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第2章「白日の影のごとく」
第17話「喉笛に、食らいつきたいほどに恋してる」
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(UnsplashのGarvitが撮影)
「……御稲先生が、そういうってことは、あの『鍵』について何か知っていますね」
聡がそこまで踏み込むと、御稲はいまいましそうに舌打ちをした。
「お前に切り込まれるとは、あたしも鈍ったもんだ」
「じゃあ大当たりだ。どこの鍵なんです」
「知るかよ、あたしだって紀沙のことを何もかも知っているわけじゃない。
ただね、あいつには隠し金庫があるはずだ」
御稲はすっかり短くなったシガリロを灰皿に乗せた。その指の先で、春の光が躍っている。
ふいに御稲がまったく関係のないことを話しはじめた。
「お前、紀沙とあたしが東京の大学に行っていたことは知っているだろう?」
「ああ、聞きましたよ。死んだじいさんに折檻されるほど反対されたが、最後はおふくろが押し切ったんでしょう」
「押し切ったと言っても、まあ遊び半分さ。あたしはそれ以来東京暮らしだったが、紀沙は卒業と同時にこっちへ戻った。その時にさ」
御稲は明るいベランダの上で、ゆっくりと組んでいた足をほどいた。ペディキュアされたつま先が、優雅にリズムを打つ。
「紀沙が東京から持って帰ったものがある。ウェブスターの英英辞典だよ」
「ウェブスター……ああ、あの枕になりそうな厚い辞典かな」
「あれを開けてみな。中がくりぬいてあって紀沙は金庫がわりにしていた」
聡は、うへえ、とうめいた。
「まさかほんとに、おふくろがへそくりを?」
「あいつはね、意外と秘密の多い女なんだ。おっと女だったというべきか」
御稲の美しい顔に、一瞬だけ暗い色が浮いた。
しかしその表情は四月の陽光の下でたちまち魔のように消えてしまった。丁寧にシガリロから銀の吸い口をはずして、そっと指でぬぐう。
話は終わった、ということだ。
聡は立ち上がり、
「じゃあ、たまちゃんにそのウェブスターの辞書を探してもらいますよ。
隠し金庫の中に、家の権利書でも入ってりゃ、話が早いんだけどね」
そう言って聡が帰ろうとするのを、御稲は苦虫をかみつぶしたような顔つきで見ていた。
が、聡には御稲がごくごく低い声でつぶやいたのが聞こえた。
「まったくね。あれじゃあ、あの子も苦労するだろうさ。どれほどの『切れ者』だろうがね」
聡は足ををとめた。
『切れ者』?
御稲の『あの子』とは誰の事だ? 環じゃないのか?
聡のまわりの『キレモノ』といえば、美麗かつ有能な政治秘書である楠音也しかいない。
しかし御稲と音也が直接顔を合わせたことはないはずだ。
まさか、音也と御稲が聡の知らないところで二人きりで会っていた?
いったい、なぜ?
聡の知らないところで、さまざまなことの『予兆』だけが無数に立ち並んでいる。
いつかすべての予兆が足並みをそろえて、聡に襲いかかってくるようだ。
松ヶ峰聡は肉の厚い肩をぶるっとふるわせた。
きっと、聡を襲う嵐のど真ん中にあの美しい男がいる。
聡がその喉笛に食らいつきたいほどに恋してる、音也が。
「……御稲先生が、そういうってことは、あの『鍵』について何か知っていますね」
聡がそこまで踏み込むと、御稲はいまいましそうに舌打ちをした。
「お前に切り込まれるとは、あたしも鈍ったもんだ」
「じゃあ大当たりだ。どこの鍵なんです」
「知るかよ、あたしだって紀沙のことを何もかも知っているわけじゃない。
ただね、あいつには隠し金庫があるはずだ」
御稲はすっかり短くなったシガリロを灰皿に乗せた。その指の先で、春の光が躍っている。
ふいに御稲がまったく関係のないことを話しはじめた。
「お前、紀沙とあたしが東京の大学に行っていたことは知っているだろう?」
「ああ、聞きましたよ。死んだじいさんに折檻されるほど反対されたが、最後はおふくろが押し切ったんでしょう」
「押し切ったと言っても、まあ遊び半分さ。あたしはそれ以来東京暮らしだったが、紀沙は卒業と同時にこっちへ戻った。その時にさ」
御稲は明るいベランダの上で、ゆっくりと組んでいた足をほどいた。ペディキュアされたつま先が、優雅にリズムを打つ。
「紀沙が東京から持って帰ったものがある。ウェブスターの英英辞典だよ」
「ウェブスター……ああ、あの枕になりそうな厚い辞典かな」
「あれを開けてみな。中がくりぬいてあって紀沙は金庫がわりにしていた」
聡は、うへえ、とうめいた。
「まさかほんとに、おふくろがへそくりを?」
「あいつはね、意外と秘密の多い女なんだ。おっと女だったというべきか」
御稲の美しい顔に、一瞬だけ暗い色が浮いた。
しかしその表情は四月の陽光の下でたちまち魔のように消えてしまった。丁寧にシガリロから銀の吸い口をはずして、そっと指でぬぐう。
話は終わった、ということだ。
聡は立ち上がり、
「じゃあ、たまちゃんにそのウェブスターの辞書を探してもらいますよ。
隠し金庫の中に、家の権利書でも入ってりゃ、話が早いんだけどね」
そう言って聡が帰ろうとするのを、御稲は苦虫をかみつぶしたような顔つきで見ていた。
が、聡には御稲がごくごく低い声でつぶやいたのが聞こえた。
「まったくね。あれじゃあ、あの子も苦労するだろうさ。どれほどの『切れ者』だろうがね」
聡は足ををとめた。
『切れ者』?
御稲の『あの子』とは誰の事だ? 環じゃないのか?
聡のまわりの『キレモノ』といえば、美麗かつ有能な政治秘書である楠音也しかいない。
しかし御稲と音也が直接顔を合わせたことはないはずだ。
まさか、音也と御稲が聡の知らないところで二人きりで会っていた?
いったい、なぜ?
聡の知らないところで、さまざまなことの『予兆』だけが無数に立ち並んでいる。
いつかすべての予兆が足並みをそろえて、聡に襲いかかってくるようだ。
松ヶ峰聡は肉の厚い肩をぶるっとふるわせた。
きっと、聡を襲う嵐のど真ん中にあの美しい男がいる。
聡がその喉笛に食らいつきたいほどに恋してる、音也が。
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