134 / 164
第16章「風の行方を追え」
第131話「風の意思」
しおりを挟む(UnsplashのKatarzyna Urbanekが撮影)
夜の松ヶ峰家《まつがみねけ》は、閉館後の美術館のように静まりかえっている。
ひとりでパーティから戻ってきた聡は、からっぽの家から死者《ししゃ》の衣のようにひんやりした空気で迎えられた。
スーツを着たまま、玄関横の選挙事務所に入る。
蛍光灯の明かりの下で、荷物をまとめた段ボールが積みあがっている。もうじき駅前の選挙用事務所に引越すからだ。
衆院選挙まで、あと3カ月半。
いよいよ本腰《ほんごし》を入れた選挙準備が始まるのだ。
聡はスーツの内ポケットから煙草を取り出しつつ、つぶやいた。
「あの事務所は、おれのいない間にコンと音也《おとや》が選んだんだっけ……」
一人きりの事務所に、ゆらゆらと聡の煙草のけむりだけが立ちのぼった。
「コンのやろう、たまちゃんをかっさらっていきやがって」
聡は、年記念パーティが終わってから今野がわざとらしく言った言葉を思い出して笑った。
『あっ、環《たまき》ちゃん、今日は着物だから歩きにくいですよね。俺が送っていきますよ』
そういうと、今野は荷物を運ぶベテラン作業員のように手ぎわよく環を連れて消えていった。
聡は苦笑して、ひとりで戻ってくるしかなかった。
「コンと、たまちゃんか…」
ぽつんとつぶやいて、聡は天井まで上がっていく煙を眺めた。
ゆらゆらとのぼる煙の行方《ゆくえ》を見ていた聡は、ハッとして立ち上がった。
煙が、一定の方向へ引きずられるように流れてゆく。
この巨大な松ヶ峰邸のどこかで窓があいて、風が巻《ま》きおこっているのだ。
ごくっと、聡の咽喉《のど》が鳴った。
この家の鍵を持っている人間は三人だけだ。聡と環と、音也《おとや》。環は一社の家にいる。
となれば、残るは音也だけ。
聡はあわてて煙草を押しつぶし、事務所を飛び出した。
広すぎる玄関ホールで、全身に鳥肌を立てて、風の行方を追う。
ひんやりとした風は頭上から流れ落ちてくる。
風は意志を持つもののように聡にまとわりつき、聡の良く知っている香りと、聡の知らない煙草の匂いを運んできた。
「あいつ、今日はどんな煙草を吸っているんだ」
聡は、らせん階段を一段おきに駆けあがる。
音也がいる。
花のようなデューンの香りと、外国ものらしい煙草の匂いをただよわせた最愛の人は、死んでしまった美術館のような巨大な松ヶ峰邸にいる。
確実に、いる。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
専業種夫
カタナカナタ
BL
精力旺盛な彼氏の性処理を完璧にこなす「専業種夫」。彼の徹底された性行為のおかげで、彼氏は外ではハイクラスに働き、帰宅するとまた彼を激しく犯す。そんなゲイカップルの日々のルーティーンを描く。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
Lost
とりもっち
BL
自殺を図った青年が、見知らぬ男に拉致監禁されてヤられるだけのお話。犯罪注意。
※見るも見ないも自己責任。注意一秒、怪我一生。転んでも泣かない。誰かの萎えは誰かの萌え。
何でも美味しく食べられる雑食向け。以上を踏まえた上で、ばっち来いやーってな方はどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる