「何もない、静かな部屋」 キスを待つ頬骨シリーズ2.5

第12章「あれは、夢か？」

第91話「この男が笑うと、それだけで場が輝く」

（UnsplashのTaylor Nicoleが撮影）

　中途半端な時間のチェックアウトは、機敏なコルヌイエスタッフの手であっという間にすんでしまった。
　レセプションカウンターにいたのは、聡とあまり年が変わらないような若い男性スタッフだ。カウンター上のトレイに戻されたクレジットカードを財布にしまいながら、ちらりとシックで華やかな高級ホテルのロビーを見まわす。

「いかがなさいましたか」

　よく教育された若いホテルマンが、聡の様子を見て、にこやかに尋ねた。
　一瞬、あいまいに笑ってごまかそうとしたが、しかし、やはり聞いてみたくなった。

「あの、今日は井上《いのうえ》さんはお見えですか。私は、名古屋から来た松ヶ峰と申しますが」
「はい、松ヶ峰さま。いつもご利用いただき、ありがとうございます。
　井上でございますね。本日も出ております、お待ちくださいませ」

　若い男性スタッフがそういったとき、まるで出番を待ちかまえていた役者のように、長身と端正な美貌を光らせた男が、あざやかにホテルのロビーを横切ってきた。

　コルヌイエのホテルスタッフ、井上だ。

　「松ヶ峰さま。もうお出ちですか？　本日は夕方までご滞在と、うかがっておりましたが？」

　ああ、この男が笑うと、それだけで場が輝く。
　音也によく似た存在感だ、と聡は思った。