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第16章「風の行方を追え」
第137話「今ここで、愛していると言ったら、反則か?」
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(UnsplashのGrgur Vučkovが撮影)
聡のひたいを広くしなやかな肩で受けて、音也は静かに答えた。
「お前が世界中を敵にまわすときでさえ、俺はお前をかばわなきゃいけないのか? 秘書だというだけの理由で?」
音也の声はすこしゆるみ、低いバリトンの底にかすかな笑いの気配さえ感じられた。
くすっと、聡も笑った。
「おまえは、おれの女房役だ。かばうに決まってんだろ」
「こんなに手のかかる亭主は、いらないぞ」
そっと音也の手が聡の頭にかかった。髪をなでる。
「この髪、もう少し切ったほうがいいな」
「このあいだ御稲《みしね》先生にも同じことを言われたよ。おまえと御稲先生は、どこか似ている」
「俺には、あれほどの度胸はないよ。ただお前を守るという点では互角《ごかく》だな――いや、俺の方が強い」
音也は聡の頭に軽くキスをした。
「髪は明日、俺が切ってやる」
「おまえ、カットもできたか?」
聡が不思議そうに言うと、音也は聡に耳に舌を這《は》わせながら笑って答えた。
「政治家の秘書はな、議員さまの頭のてっぺんから爪先まで、ぜんぶお世話できなきゃつとまらないんだよ」
ふむ、と聡は考え込んだ。
「そりゃ便利だな」
「議会に出ること以外は全部、秘書の仕事だ。だからって世話を焼かせるなよ、センセイ」
「……うるせえやつだ」
「女房役だからな」
聡は音也の咽喉《のど》から肩、胸をながめおろした。
「どこで買ったんだ、こんなシャツ」
「シャツ?」
「おまえのクローゼットで、見たことねえぞ」
「……買ったんだ。東京の『ドリー・D』で」
「あれからずっと東京にいたのか」
聡は一歩下がって、音也のモデルのような長身をじっと見た。
今日の音也は、襟《えり》の高い真っ白なコットンシャツにチャコールグレーのレザーらしい細いパンツを合わせている。
シャツは襟が高くて小さなボタンがふたつ付いている、ドゥエボットーニと言うスタイルだ。着こなしが難しいシャツのひとつで、ヨーロッパ人ならともかく、日本人の体形ではよほど首が細く長くて形が良くなければ、きれいに見えない。
音也はそのシャツを完璧に着こなしていた。
そのままセレクトショップの店員がつとまりそうだし、モデルとしても通用するだろう。
だが聡は、もう二度と音也に華麗な姿《すがた》かたちを切り売りさせるつもりはない。
なぜなら――楠音也は、聡のものだから。
未来永劫《みらいえいごう》、聡だけのものだからだ。
「おれの知らないシャツなんて、着るなよ」
聡はシャツのボタンに手をかけた。
夜の明かりに輝く小さな貝ボタンを、ひとつずつ、あけてゆく。
「おれの知らないパンツも靴もダメだ。おれの知らない煙草も、もらうな」
ゆっくりとシャツを開くと、音也の身体が夜の中に浮かび上がった。
しなやかな筋肉をつけた胸、腹、くっきりと影を落とす鎖骨。二の腕から肩にむかって筋肉がつながり、ぐるりと回って背中にいたっている。
聡が十日前に、跡《あと》が残るほどに爪を立てた背中だ。
食い入るように音也の身体を見つめてつぶやく。
「今ここで、愛していると言ったら、反則か?」
聡のひたいを広くしなやかな肩で受けて、音也は静かに答えた。
「お前が世界中を敵にまわすときでさえ、俺はお前をかばわなきゃいけないのか? 秘書だというだけの理由で?」
音也の声はすこしゆるみ、低いバリトンの底にかすかな笑いの気配さえ感じられた。
くすっと、聡も笑った。
「おまえは、おれの女房役だ。かばうに決まってんだろ」
「こんなに手のかかる亭主は、いらないぞ」
そっと音也の手が聡の頭にかかった。髪をなでる。
「この髪、もう少し切ったほうがいいな」
「このあいだ御稲《みしね》先生にも同じことを言われたよ。おまえと御稲先生は、どこか似ている」
「俺には、あれほどの度胸はないよ。ただお前を守るという点では互角《ごかく》だな――いや、俺の方が強い」
音也は聡の頭に軽くキスをした。
「髪は明日、俺が切ってやる」
「おまえ、カットもできたか?」
聡が不思議そうに言うと、音也は聡に耳に舌を這《は》わせながら笑って答えた。
「政治家の秘書はな、議員さまの頭のてっぺんから爪先まで、ぜんぶお世話できなきゃつとまらないんだよ」
ふむ、と聡は考え込んだ。
「そりゃ便利だな」
「議会に出ること以外は全部、秘書の仕事だ。だからって世話を焼かせるなよ、センセイ」
「……うるせえやつだ」
「女房役だからな」
聡は音也の咽喉《のど》から肩、胸をながめおろした。
「どこで買ったんだ、こんなシャツ」
「シャツ?」
「おまえのクローゼットで、見たことねえぞ」
「……買ったんだ。東京の『ドリー・D』で」
「あれからずっと東京にいたのか」
聡は一歩下がって、音也のモデルのような長身をじっと見た。
今日の音也は、襟《えり》の高い真っ白なコットンシャツにチャコールグレーのレザーらしい細いパンツを合わせている。
シャツは襟が高くて小さなボタンがふたつ付いている、ドゥエボットーニと言うスタイルだ。着こなしが難しいシャツのひとつで、ヨーロッパ人ならともかく、日本人の体形ではよほど首が細く長くて形が良くなければ、きれいに見えない。
音也はそのシャツを完璧に着こなしていた。
そのままセレクトショップの店員がつとまりそうだし、モデルとしても通用するだろう。
だが聡は、もう二度と音也に華麗な姿《すがた》かたちを切り売りさせるつもりはない。
なぜなら――楠音也は、聡のものだから。
未来永劫《みらいえいごう》、聡だけのものだからだ。
「おれの知らないシャツなんて、着るなよ」
聡はシャツのボタンに手をかけた。
夜の明かりに輝く小さな貝ボタンを、ひとつずつ、あけてゆく。
「おれの知らないパンツも靴もダメだ。おれの知らない煙草も、もらうな」
ゆっくりとシャツを開くと、音也の身体が夜の中に浮かび上がった。
しなやかな筋肉をつけた胸、腹、くっきりと影を落とす鎖骨。二の腕から肩にむかって筋肉がつながり、ぐるりと回って背中にいたっている。
聡が十日前に、跡《あと》が残るほどに爪を立てた背中だ。
食い入るように音也の身体を見つめてつぶやく。
「今ここで、愛していると言ったら、反則か?」
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