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第17章「香港にいる男」

第145話「言えなかった愛情」

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(UnsplashのKateryna Hliznitsovaが撮影)

 暗いショットバーで、北方は電話ごしの声に耳を澄ませた。

「なんだって、城見?」

 城見龍里《しろみりゅうり》はちょっと早口になって続けた。

「ありがとう。ありがとう、その」
「礼にはおよばない。紀沙《きさ》の命令だからね」

 城見は、ああ、とつぶやいて同意した。

「あんたは昔から、紀沙にはノーと言えなかったな」
「そっちもだろう。そのおかげで、になった」

 城見は黙っていた。そのとおりだと思ったのか、それとも4日後の金曜日のことを考えているのか。
 北方は通話を切った。
 そこへタイミングよく新しいグラスが置かれる。

 優美なフルートグラスに入れられた、ルビーのような赤い酒。シャンパンとクレーム・ド・カシスを使った美しい酒は、キール・ロワイヤルだ。
 紀沙が愛した華やかなカクテル。
 優美で、圧倒的な存在感があり、いつも太陽のように照り輝いていた北方御稲の親友によく似た酒だ

 口数の少ないマスターは、ひしゃげた耳を傾けてぼそりと言った。

「お連れさん、そいつが好きだっただろう」
「ああ、そうだったね」
「俺からの香典《こうでん》だ」

 北方は薄く笑って、鮮やかに赤い酒を明かりに透かして見た。

「ありがたく、いただくよ」

 すうっと、ようやく涙が一筋流れてきた。

「あんた、あのひとに惚れていたね?」

 マスターが、ポツンという。
 北方は、だまって紀沙の代わりに酒を飲む。
 長い片恋も言えなかった愛情も、すべては紀沙が持って行ってしまった。
 そしていま北方の耳には、惚れた女の声が聞こえている。

 ありがとう御稲、と言っていた。
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