う」
「ごめん、スミレ。迷惑かけちゃって」
「迷惑とか、今は考えないの!
 それより自分の安全を優先してよね。
 出張から帰ってきたら、あんたが首絞められて転がっていた、なんてイヤだからね!」

「……すごい具体的ね」
「あたし、アメリカにも長くいたの。DV被害はたくさん見て来たわ。
 ダメ男が本気になったら、シャレにならないのよ。
 殴る、けるの次は首を絞められるんだから。
 DVで死ぬって、ホントにあるの。甘く見ないでね、むつみ」


 だからあたしは、スミレが出発してから玄関にはガチリとトリプルロックをかけて、部屋から一歩も出なかった。
 だって、あの夜の恐怖は忘れられないもの。
 いきなり理由もなく暴力を受けた。その衝撃はかんたんに身体から抜けるものではない。

 だから、日暮れ時にインターホンが鳴る音を聞いて、ひとりきりの部屋でびくりとしたのだ。

 こわかった。

 部屋に電子音が鳴りつづける。
 地獄の扉を開くみたいな音。
 あたしは耳をふさいだ……。


 こわい。
 いったい、だれがきたの??



 そのとき、鳴りつづけるインターホン音にまじって、どこかから、ピラララアン♪という軽やかな音楽が聞こえた。
 ピラララアン♪
 ピラララアン♪

 そして、スミレの声。

『むつみ! そこにいるんでしょ? こっちへ来てよ!』

 ……スミレ? ……こっちって、どこ?

 顔を上げる。空っぽの部屋にはなにもない。
 けど、静かに夜が始まりかけている暗い部屋の中で、ぴかぴかと光っている場所があった。

 部屋のすみ、からっぽのケージの横にちいさな白い機械が見えた。台形の上に球体が乗っていて、そこがピカピカ光っている。
 スミレの声が機械から聞こえた。

『むつみ? 返事して』
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