上 下
64 / 73
最終章「薤露青(かいろせい)」~清春×佐江 編

第63話「男の頭の中では、女は現実よりも数十倍も魅力的」

しおりを挟む
第63話「男の頭の中では、女は現実よりも数十倍も魅力的」(UnsplashのMichal Matlonが撮影)

 コルヌイエホテルには、立食スタイルで1500人が入れる巨大なバンケットルームがある。
 今日はほぼ定員いっぱいまで招待客が入っているらしく、会場はぎっしりと埋め尽くされていた。

「ねえ、大地銀行《だいちぎんこう》って、けっこうイケている男が多いよね?」

 佐江の隣で、理奈が目をキラキラさせて言う。佐江はよく冷えた白ワインのグラスを手にして、

「そうね」
「あたし銀行員って大好きなんだけど、相手にされないの。どうしてかしら?」

 佐江は、プロのショップ店員の眼で理奈を見た。
 夕方から夜にかけてのフォーマルなパーティなのに、ドレスはひどく、けばけばしかった。
 顔色に似合わないベビーピンクのドレスに黒いエナメルハイヒール。宝石で飾るべき胸元は空っぽで、たっぷりした乳房がかえって寒々しく見えた。

 作りこみすぎたメイクとベビーピンクのふんわりしたドレスは、健康的な美しさを生かしていない。
 ……なにか手を入れるならどうしたらいいか。
 佐江は『理想のコーデ』を思い描いた。

  むきだしになっているデコルテと肩をストールでおおうだけで、上半身の露出がおさえられ、理奈のすんなりした脚のラインが強調される。
 ヒールは黒ではなく、ベージュと取り換える。形は品のあるスクエアヒールが正解だ。
 佐江は理奈の肩をそっと叩いた。

「ねえ、銀行員に好かれたい?」
「もちろんよ」

 むっとした顔で理奈が食いついてきた。佐江は品よく微笑み、

「じゃあ、ついてきて。少し変えてみましょう」
「……かえる? 何を?」

 そう言いながらも理奈はバンケットルームから出ていく佐江に、黙って従った。
 佐江はホテルの広い廊下へ出て、あたりを見た。このあたりは小さなロビーになっており、隅にいても邪魔にならない。しかもおあつらえ向きに誰もいなかった。

 手早く自分のストールをはずして、理奈のデコルテにまく。忙しく手を動かしながら、

「理奈。本気で男が欲しいならね、自分の身体を見せちゃダメよ。
 見せないことで男は勝手にあれこれと考えてくれる。そして男の頭の中では、女は現実よりも数十倍も魅力的にみえているものなの。
 ほら、これであなたの肩は百倍もきれいになった」

 理奈はじっとシルクでおおわれた自分の胸元を見おろした。
 ふんわりと巻かれたストールの隙間から絶妙なボリュームの肌がほのかに見え、25歳の女の凝脂で照り輝いていた。
佐江は梨絵の全身を長めおろし、続いて短く命じた。

「ヒールも脱いで。あなた、サイズはいくつ?」
「靴のサイズ? 二十四よ、あたしチビだけど足は大きいの」

 佐江はとうなずいた。

「そのヒールは脱ぎなさい。あたしの靴と取り換えましょう」

 理奈はまじまじと、佐江のはいているパイソン柄のベージュと黒のバイカラーヒールを見た。

「だって、ピンクのドレスにヘビ柄?」
「そうよ。ばかね、柄の問題じゃないの。色の問題なのよ」

 理奈がバイカラーのヒールをはく。佐江は代わりに黒のエナメルヒールをはいた。
 そして理奈のつま先まで眺め、エレベーターの前へ連れて行った。
 コルヌイエホテルのエレベータードアは、ぴかぴかに磨き立ててあり、鏡がわりになる。
 佐江がほどこした小手先のテクニックで品よく生まれ変わった姿を見て、理奈は小さく叫んだ。

「なにこれ、全然違う。めちゃめちゃカワイイじゃない」
「あなたみたいに小柄で身体つきがきれいな人は、かえって露出しないほうが男をそそるわよ」
「……なんか、魔法使いみたいね、佐江」

 理奈がうっとりとそう言うのを聞いて、佐江はニヤリとした。

「いいのよ。きれいな人をもっときれいにするのが、あたしの仕事だもの」
「仕事? ああ、働いているんだったわね。ええと、どこの店だったっけ?」

 佐江はさらっと自分のパーティバッグから小さな名刺を取り出した。

「『ドリー・D』って知っている? ベルギーのデザイナーよ。あたしは、そこのショップで働いているの。歌舞伎座のうらに店があるから、よかったら寄ってちょうだいね」

 理奈は名刺を食い入るように見つめた。それから小さな声で、

「行くわ。ねえ、全身ぜんぶコーディネートしてくれる? いま、どうしても落としたい男がいるのよ」
「もちろん。デートでもフォーマルでも、彼のおうちにご挨拶に行くときの服でも、全部そろえてあげるわ」
「ほんとうに? そっくり全部やってくれる?」
 チン! と佐江の脳内で7ケタのレジが鳴った。理奈は裕福な家の娘だ、予算に上限はつけまい。
 質のいい太客になる。
 佐江は品よく笑った。

「あたりまえでしょう、友達だもの。さあ先に戻って。私はすぐ後から行くから」

 理奈を見送り、このまま安原をまいて帰ろうとしたとき、ぎくりとした。
 水ぎわだった美貌の男がで立っている……清春だ。

「さすがファッションのプロ。あの女性をみごとにレディに生まれ変わらせたね」
「……清春さん、なぜ? ……パーティ会場の勤務ではないのでは……」

 全身から血の気が引いていく。
 清春がいる。
 佐江の初めてのキスを奪い長い指で快楽を与えた清春が、漆黒のボーイ姿で流れるように歩いてきた。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

私を犯してください♡ 爽やかイケメンに狂う人妻

花野りら
恋愛
人妻がじわじわと乱れていくのは必読です♡

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

処理中です...