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第2章「白日の影のごとく」
第25話「いつか。 この恋にけじめをつけてやる。」
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(UnsplashのNathan Dumlaoが撮影)
聡が目の前に立つと、音也の視線がふっと横に流れた。くせで、ほんの少しだけ猫背になる。
そのやわらかな背中のラインが、聡の中の何かを乱暴に断ち切った。
何も言わずに、いきなり音也のあごをつかみ上げる。
上からねめつけるように音也の美貌を見おろし、一言一句をたたきつけた。
「音也。たまちゃんを犠牲にしなけりゃ勝てない選挙なら、やめる。
くそくらえだ」
音也はひんやりとした目から凶悪な視線を放って言い返した。
「何が気に入らない? 環ちゃんの何がいやだ?」
「環の問題じゃねえ。何度も言わせるな。
あの子はおれの妹だ。
たとえ血がつながっていなくても、おふくろが大事に育てた子だ。
おふくろの死んだ今、おれの唯一の家族だ。
ほかの誰に何を言われてもかまわないが、お前にだけはそんなことを言われたくない。
分かるか、音也」
ふっと、音也の肩が落ちた気がした。
聡が表情を読み取る前に、音也はすばやく聡から離れた。
テーブルからビール缶をひろって背中を向ける。
広い肩から、ウエストに向かってなだれ落ちるように細くなってゆく背中。
ずくん、と松ヶ峰聡の身体に火がつく。
聡を誘っているようなしなやかな背中。
手を伸ばせば、あの皮の薄い背中にふれられる。
触れて、体温を確かめて、キスして―――。
しかし聡の甘い迷走は、音也の短い言葉でざっくりと割り砕かれた。
「今日のところは、ここまでだ、聡。
だが環ちゃんのことは決定事項だぜ。
俺は、あの子以外の女はみとめない」
「音也。こんなふざけた話は二度と聞かねえぞ」
聡が乱暴にそう言っても音也は何も答えず、内階段から一階のキッチンへ下りていった。
聡の欲しがっている返事の代わりに、軽い足音だけが夜に響く。
やがて聡は、首をさすりながらソファに座りこんだ。
「ちぇっ」
舌打ちして、ソファにだらしなくねそべった。
形のいい頭の後ろで腕を組み、耳を澄ます。
音也が降りたはずのキッチンからは、音がしない。
広すぎる家はこんなとき不便で、たとえ音也が裏口から出て行っても分からない。
あいつがいなくなったら、おれはおしまいだ。
不安げに首をさすりながら、聡は足もとのリモコンを蹴とばした。
そのときキッチンにつづく階段から、かすかな煙草の匂いがした。
「あいつ、下にいるな」
音也が煙草を吸っているのだろう。
明かりもつけずに煙草を吸っているのに決まっている。
あの口元で、煙草の火口だけが赤くともっている様子が、ありありと見えるようだ。
何の表情もなく赤い火口を眺めている場面さえ、見えるようだった。
「くそ。いつかぶち殺してやる」
そう言いながら、音也のほっそりした首筋に手をかける瞬間を思い描いて、聡は身体をふるわせた。
『聡だけの男』にするために、音也を殺す。
その瞬間、聡の身体は何の恥じらいもなく絶頂に達する気がする。
いつか。
この恋にけじめをつけてやる。
いまはまだやり方もわからないが。
だが環との結婚は、お断りだ。
聡が目の前に立つと、音也の視線がふっと横に流れた。くせで、ほんの少しだけ猫背になる。
そのやわらかな背中のラインが、聡の中の何かを乱暴に断ち切った。
何も言わずに、いきなり音也のあごをつかみ上げる。
上からねめつけるように音也の美貌を見おろし、一言一句をたたきつけた。
「音也。たまちゃんを犠牲にしなけりゃ勝てない選挙なら、やめる。
くそくらえだ」
音也はひんやりとした目から凶悪な視線を放って言い返した。
「何が気に入らない? 環ちゃんの何がいやだ?」
「環の問題じゃねえ。何度も言わせるな。
あの子はおれの妹だ。
たとえ血がつながっていなくても、おふくろが大事に育てた子だ。
おふくろの死んだ今、おれの唯一の家族だ。
ほかの誰に何を言われてもかまわないが、お前にだけはそんなことを言われたくない。
分かるか、音也」
ふっと、音也の肩が落ちた気がした。
聡が表情を読み取る前に、音也はすばやく聡から離れた。
テーブルからビール缶をひろって背中を向ける。
広い肩から、ウエストに向かってなだれ落ちるように細くなってゆく背中。
ずくん、と松ヶ峰聡の身体に火がつく。
聡を誘っているようなしなやかな背中。
手を伸ばせば、あの皮の薄い背中にふれられる。
触れて、体温を確かめて、キスして―――。
しかし聡の甘い迷走は、音也の短い言葉でざっくりと割り砕かれた。
「今日のところは、ここまでだ、聡。
だが環ちゃんのことは決定事項だぜ。
俺は、あの子以外の女はみとめない」
「音也。こんなふざけた話は二度と聞かねえぞ」
聡が乱暴にそう言っても音也は何も答えず、内階段から一階のキッチンへ下りていった。
聡の欲しがっている返事の代わりに、軽い足音だけが夜に響く。
やがて聡は、首をさすりながらソファに座りこんだ。
「ちぇっ」
舌打ちして、ソファにだらしなくねそべった。
形のいい頭の後ろで腕を組み、耳を澄ます。
音也が降りたはずのキッチンからは、音がしない。
広すぎる家はこんなとき不便で、たとえ音也が裏口から出て行っても分からない。
あいつがいなくなったら、おれはおしまいだ。
不安げに首をさすりながら、聡は足もとのリモコンを蹴とばした。
そのときキッチンにつづく階段から、かすかな煙草の匂いがした。
「あいつ、下にいるな」
音也が煙草を吸っているのだろう。
明かりもつけずに煙草を吸っているのに決まっている。
あの口元で、煙草の火口だけが赤くともっている様子が、ありありと見えるようだ。
何の表情もなく赤い火口を眺めている場面さえ、見えるようだった。
「くそ。いつかぶち殺してやる」
そう言いながら、音也のほっそりした首筋に手をかける瞬間を思い描いて、聡は身体をふるわせた。
『聡だけの男』にするために、音也を殺す。
その瞬間、聡の身体は何の恥じらいもなく絶頂に達する気がする。
いつか。
この恋にけじめをつけてやる。
いまはまだやり方もわからないが。
だが環との結婚は、お断りだ。
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