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第12章「あれは、夢か?」
第94話「このまま、音也を愛してもいい」
しおりを挟む(UnsplashのYuvraj Singhが撮影)
コルヌイエホテルのメインエントランスにつけられた車は、モスグリーンのミニ・クラブマンだった。
井上は聡の手からバッグを取るとさっさと車の後部座席にしまい込み、にこやかに助手席のドアを開けた。
「お待たせいたしました。どうぞ」
聡は直前までためらっていたが、思いきって小ぶりなイギリス車に乗った。
井上は柔らかな身ごなしで助手席のドアを閉め、かろやかに車の背後を回り込んでから運転席に乗り込んだ。
よく手入れされているらしい車は、キーがひねられると、たちまち軽快なエンジン音で息を吹き返した。
まるで手練れの騎士に、たあいもなく目覚めさせられた奔馬のように。
井上は慣れた手つきでハンドルをあつかい、車を出した。それから聡に向かい、
「この時間ですと、30分ほどで東京駅に到着いたします。新幹線のお時間は何時ですか?」
「ああ、買っておいた切符は東京駅を19時発なんです。まだ早すぎますから、てきとうにチケットを変更しようと思っています」
「さようですか……」
つぶやいて、井上は赤信号で車をとめた。
「どこかご覧になりたいところがあれば、このままご案内いたしますが? わたくし、本日は休みなんです」
「休み? 休みなのにダークスーツを着て、職場にいたんですか? とんだワーカホリックですね」
聡は明るく笑った。それからふと思う。
おれはまだ笑える。あんなことがあった後なのに、笑っている。
それが良いことなのか悪いことなのか、よくわからない。
しかし、自分が親友の愛撫のあとを身体に秘めたまま、平気な顔をして他の人間と話して笑えることは分かった。
それはつまり、音也を愛したままでも生きていける、ということではないか。
朝に目覚め、食事をして働き、夜に眠るのと同じように、聡は音也を愛する事ができるのだ。
それがわかって、聡はほっとした。
聡はこのまま、音也を愛してもいい。
この先に何が起ころうと、何も起こらずに終わってしまおうと、聡は楠音也を愛していてもいい。
それだけのことが、無性にうれしかった。
高揚した気分のまま、聡は運転席の美麗な男に言った。
「どこへいきたい、ということはないんですが、しばらくこの車に乗っていたいですね。
これ、ミニですよね。イギリス車ですか?」
聡の問いに、井上は物柔らかに返事をした。
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