9 / 164
第1章「松ヶ峰聡を取りまく、煩瑣な事情」
第9話「男とキスするのは、致命傷」
しおりを挟む
(UnsplashのGavin Hangが撮影した写真)
ふわりと音也のうすい唇が聡の唇に重なった。
さっきまで聡と同じ煙草を吸っていた音也からは、外国煙草らしいスパイシーな匂いがした。
聡は一瞬身体をこわばらせ、すぐに音也をはねのけた。
「てめ……っ、一体何のつもりだ!」
聡に押しのけられた音也は、黙って笑っていた。
まるでいたずらが見つかった子供のような、悪びれたところは少しもない笑いだ。
聡は混乱する。
「なん……なんだよ、音也」
「度胸づけだよ」
音也は手にしていた煙草をもう一度くわえて、ゆっくり吸いつけた。
聡の目は、ついさっきまで自分のくちの上にあった親友の唇から離れられない。
小さなビートルの車内が静かになるのが怖くて、聡は機械的に音也の言葉をくりかえした。
「どきょうづけ?」
「もし『本郷』に売れのこりの娘を押し付けられたり結婚するハメになったりしたら―――今のを思い出せ」
「はあ?」
「聡、お前は男とキスなんていうみっともないことすら、やれたんだ、他の事なんか平気だろ」
「ば……バカじゃねえのか。そんなことしなくても、度胸くらいある!」
聡は憤然と車のエンジンをかけ直そうとしたが、手が震えているのか、きれいにかからない。
どんどん汗が噴き出してきて、ハンドルがすべりそうだ。
音也のほうはのんびりと煙草をふかしながら、外を見ている。
配置の完璧な二十七才の美貌が、四月の青空に浮かび上がってまるで絵のようだ。
聡は何もかもを忘れて、一瞬だけ、恋する親友の横顔に見とれた。
美しい。
性格がゆがんでいようが、聡に対して冷酷非情だろうが、楠音也は絶対的に美しい男だった。
ふっと音也がなだらかな二重まぶたの目を聡に向けた。
「サト、運転を代わってやるぜ?」
「いらねえよ!」
ようやくエンジンがかかる。聡は少しスピードを上げて古ぼけたビートルを走らせ始めた。
助手席で、音也はのんびりと言った。
「運転に気をつけろ、聡」
「おれは安全運転だ」
「こんなところで警察につかまってもらっちゃ、困る。政治家には交通違反だって致命傷だぞ」
「男とキスするのは致命傷にならないのかよ」
思わず聡がそう言い返すと、音也の返事が一拍おくれた。
「――音也?」
聡は運転しながら隣を盗み見た。
音也のわずかに反った鼻がひくんとした。
「……致命傷だよ」
「なにが」
「セックススキャンダル。有権者はクリーンな候補者が好きだからな。
覚えておいてくれ、セックススキャンダルは絶対にだめだ」
そう言う音也の声がひどく切迫していて、聡は思わず隣を見た。
ふわりと音也のうすい唇が聡の唇に重なった。
さっきまで聡と同じ煙草を吸っていた音也からは、外国煙草らしいスパイシーな匂いがした。
聡は一瞬身体をこわばらせ、すぐに音也をはねのけた。
「てめ……っ、一体何のつもりだ!」
聡に押しのけられた音也は、黙って笑っていた。
まるでいたずらが見つかった子供のような、悪びれたところは少しもない笑いだ。
聡は混乱する。
「なん……なんだよ、音也」
「度胸づけだよ」
音也は手にしていた煙草をもう一度くわえて、ゆっくり吸いつけた。
聡の目は、ついさっきまで自分のくちの上にあった親友の唇から離れられない。
小さなビートルの車内が静かになるのが怖くて、聡は機械的に音也の言葉をくりかえした。
「どきょうづけ?」
「もし『本郷』に売れのこりの娘を押し付けられたり結婚するハメになったりしたら―――今のを思い出せ」
「はあ?」
「聡、お前は男とキスなんていうみっともないことすら、やれたんだ、他の事なんか平気だろ」
「ば……バカじゃねえのか。そんなことしなくても、度胸くらいある!」
聡は憤然と車のエンジンをかけ直そうとしたが、手が震えているのか、きれいにかからない。
どんどん汗が噴き出してきて、ハンドルがすべりそうだ。
音也のほうはのんびりと煙草をふかしながら、外を見ている。
配置の完璧な二十七才の美貌が、四月の青空に浮かび上がってまるで絵のようだ。
聡は何もかもを忘れて、一瞬だけ、恋する親友の横顔に見とれた。
美しい。
性格がゆがんでいようが、聡に対して冷酷非情だろうが、楠音也は絶対的に美しい男だった。
ふっと音也がなだらかな二重まぶたの目を聡に向けた。
「サト、運転を代わってやるぜ?」
「いらねえよ!」
ようやくエンジンがかかる。聡は少しスピードを上げて古ぼけたビートルを走らせ始めた。
助手席で、音也はのんびりと言った。
「運転に気をつけろ、聡」
「おれは安全運転だ」
「こんなところで警察につかまってもらっちゃ、困る。政治家には交通違反だって致命傷だぞ」
「男とキスするのは致命傷にならないのかよ」
思わず聡がそう言い返すと、音也の返事が一拍おくれた。
「――音也?」
聡は運転しながら隣を盗み見た。
音也のわずかに反った鼻がひくんとした。
「……致命傷だよ」
「なにが」
「セックススキャンダル。有権者はクリーンな候補者が好きだからな。
覚えておいてくれ、セックススキャンダルは絶対にだめだ」
そう言う音也の声がひどく切迫していて、聡は思わず隣を見た。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
ひたむきな獣と飛べない鳥と
本穣藍菜
BL
【お前がこの世界にいなければ、俺はきっと死んでいた】
律は幼馴染みの龍司が大好きだが、知られたら嫌われると思いその気持ちを隠していた。
龍司は律にだけはどこまでも優しく、素顔を見せてくれていたので、それだけで十分だった。
ある日二人は突然異世界に飛ばされ、離ればなれになってしまう。
律はエリン国の繁栄のために召喚され、まれびととして寵愛されるが、同時に軟禁状態にされてしまう。なんとか龍司を探し出そうとするが、それもかなわない。
一方龍司は戦いの最中に身を置くことになったが、律を探し出すために血も肉も厭わず突き進む。
異世界で離ればなれになった二人の幼馴染みは、再び出会うことができるのか。
"強化蘇生"~死ぬ度に強くなって蘇るスキル~
ハヤサマ
ファンタジー
ある日、クラスメイトごと異世界に飛ばされた高校生【久保 タツト】は、手違いで一人だけみんなと離れ離れの場所に転移してしまう。
ーーーそこは、魔王や神々ですら近づかないこの世の理不尽を体現した人外魔境であった。
死んでも死んでも蘇り、蘇生時にステータスの超強化とチートアイテムが手に入るぶっ壊れスキル【強化蘇生《リバイバル》】の力で、理不尽に抗いながら成長を続け、クラスメイトと再会する頃には魔王すら歯牙に掛けない世界最強になっていた。
【完結】異世界転移パパは不眠症王子の抱き枕と化す~愛する息子のために底辺脱出を望みます!~
北川晶
BL
目つき最悪不眠症王子×息子溺愛パパ医者の、じれキュン異世界BL。本編と、パパの息子である小枝が主役の第二章も完結。姉の子を引き取りパパになった大樹は穴に落ち、息子の小枝が前世で過ごした異世界に転移した。戸惑いながらも、医者の知識と自身の麻酔効果スキル『スリーパー』小枝の清浄化スキル『クリーン』で人助けをするが。ひょんなことから奴隷堕ちしてしまう。医師奴隷として戦場の最前線に送られる大樹と小枝。そこで傷病人を治療しまくっていたが、第二王子ディオンの治療もすることに。だが重度の不眠症だった王子はスリーパーを欲しがり、大樹を所有奴隷にする。大きな身分差の中でふたりは徐々に距離を縮めていくが…。異世界履修済み息子とパパが底辺から抜け出すために頑張ります。大樹は奴隷の身から脱出できるのか? そしてディオンはニコイチ親子を攻略できるのか?
【R-18】伯爵令嬢は仮面舞踏会の奇跡に夢を見る
ゆきむら さり
恋愛
稚拙ながらも、この作品もHOTランキング(7/22)に入れて頂けました🧡最高で20位(8/4)にまで行かせて頂き、本当にありがとうございます💛ランキングに入れて頂けるのは、やはり嬉しいものです🤗✨✨
〔あらすじ〕📝皇帝アレクシスが治めるルーカニア帝国。とある没落寸前の伯爵家には、二人の令嬢姉妹がいる。そうは言っても姉の方は妾腹。妹の方は正妻腹。それぞれが母親の血を色濃く受け継ぎ、金色の巻毛に翡翠の瞳の艶やかな義妹フラヴィアは「陽の姫」と呼ばれ、黒曜の髪に琥珀色の瞳を持つ義姉セレーナは、控えめな気質の為に「月姫」と呼ばれる。そして義姉セレーナは、伯爵家の存続の為に“身売りされる”と云う辛い現実が待ち受けている為、「身売りされる前にー……」と思い切った行動に出る。「一夜限りの夢」とばかりに皇帝主催の仮面舞踏会へと出掛けた義姉セレーナは、まさかの夢のような時間を過ごす。後日、義姉セレーナの身には思いもよらない出来事が起こり、更には伯爵家に「伯爵令嬢を皇后に迎える」との皇家からの皇命がもたらされる。
やがて伯爵家の義姉妹には「幸と不幸」がそれぞれに訪れ、明暗を分ける。
※設定などは独自の世界観でご都合主義。R作品。断罪あり。ハピエン💗
◇稚拙な私の作品📝を読んで下さり、本当にありがとうございます🧡
【完結】大天使様は断罪された悪役令嬢との婚姻を望まない~わたくし善行を積んだのは保身のためなので聖女と呼ばないでくださいませ!
江原里奈
恋愛
聖女リアナに陥れられ、断罪されたネルシオン王国の侯爵令嬢アリシア・ロンバルト。
彼女は追放されて、遥か極北の地で凍死した……と思っていた。
彼女を助けたのは、金髪碧眼の美青年ラミエル。
極北の地なのに天国のように快適な豪邸に暮らしているところを見ると貴族のようだ。
「あなたと結婚して差し上げてもよくてよ」
かつてネルシオン王国の第一王子カーライルの婚約者だった彼女は気位が高い。高飛車にそう言い放つが、ラミエルはあっさりと却下した。
「命を助けてやった礼なら、よい行いを積んでもらうとしよう」
彼の背中から白く大きな翼と黄金のオーラが見える。
彼は大天使……神の使いだ!!
敬虔なリアナに癒しの力を分け与えて聖女にしたものの、リアナは色恋にうつつを抜かしてろくに民を助けないとラミエルは嘆いている。
それゆえ、新たな聖女が必要だと考えたようだ。
「いいですわ。やりますわ、善行……あなたがわたくしと結婚してくださるなら!」
自分の性に合わない善行を積むアリシアだが、いつしか「貧しき者の聖女」と崇められることに。
その噂を聞いた国王は、彼女を王都に呼び戻そうとするが…。
悪役令嬢は新たな聖女に? そして、大天使ラミエルとの恋の行方は?
※他の投稿サイトにも掲載しています
※全9話の短編です(1万8千字)
サクッとお楽しみくださいませ<(_ _)>
山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜
ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。
高校生×中学生。
1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる