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第2章「未か既か、そこが問題」

第9話「非常に危険な状態でもあります……」

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(UnsplashのDynamic Wangが撮影)

 いきりたつスミレをおさえるようにして、大男、山中さんが話しはじめた。

「まあまあ、落ち着いてくれよ。
 石原氏、夫婦仲は普通だと思うよ。大学卒業と同時に結婚してね。デキ婚なんだが、嫁は名古屋の名家の出身で金がある。
 いまは嫁の実家が所有するマンションに住んでて、生活費全般は嫁の実家から出ているって話だ。子供は2歳、男の子」
「……奥さんの家から生活費をもらっているなんて……」

 悔しさのあまりうつむくスミレに、高瀬さんが言った。

「彼はそれなりに裕福です。でも子供もいますし、自由になるお金は多くありません。
 そして、ぜったいに外で誰かと一緒にいるところを見られてはならない。
 だから――」

 ほんの少し口調がやさしいと思うのは、あたしの気のせいかな……?
 高瀬さんが言いかけたことを、スミレが引き取った。

「だから、外食しない。プレゼントも買わない。
 会うのは夜だけで、ずっとあたしの部屋にいるか、個室カラオケに行くくらい……おかしいと思っていた!」

 しだいに興奮するスミレに対して、高瀬さんは冷静に続けた。

「西崎さん、事実は事実です。そこからどういう形に展開するかは、あなたがご自分で決めることです。
 どうしますか?」
「別れます! でも、それだけじゃ胃がおさまらない」
「胃? あ、僕ちょっとお腹が空いてきたみたい……・」
「若林課長、スミレは日本語がうまく出ないときがあるんです。いま言いたいのはつまり……」
「『腹に据えかねる』って事ですね」
「それです、高瀬さん」
「そうよ!」

 どん、とスミレはテーブルをたたいた。客の少ないカフェにスミレの声が鳴り響く。

「私、あいつの家を突き止めて直接、話すわ、チョクハン……チョクダンパー……じゃない、なんていうんだっけ、むつみ?」
「……直談判《じかだんぱん》、かな?」
「それ!」

 そう言うと、スミレは覚悟を決めたようにうなずいた。

「高瀬さん、ありがとうございました。おかげですっきりしました、
 腹は立ちますけど、スッキリしました! 今から何とかして、住所を突き止めます。

 ……そうよ、だいたいおかしかったのよ。1年も付き合っているカノジョに、自宅の住所をおしえないなんて、へんでしょう?
 私、彼の家には一回も行ったことがない。
 インフルエンザに罹った時も、足首をねん挫したって言われたときも、『看病しに来てよ』なんて言われたこともない。
 当然よね、ヨメがいるんだもの! 奥さんにも言いつけてやる!」


 どん、ともう一度スミレはテーブルをたたいた。
 さすがに今度は高瀬さんにたしなめられた。

「西崎さん、落ち着いてください。お相手との直談判は、問題がありますよ。
 法律上、あなたと石原さんの関係は『不倫』です。
 そして不倫の場合、裏切られた配偶者、つまり石原さんの奥さんは、裏切った配偶者――石原さん――と、不倫相手であるあなたを訴える権利があるんです。
 いまは、非常に危険な状態でもあります……」

 あたしとスミレは顔を見あわせた。

 ……そうか。相手の男が結婚していた、ということは、不倫って事になるんだ。だから相手の奥さんには、スミレを訴える権利がある……。
 え、なにそれ。

 ずるくないか、アホ男め!!

「ただし相手の男性が既婚だと知らなかった、ということを証明できれば、
 西崎さんが訴えられることは無くなります。
 この場合、『既婚者だと全く気付かず、騙されていた』と証明することが重要なのですが、
 できますか?
 たとえば相手の男性が『いずれ結婚しようよ』とか『結婚前提で付き合っているよ』
 などというメッセージを送ってきて、それがスマホに残っていれば立派な証拠になります」
「……いえ。たしかに既婚者とは知らなかったんですが、
 『だまされていた』と証明できるものは何もありません。
 その点、相手は巧妙でしたから……」

 しゅん、とスミレばうなだれた。
 あたしもしゅんとする。

 そうか……ダメンズでも頭がいいやつっているのね……。

 しかしそこで、高瀬さんはしゃんと背を伸ばして、スミレにたずねた。

「とはいえ、何ごとにも『調べる方法』は、あります。
 どうするかは、あなた次第です、西崎さん」
「……どういうことですか?」

 スミレはぐぐっと身体をテーブルに乗り出した。
 あら……いつも冷静な高瀬さんの目が、キラキラしてみえるけど……?
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