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1「欲情を、煽るがごとく」
第4話 「この狭い箱の中じゃ、何にも出来ねえ」
しおりを挟む(建鹏 邵によるPixabayからの画像 )
柔らかい男の唇が、白石糺の口に乗っている。
大きな男のキスは、白石がこれまでにした無数の男とのキスに似ているようで、しかしどこかに“ここでしかできないキス”の気配を濃厚に含んでいた。
男のつけているトワレの香りが、立つ。
水のように爽やかな香りが、白石のスーツに染み込んでいった。
シュッとエレベーターの扉が閉まる音が聞こえ、白石糺ははっとした。
あわてて身体を男からはなす。山のような大きな男から離れるとき、白石の身体はきしむような悲鳴を上げた。
もっとふれていたい。
もっと温まりたい。
このキスの、先が知りたい。
しかしキスを終えた男は、白石が茫然としているうちに勝手にエレベーターの開閉ボタンを押して乗り込んだ。
ニヤリと笑う。
「わりいね、ちょいと、酔っぱらっているもんで」
そして、ドアが閉まらないようにボタンを押して白石を待っていた。
白石はあわててエレベーターに乗り込み、フロアボタンを押した。
――ゲストの目の前で身動きも取れなくなるとは、どういうことだ。
ホテルマンにあるまじき失態に、白石は自分自身をしかりつける。
そんな白石の内情を知ってか知らずか、エレベーターの中で男はのんびりとフロアボタンが点滅するのを眺めていた。
白石のダークスーツを着た背中が、ひくひくする。背後から伝わる男の体温に反応しているのだ。
くそ。これ以上何かあったら、おれはもうホテルマンとしてやっていく自信がない。
白石は、熱の集まりつつある自分の下半身から必死に意識をそらそうとした。
エレベーターが落ちてゆくのが、いらだつほどに遅く感じる。
思わず息を吐いたとき、男の低い声が背後から聞こえた。
「安心しなよ。この狭い箱の中じゃ、何にも出来ねえから」
ずくん、と白石の下半身が、明らかな意思をもって立ち上がってしまった。
★★★
深夜であっても、巨大な老舗ホテルであるコルヌイエのレセプションカウンターには必ずスタッフがいる。
白石は謎のホテルゲストを連れてカウンターにむかい、部下にチェックインの手続きをするように指示した。
そして自分はなめらかな動きでカウンター裏のバックルームに入る。
バックルームのドアを閉じてから、白石はどさっと椅子に座り込んだ。
耳の奥で何かがジンジンと鳴っているのが分かる。
自分の唇の上に、まだあの温かくしっとりした唇が乗っている気がする。
しかし白石は気を取り直し、冷静にパソコンをあやつった。突然のゲストのために客室の用意をする。
さっきの客室のカテゴリーは上級のクラブフロアだった。しかし今度の部屋は上級カテゴリーである必要はなく、ツインである必要もない。
そもそもコルヌイエホテルにはシングルルームの設定はないので、セミダブルの空き室を探す。
白石の指先と目はやり慣れた仕事を手早くこなしていくが、耳の奥はジンジンと鳴りっぱなしだ。
唇が、温かい。
あのとき唇ごしに伝わった男の体温は、するりと白石の中に入り込み、身体の中に逃れようのない熱をともしていった。
あのキスを腰骨の上に受けたいと白石が思ったとき、カウンターでのチェックイン手続きを終えた部下の西川が、制服のスカートを撫でつけながらバックルームに入ってきた。
そしてゲストが書き終えた書類を差し出した。
「こちらのお客様はどの部屋にご案内しますか――?」
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