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第2章「未か既か、そこが問題」

第5話「理想の男」

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(Unsplashのsaeed karimiが撮影)

 翌日の昼休み、あたしと同期のスミレは会議室にいた。
 社内には社員専用のカフェテリアもあるが、人が多くて内密の話はできない。
 だから仲のいい友人同士で踏み込んだ話をしたいときは、開いている会議室を使う。会議室の個人的な使用は禁止されているけれども、昼休みは黙認されている感じだ。


「いいなあ、むつみは。もう結婚までカウントダウン中みたいなもんじゃん」

 スミレはアボカドにベジタリアン用マヨネーズをたっぷりつけたベーグルサンドをほおばりながら言った。
 どうでもいいけど美人って得よね。口の端にマヨネーズをつけてても、かわいく見えるんだもん。

 スミレは日本人のパパとイギリス人のママを持つハーフ。
 『美人+帰国子女+性格がいい』の三つ重ね女子だ。
 そんなハイスぺなのに性格がいいから、男女ともに、上司にも同期にもウケがいい。
 うらやましいよ、ホントに……。
 そのうらやましさを隠して、あたしは言った。 

「大げさだよ、スミレ。結婚するかどうかなんて、まだわからないもん。
 かんじんのプロポーズは、まだだもん」
「時間の質問でしょ……ちがうな。時間の……なんだっけ?」
「時間の『問題』ね」
「ソレ。おぼえておこうっと。時間の問題、問題、クエスチョン……と」

 スミレは外資系企業の社員だったパパのおかげで、海外で生まれ育った。英語、フランス語、ヒンディー語がペラペラだが、日本語は時々おかしいことがある。
 まあ、本人が気にせずにしゃべり倒しているから問題はないみたい。
 言葉なんかは、ただのツールだって割り切っているから。

 スミレは、自分が言いたいことがきちんと伝われば、それでいいという。
 おかしなところは、しゃべりながら直していけばいいんだって。
 そこが、スミレの強さだ、とあたしはうらやましく思う。

 スミレは『できない自分、やれない部分』をそのまま認める。
 どんなことに対してもできないままで突っ込んでいき、やりながら修正してしまうのだ。
 その度胸のある強さは、ちょっと、平凡な日本人のあたしには想像できない。
 海外育ちは強いなあ……。


 コンビニおにぎりを食べつつ、あたしはひそかに白旗を上げる。

 スミレのメンタルの強さは子供の頃から多彩な人種、文化にもまれて育ってきたからだ。
 とてもとても、海外へ行ったのは大学の卒業旅行のハワイだけ、なんていうあたしではかなわない。
 ちょっとうらやましいよね……。
 
 サクサクとベーグルを食べ終わったスミレは、

「でさ、結婚したらどうするの、むつみ? コトブキ退職?」
「ううーん。子供ができるまでは共働きかな。生活するには爽太さんのお給料で十分だけど、自分が自由にできるお金ほしいもんねー」
「うわー、理想じゃん。子どもか、いいな、欲しいな。
 やさしい夫、かわいい子供、育休とって時短で復帰。うらやましー!」
「だから、まだプロポーズされていないって」

 そういいながらも、あたしは少し鼻が高い。
 スミレの言うとおり、爽太さんは好条件の結婚相手だ。
 清潔感があって、ほどよくイケメン。『ほどよく』ってところがポイントで、あんまり顔がいい男はチャラく見えて、賢い女ほど敬遠する。
 爽太さんくらいの、中の上ランクの男って、ほんとに完璧なの。

 社内でも狙っていた女子は多かったと思う。
 それがあたしの手に落ちてきたのはラッキーな偶然だ。

「付き合って半年。もう半年たって1年でプロポーズってのが理想よね」
「そうだね」
「付き合うキッカケも映画みたいだったよねえ? 社員旅行のイベントで声をかけられたんでしょ」
「うん……」

 そう、社員旅行で爽太が声をかけてきたのが最初だ。そこからスムーズに付き合うことになり、半年。
 社内恋愛だが、爽太さんは最初からオープンだった。これも女子にとっては理想のはず。
 まるで初めから結婚するつもりみたいに、付き合っていることをすぐに公開してくれた。

 そのときもスミレは驚いて、

『そんなこと、ある? 27歳の男が、はじめから結婚するつもりで付き合うなんてある?
 すごいわー、理想だわ、青井さん!』

 と、ほめちぎってくれた。
 まあ、あたしにだって疑問がわくこともあるけど、爽太さんの顔を見ているとわすれてしまう。
 あんまりにも結婚するのが当然、みたいな顔をしているから。
 あるいは、爽太さんがうまく結婚するように仕向けているのかな……。

 まさかね、そんなことができるひとじゃない。
 考え込んでいるうちに、スミレは食べ終えたものを片付けて、

「さて、昼からは企画書をチェックしなきゃ。仕事している場合じゃないんだけどなあ……」

 その一言で、ふっと思った。
 そうだ、スミレの恋愛相談は、明日の予約だ。

「スミレ、明日は12:45分からの予約よ。
 5分前には総務に来たほうがいいわ。時間は1人当たり15分と決まっているの。
 でもさ、いったい何を聞きたいの? 彼とうまくいっていない?」
「うーん……」

 スミレははじめて難しい顔になった。

「うまくいっていないというか……どうも、怪しいのよね……」
「あやしいって、何が?」
「カレ、結婚しているじゃないかって気がするのよ」
「はあ!?」
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