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第10章 「裏工作」
第71話「おふくろの最後の男」
しおりを挟むコルヌイエホテルのスイートで、無理な体勢からパンチを放った音也《おとや》は、床に倒れたままの聡のそばでしゃがみこんだ。
荒い息を整えている。
聡は高い天井を見上げたまま、なんとか平気そうな声を出した。
「なめたまね、するじゃねえか、音也」
「おれがおまえの秘書だからって、だまって一発食らう必要はない」
音也は完璧なバランスの美貌をゆがませながら、ゆっくりと立ち上がった。
聡のほうはまだ立ち上がれない。あおむけに倒れたまま、顔をしかめてみぞおちを押さえた。
「てめえ、本気で肘《ひじ》を入れやがったな」
「急なことで、加減《かげん》ができなかったんだ。安心しろ、アバラには行ってないから」
痛みに耐える聡の額に、ひたと冷たいものが当たった。
目を開けると、音也が冷蔵庫から出してきた冷たいミネラルウォーターのボトルを白いリネンハンカチで巻き、聡の額《ひたい》にあてていた。
「おまえの左目の、した」
と、まだ音也も荒い息のまま言った。
「すり傷ができている。跡《あと》が残るとまずい。
3日後の夕方には、選挙区で懇親会がある」
「こんしんかい、か」
聡は天井をにらみつけた。
コルヌイエホテルは30年前に大がかりなリニューアル工事をして、スイートの天井を高くしたらしい。
聡のように身長が180センチを超える男にとっては、圧迫感がないのは良いことだが、ふと不安を感じることもある。
天井が遠すぎて。
果てしない気がして。
みぞおちの痛みを無視して、立ち上がってみた。はずみで、音也が額に乗せてくれたミネラルウォーターのボトルがころがる。
ふと水のボトルを見た聡の顔色が、変わった。
「……そのハンカチ。うちのおふくろのものだな」
音也は何も答えず、落ちたボトルを拾うと真っ白なリネンのハンカチにくるみなおし、口元へもっていった。
よく見ると音也のきれいな唇の端が、すこし赤くなっている。切れたのかもしれない。
まるで、真っ白なリネンのハンカチにキスをしているようだ、と聡は思った。
しなやかで夏の香りを帯びたリネンのハンカチは、色事《いろごと》に練《ね》れた年上の女のように、音也の大きな手の中にたやすくおさまっていた。
聡にはもう、世界がゆがんで見える。
音也に恋をしていると気づいて以来、くるい続けている聡の世界がとうとう音を立てて崩壊した。
「音也。お前がおふくろの最後の男だったのかよ」
「はあ?」
音也が、二重《ふたえ》まぶたの目をかちりと開いて、聡を見返した。
「俺が、紀沙《きさ》さんの……なんだって?」
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