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第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編
第56話「キヨには絶対に知られたくねえ事」
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(Unsplashのname_ gravityが撮影)
真乃はずるずるとバッティングセンターへ引きずられていく。
「ちょっと、やめてよ! 何なの!?」
「あんた、いま、ジャマ。オンナがいると、ヨースケうごけない、やられる」
「……やられる?」
真乃がさっきまでいた場所では、深沢が大きな身体で軽々と動いている。
男たちを叩きのめしていた。
鼻をなぐり、血だらけになった顔にあらためて肘うちを噛ませ、同時に次の男の急所を膝で蹴り上げている。
男たちが倒れていく。そこへ、また念入りにケリを入れた。彼らが動けなくなっても深沢はまだ蹴り続けた。
「なんで、あんなにやるのよ……」
若い男はまだ真乃をおさえたまま、
「ハンパにすると、よくない」
「ハンパって……いや、やりすぎでしょ」
「ヨースケ、わかってる。もうやめるよ」
確かに、深沢は手足を止めていた。
最後のトドメに倒れた4人の顔を順に踏みつぶし、何の反応もないのを確認する。それから真野の隣の男に向かい、
「ホイト、佐々木さんに電話しとけ。これ、適当に回収してくれって」
「ヨースケ、じぶんでやるよ。おれ、ささきさんコワいし」
「それを言うなら『じぶんでやれよ』だ。お前の日本語はまだまだだな。なあ、俺は別に回収してもらわなくてもいいんだぜ。ただ明日の夜に面倒なことになってしらねえぞ」
「めんどう?」
「マグ・アーワイ(mag-away)。 ほっとくと、明日、仲間がまた来る」
若い男はうんざりした声でうなった。そして首をふりふり、スマホでどこかに電話をしはじめた。
深沢はシャツのそでで自分の鼻を拭き、ついた血を見て舌打ちした。
「くそ、このシャツ、新品だったんだぞ」
真乃の手から自分のジャケットを取ると、
「来いよ、大通りまで送る」
すたすたと歩き始めた。真乃があわてて、追いすがる。
「身体、なんともないの?」
「あの程度じゃなあ」
「いつもあんなことしているの?」
「まあ、だいたいな。キヨがいりゃラクだったんだが」
「キヨ? キヨちゃんもあんなことしてるの」
「あんなこと?」
自分の頬骨のあたりをなでながら、深沢は言った。
「あんたのアニキがいりゃ、もっと早くカタがついた」
「キヨちゃんがケンカするの? うそでしょ」
「あんたなあ……」
深沢は血だらけのシャツの袖を折り返しながら、真乃をじろっと見た。
「男ってのはケンカするもんなんだ。俺とキヨはガキの頃から一緒にケンカしてる」
「キヨちゃん、強いの?」
「本気になったらおれと互角かもな。でもあいつはカッコつけたいから、本気にならねえよ」
真乃はもう声も出ない。深沢は立ち止まった真乃を振り返って、にやりと笑った。
「意外か?」
「うん」
「あいつにだって、妹に知られたくねえことくらいあるだろ」
「……そうね」
真乃はふと、母が亡くなった日に清春が見せた不思議な行動を思い出していた。
佐江の抗議の言葉を指一本で止めてしまった異母兄。
あの時の清春の声は、今でも耳の奥に鳴っている。
『おれの言うことを、聞いて。佐江』
清春が『佐江』と呼ぶなんて、知らなかった。そしてあの声音《こわね》には、妹の友人に向かって使うものではない音が混じっていた。
もっと濃度のある、とろりとした蜜のような声だった。
そして清春の柔らかい声に応えた、佐江の鮮やかな色の舌。
あれはきっと清春が妹に知られたくないと思っている秘密だろう、と真乃は思った。
ディオリッシモの花のような、甘い香りに包まれた清春だけの秘密だ。
真乃は暗い路地から大通りへ出る深沢へ声をかけた。
「あんたも、キヨちゃんに知られたくないことって、ある?」
深沢は足を止め、血だらけの両手をデニムのポケットに突っ込んだ。
「……あるよ」
「どんなこと? キヨちゃんが知ったら、怒ること?」
深沢は、こきっと首を曲げて音を立てた。
「あー、まあ、カンカンになるだろうな」
「キヨちゃんがカンカンになる? どんなことよ」
「あいつ、あんたのこと大事にしてるからなあ。だがまあ、しょうがねえ」
そういうと深沢はひょいと、真乃を肩にかつぎあげた。
188センチの深沢の肩に、150センチそこそこの真乃はぬいぐるみのように乗っかった。
「なにすんのよ!」
ははは、と深沢は艶のあるバリトンで笑った。
「なにって? そうだな、キヨには絶対に知られたくねえ事――だな」
真乃はずるずるとバッティングセンターへ引きずられていく。
「ちょっと、やめてよ! 何なの!?」
「あんた、いま、ジャマ。オンナがいると、ヨースケうごけない、やられる」
「……やられる?」
真乃がさっきまでいた場所では、深沢が大きな身体で軽々と動いている。
男たちを叩きのめしていた。
鼻をなぐり、血だらけになった顔にあらためて肘うちを噛ませ、同時に次の男の急所を膝で蹴り上げている。
男たちが倒れていく。そこへ、また念入りにケリを入れた。彼らが動けなくなっても深沢はまだ蹴り続けた。
「なんで、あんなにやるのよ……」
若い男はまだ真乃をおさえたまま、
「ハンパにすると、よくない」
「ハンパって……いや、やりすぎでしょ」
「ヨースケ、わかってる。もうやめるよ」
確かに、深沢は手足を止めていた。
最後のトドメに倒れた4人の顔を順に踏みつぶし、何の反応もないのを確認する。それから真野の隣の男に向かい、
「ホイト、佐々木さんに電話しとけ。これ、適当に回収してくれって」
「ヨースケ、じぶんでやるよ。おれ、ささきさんコワいし」
「それを言うなら『じぶんでやれよ』だ。お前の日本語はまだまだだな。なあ、俺は別に回収してもらわなくてもいいんだぜ。ただ明日の夜に面倒なことになってしらねえぞ」
「めんどう?」
「マグ・アーワイ(mag-away)。 ほっとくと、明日、仲間がまた来る」
若い男はうんざりした声でうなった。そして首をふりふり、スマホでどこかに電話をしはじめた。
深沢はシャツのそでで自分の鼻を拭き、ついた血を見て舌打ちした。
「くそ、このシャツ、新品だったんだぞ」
真乃の手から自分のジャケットを取ると、
「来いよ、大通りまで送る」
すたすたと歩き始めた。真乃があわてて、追いすがる。
「身体、なんともないの?」
「あの程度じゃなあ」
「いつもあんなことしているの?」
「まあ、だいたいな。キヨがいりゃラクだったんだが」
「キヨ? キヨちゃんもあんなことしてるの」
「あんなこと?」
自分の頬骨のあたりをなでながら、深沢は言った。
「あんたのアニキがいりゃ、もっと早くカタがついた」
「キヨちゃんがケンカするの? うそでしょ」
「あんたなあ……」
深沢は血だらけのシャツの袖を折り返しながら、真乃をじろっと見た。
「男ってのはケンカするもんなんだ。俺とキヨはガキの頃から一緒にケンカしてる」
「キヨちゃん、強いの?」
「本気になったらおれと互角かもな。でもあいつはカッコつけたいから、本気にならねえよ」
真乃はもう声も出ない。深沢は立ち止まった真乃を振り返って、にやりと笑った。
「意外か?」
「うん」
「あいつにだって、妹に知られたくねえことくらいあるだろ」
「……そうね」
真乃はふと、母が亡くなった日に清春が見せた不思議な行動を思い出していた。
佐江の抗議の言葉を指一本で止めてしまった異母兄。
あの時の清春の声は、今でも耳の奥に鳴っている。
『おれの言うことを、聞いて。佐江』
清春が『佐江』と呼ぶなんて、知らなかった。そしてあの声音《こわね》には、妹の友人に向かって使うものではない音が混じっていた。
もっと濃度のある、とろりとした蜜のような声だった。
そして清春の柔らかい声に応えた、佐江の鮮やかな色の舌。
あれはきっと清春が妹に知られたくないと思っている秘密だろう、と真乃は思った。
ディオリッシモの花のような、甘い香りに包まれた清春だけの秘密だ。
真乃は暗い路地から大通りへ出る深沢へ声をかけた。
「あんたも、キヨちゃんに知られたくないことって、ある?」
深沢は足を止め、血だらけの両手をデニムのポケットに突っ込んだ。
「……あるよ」
「どんなこと? キヨちゃんが知ったら、怒ること?」
深沢は、こきっと首を曲げて音を立てた。
「あー、まあ、カンカンになるだろうな」
「キヨちゃんがカンカンになる? どんなことよ」
「あいつ、あんたのこと大事にしてるからなあ。だがまあ、しょうがねえ」
そういうと深沢はひょいと、真乃を肩にかつぎあげた。
188センチの深沢の肩に、150センチそこそこの真乃はぬいぐるみのように乗っかった。
「なにすんのよ!」
ははは、と深沢は艶のあるバリトンで笑った。
「なにって? そうだな、キヨには絶対に知られたくねえ事――だな」
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