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4「キスしか、していない」

第20話 「抱きたい。抱かれたくない。」

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(Al KirouacによるPixabayからの画像 )
 
 その日、白石は山中のマンションに行かなかった。
 行かないことを簡単にスマホのメッセージで伝え、返事を待たずに自宅に帰った。
 ひとりきりのマンションの部屋は、冷たくて寒々しい。
 白石はそれが嫌いだが、それ以上に山中と顔を合わせたくなかった。
 顔を合わせたら最後、もう自分がめちゃくちゃになりそうな気がする。

 あの男が欲しい。
 しかし、あの男とは寝られない。

 なぜなら白石は、抱きたい男だからだ。そして山中の巨体を自分が思うようにしている場面は、とても思い浮かばない。
 反対に、自分が山中を受け入れているシーンも見えない。
 八方ふさがりのなかで、白石の欲情だけが行き場をなくして、のたうっている。

 抱きたい。抱かれたくない。

 一般的な男女の関係なら考える必要もないことが、大きな壁となって白石を苦しめていた。

 抱きたい。抱かれたくない。だけど他の男では、替えがきかない。
 それが白石にとっての山中という男だった。
 まだ27歳だって? と、白石は内心で毒づいた。

 俺よりも8つも若いくせに、俺なんかよりずっと色気もつやもある。あの男に抱かれたい男は山ほどいるだろう。
 白石が、むりに抱く必要はない。

 ベッドにもぐりこむ。
 ホテルマンらしくピンとシーツを張ったベッドは清潔で、つめたい。
 このベッドに、最後の男が来たのはいったいいつだった?
 白石は年数を数えようとして、途中でやめた。とても思い出せそうになかったからだ。

 この数年、白石は簡単に出会えるスマホアプリで相手を探し、ホテルでセックスを済ませてきた。自宅に人を招いたことなんて10年近くやっていない。
 なぜなら、白石は理屈がないとシャツを脱げない男だからだ。

 ただのセックスならシャツも脱がずに済ませることができる。
 しかし自宅に連れ帰ってきた男と、服を着たままできるか?
 白石には出来ない。だから10年もこの部屋で一人きりなのだ。

 今夜、井上清春がバックルームで言った言葉が、今さらながらに白石の耳の奥で鳴り響く。

『――なにか複雑な理由があるんですか』

 白石は、深夜のベッドで一人つぶやく。

「複雑なんていらない。ただの恋で、終わらせてくれ」

 深い関係を持とうとするには、相手が悪すぎる。
 そんなことを考えながら3日ほどたった。

 白石は今日こそは山中の部屋に行かねばならないと思いつつ、どうしても足が向かない。
 あの男の顔を見るのが、こわいからだ。
 声を聴くのも怖いし、着がえた服の隙間から肌を見せるのが怖い。
 白石の皮膚の上には、くっきりと紅い字で“あんたが欲しい”と浮かびあがるからだ。

 
 山中の家に行かなくなって4日目。白石のスマホがメッセージを受信した。
チェックすると短い文が現れた。

『仕事がある。夜、ドリー・Dの銀座店に来てくれ』

 耳の奥が興奮でジンジンと鳴っている。

 自分が骨を欲しがる犬のような気がしていた。尻尾をちぎれんばかりに振り切れば、わずかな愛情でも与えられるんだろうか。
 仕事の終わった白石は、銀座線に乗り、30分ほどの道のりを揺られていった。

 “ドリー・D”の銀座店は、歌舞伎座の裏手にある。
 そこに、白石の恋する男が働いている。
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