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第7章「今野哲史」
第51話「きみに恋したのが、こんな男でごめん」
しおりを挟む環《たまき》は、ぽっちゃりした身体で軽々と椎《しい》の木《き》から跳んでいた。
座っていた木の枝を蹴り、3メートルの高さの空中に浮かんでいる今野《こんの》の手を握りしめる。
落ちる過程のどこかで、環が身体の位置を入れ替えた。
気づいたときには、今野の下に環がいる。目の前にエメラルドグリーンの芝生が迫っていた。
声を上げるひまもなく、今野は地面に落ちた。
「いてえ……」
今野が思わずうめく。うめいてから、ハッとした。
いや、違う。
痛くない。
3メートルの高さの木から落ちたにしては、痛くなかった。
……ということは?
「うわっ! 環ちゃん、大丈夫か?」
今野の下には、環のやわらかい身体が下敷きになっていた。
とびはねるようにして離れ、状況を確認した。環の肩に手をやり、軽くゆさぶってみる。
「環ちゃん、救急車を呼ぶ?」
ゆっくりと環は目をひらいた。
わらっている。
「だいじょうぶ、です。ちょっとびっくりしただけ」
「大丈夫なはずがないよ、俺の下敷きになったんだぜ? 起き上がれる、環ちゃん?」
環はゆっくりと身体を横に向け、それから起き上がった。真っ白なシルクのシャツに、緑色の芝生がついていた。
ボブスタイルの髪にも小さく柔らかそうな耳にも、芝生がついている。
妖精の女王を飾るエメラルドのカケラのように。
「へいきです。ごめんなさい、私が余計なことを言ったから今野さんが落ちてしまったんですね」
そんなわけ、ないだろ。
そう言いたいが、今は何かがのどを塞《ふさ》いでいて、声も出てこない。
あの今野哲史が。
どんな状況下にあっても、機転《きてん》とチャラさでシノいできた男が、女の子に言葉さえもかけられない。
今野はわずかに口をあけた。彼の言葉を待つように、環が首をかしげる。
それは、今野のために用意されたわけじゃない可憐な小鳥のすがただった。
『きみは俺に似つかわしくない』
そう言うかわりに、今野はしずかに身体をかたむけた。
くちが、ふれる。
藤島環の唇は、今野が想像していたよりもはるかに柔らかく、はるかに温かかった。
今野はその口を割って舌で環を知りたいと思いながら、そこまでは踏み切れない。
ただ、唇を合わせて環の香りをかいでいた。
きみに恋したのがこんな男でごめん、とひたすらに今野哲史は思っている。
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